思い出のお皿
「その筆も貸してくれる?」
「こ、これ?いいよ」
私の目の前に座っているすっきりとした顔立ちの彼は筆を手に取ると、片足を曲げた姿勢で丸椅子に座りながら、太ももの上に置かれた素焼きのお皿に線を引いていく。
あっという間にそれが絵になってマーガレットの花が皿の中で咲いていた。
「好きな花って、これでいいの?」
「うん、もうひとつ書いて!」
私は彼の膝から手のひらほどのお皿を落とさないように持ち上げて、焼く前のまっさらなお皿を膝の上に差し出した。
「何の花がいいの?」
「牡丹、お祖母ちゃんが好きだった花、お爺ちゃんが上手に書いてたんだよ」
彼には難しいのかもしれない。
大好きだったお爺ちゃんがお祖母ちゃんのために描いていたのを保育園児だった私は覚えている。その花の描かれたお皿はとても綺麗で、2人が亡くなった後も私が大切に使っていたけれど、3年生の時に不注意で落として割ってしまった。
ショックのあまり数日間を割れた破片を見つめながらしばらく泣いてたっけ。
でも、目の前の彼なら描いてくれる、マーガレットの花を見て、なぜかそう感じた。だからちょっと無茶なリクエストをしてみる。
「牡丹ね、はいはい」
「え?」
懐かしいお爺ちゃんのそっくりな言い回しに驚いて彼を見つめる。
その視線はすでにお皿の上を走る筆先に向いていた。
私のさらに後ろでは、私の両親と彼のお母さんが驚きながら、お皿に絵を描いていく絵付けという作業の筆さばきを見つめていた。
とても、初めての人、素人になんて思えない筆遣いで、素焼きの皿の上には、細い線、太い線が書かれていく。
簡単にできるもんじゃない、その一筆一筆は失敗が許されないし、お皿はゆるやかにカーブしているから同じ力で均一な線を引くには練習と時間がかかるのに、彼はやすやすとそれを熟していく。筆が勝手に走っていくというような姿だ。
「この子、なんなの……」
陶芸家で結構有名な私のお母さんも驚きのあまり声を漏らしている。
その筆から書き出されていく線が、少しずつ繋がっていく。
まるで、魔法みたいに。
やがて、書き上がったお皿には一輪の牡丹の花が輝いて咲いていた。
私は思わず大泣きした。割って失ってしまった大切なお皿が再び目の前に現れてくれたのだから。
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