Day4 アクアリウム

 サマーブルーム境町104号室。

 うちの幽霊は、天井に出る。


 とはいえ、わたしには見えない。

 時々遊びにやってくる姉にも見えない。

 が、甥には見えるらしい。うちに来ると、ずっと頭上を眺めている。

「おさかなさん、いるー」

 と言って、なにもない天井を指さすこともある。

 三歳児の説明を理解するのは難しいが、姉による翻訳も交えた結果、魚影のような何かが天井に映ることがあるらしい。

 元々幽霊アパートと名高いボロ物件である。ほかの部屋には何かしら怪しいものが出るとも聞いた。ならばわたしの部屋にも何かいるのでは――と疑うことはあるし、気味が悪くないと言ったら嘘になる。

 でも、見えない。

 唯一見えるという甥っ子も、怖がってはいない。

 だからいい、ということにする。害がないならいいのだ。ボロだけど立地はいいし、会社にも近いし、家賃も破格の安さだ。

 お隣の騒音が少し気になるけれど、それでもなるべくここに住んでいたい。


 七月の暑い日、仕事終わりに入ったビアホールで、偶然元彼と再会した。

「お前、まだあそこに住んでんの?」

 元彼は猛烈に嫌そうな顔をする。

「なんか悪いことある?」

「いや、もう行かねーから別にいいけど、よく住めるなと思って。あそこ変じゃん」

「だからぁ、何がどう変よ?」

「気づいてないなら、いいよ……」

「あ、もしかして魚の幽霊見た?」

 そう尋ねると、元彼は顔をしかめて、「お前ほんっとに何にも見えてないのな」と言った。それからわたしが何か言い返すよりも早く踵を返し、さっさと歩き去ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る