03 準備はできた



 こうして俺もまた異世界にやって来た。




「うっ……」




 かすかなうめき声は、呼吸をしているという証。


 生きているという証拠にほっとする。




「ええと……あれ? ここ、どこ?」


「気付いたか?」


「え? タク君? えっ⁉」




 唐突に意識を覚醒させた星那が目を覚ます。


 いや、もうここではセイナだ。




「タク君っ⁉ なんでタク君がここに⁉ ……って、あれ?」




 なんの勘違いをしたのかわからないが、慌てて周囲を見回したセイナは俺がいないことに首を傾げた。


 いや、俺はいるんだけどな。




「あれ? タク君? ……夢? なぁんだ。気付かない間にすごいことしたのかと……」


「いるけどな」


「どこにっ⁉」




 座った状態から飛び跳ねたセイナは周囲を見回し、そして……。




「ここだよ」


「……え?」




 俺と目が合った。




「……イワトビペンギン?」


「種類まで特定してくるじゃん?」




 そう。


 いまの俺の姿はイワトビペンギンだ。


 なんでかって?




『ごーめーん。星那ちゃんにリソース使い過ぎて、タク兄の分がない。控えのモンスターユニットで許して』




 だ、そうだ。


 あれ、絶対に語尾に草生やしていたな。


 間違いない。


 で、そのモンスターユニットがこれ。


 見た目はイワトビペンギンだが、ちゃんとした陸上生物だ。


 種類としての名前はホッパーコカトリス。


 雄鶏と蛇のキメラな姿のはずのコカトリスだが、キャラデザ担当の妹の手にかかるとこんな新種に生まれ変わってしまった。


 もちろんちゃんとコカトリスな能力もある。




「俺のことはいいんだよ」


「よくないでしょ! なんでイワトビペンギン⁉ おかしい! これはやっぱり……夢?」


「夢じゃないんだなぁ……」




 大混乱するセイナを宥めていく。


 その間にセイナの外見をチェックする。


 うん……すごく美少女だ。


 元から文系美少女だったセイナの外見が、田舎に生息するギャルであるところの妹に改造されて、白ギャルの可愛さを手に入れた。


 ああちくしょう、妹のキャラデザというかキャラメイクというか……技量は確かだ。




「……そうだ、私……死んだ」




 やっと自分がトラックに轢かれたことを思い出して、青い顔をする。




「でも、生きてる?」


「異世界転生って知ってるか?」


「え? アニメの?」


「そうそう」


「なんでいきなりアニメの話?」


「いや、いまのお前の状況だよ、それ」


「…………またまたぁ」


「それ以外の説明があるのか?」


「え? それは奇跡的に助か……るわけないか」


「わかってくれたか?」




 トラックに轢かれて……生きていたとして起きるなら病院のベッドの上のはずだ。


 そうじゃなく、五体満足な状態でこんなところで目を覚ます現実的な回答なんてあるわけがない。




 ちなみに、いま俺たちがいるのは、六畳ぐらいの石造りの部屋だ。


 扉は一つだけ。


 うちのダンジョンの一階に隠し部屋として今回のために設置した。




「ここ、どこ?」


「とあるダンジョンだ」


「ダンジョン? 今度はゲーム?」


「だから異世界転生なんだって」




 セイナもアニメなんかは見るが、ラノベ系に詳しくないので異世界転生やらファンタジーのことは詳しくない。


 そして俺は、セイナにここまでの経緯を説明した。


 トラックに轢かれたのは、セイナだけでなく俺も。


 一緒に死んだ俺たちは神様の依頼でこの世界にやってきた。


 神様の力は有限だったので、俺たちの姿はこんなことになった。


 セイナが覚えていないのは、神様が俺だけに話をしてきたから。


 俺なら話が通じそうと判断したからだそうだ。




 ……っていうストーリーにした。


 雑な気がするが、まぁ、詳しくしたところで異世界にいるっていうインパクトに勝てるわけもないので、これでいいとは祖父の弁だ。




「俺は【ガイド】ってスキルを貰ったんだ。これはどこにいてもある程度の情報を自動で得られるっていう優れものだ。情弱乙は勘弁だからな」


「え? でも、じゃあ……タク君はそれをもらったからその姿になったっていうこと?」


「そうとも言うが、モンスターの体も悪くはないと思うぞ」




【ガイド】ってスキルを持っているのは本当だ。


 俺も、この世界のことはうちのダンジョン周りのことしか知らないからな。


 いろんなことを旅するなら、情報は必要だ。


 他にはホッパーコカトリスとしての【衝撃邪眼】と【毒嘴】。それと【モンスター語】と【人間共通語】だ。




 対するセイナは、モンスターである俺を連れまわす理由として【魔物使い】のスキル。後は成長しやすくするための【成長補正】と【人間共通語】。


【成長補正】はけっこうなチートスキルだ。


 いろんなことを身に着けやすくなるというスキルで、なにもない最初は大変だが、後になればなるほど楽になるというじわじわ効いてくるタイプだ。


 チートスキルの回収はセイナがメインになるので、彼女にそれらを扱える基礎能力を身に着けておいてもらわないといけない。


 地味だけれど、高い。


 百ポイントを費やしている。


 うちのダンジョンの十年分のポイントを費やして得たスキルだ。




「と、まぁこんな感じだ。外ではセイナは魔物使いとして、俺はそれに従う従魔っていうポジションになる。わかったか?」


「うん」


「なにか、質問は?」


「ええと……ちょっと抱っこしていい?」


「は? まぁ、いいが」


「えへへへへ」




 と、セイナはなぜか俺を抱える。




「……ペンギンなのに魚臭くない」


「ああ、動物園で見たペンギンってそうだったよな」




 隣の市にある動物園にはなぜかペンギンもいて、そこだけ魚臭いんだよな。


 水族館じゃない分、海の臭いが目立ってしまうからかもしれないんだけど。


 だからだろう。


 俺もセイナもペンギンは魚臭いっていうイメージだ。


 何回か行ったなぁ。


 小さい頃、幼稚園、小学校とか中学校もか?


 うちは妹がいたから俺が大きくなっても一緒に行ったし、それにセイナも付いてきてた。




「こいつ、見た目はペンギンだけど、陸生だからな」


「なんか、猫とかみたい。ふふふ、よかった」


「なにが?」


「タク君が魚臭いのは、さすがにちょっと嫌だから」


「……なに言ってんだお前?」


「ふふふふふ」


「いいから、心構えはいいか? そろそろ行くぞ。あっ、その荷物を忘れるな。神様からの初期装備が入ってるからな」


「うん」




 初期装備というか、うちの家族からの選別だが。


 現地のお金に、野営用の道具に、保存食。


 そして……。




「なんで下着? タク君、中見た?」


「知らん」




 本当に知らん。


 ほんとだぞ。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る