第17話 半年の家(17日目・半年)


「『半年の家』って知ってるか?」

「半年の家?」

十朱とあけに突然尋ねられ、宗也そうやは首を傾げた。

昼休みの学食。

宗也、満寛みちひろ、十朱、しばの四人で昼食を食べていた。食べ終わった十朱が、宗也にこんな質問をしてきたのだ。宗也は素直に、知らない、と答えた。

「隣の影深町かげみちょうに、青い屋根の一軒家があるんだけど。その家、住人の入れ替わりが激しいらしくてさ。みんな、長くても半年くらいで出て行くんだと。だから『半年の家』ってワケ」

「ふうん」

何でこの話をされているのか、宗也はまだ掴めていない。十朱にもそれは伝わったようで、笑いながら続ける。

「この家、心霊現象が起きるって言われてんだ。それで入れ替わりが激しい」

「事故物件、てこと?」

「そういうこと」

「知らなかったけど、十朱、そんな話いつ仕入れたの?」

「ーーあたし、その家知ってるよ!」

芝の問いと同時に、明るく高い声が飛び込んで来た。宗也と十朱はギョッとして、声の方を見る。宗也たちのテーブルの横に、ショートヘアの女子生徒が立っていた。黄色のリボン。二年生である。

「マジすか!」

反応の良い十朱に、彼女は明るく笑う。

「あたし、二年の明水あけみ。その家、親戚が住んでるからさー」

「親戚の人、住んでるんすか!あの家」

十朱の言葉を受け、明水は楽しげに笑う。

「一年の間でも噂されてるのおもしろ!じゃあさ、今日の放課後、一緒に来ない?あたしも行くからさ!行こ行こ!」

明水の提案に、十朱は二つ返事で承諾する。宗也も少し考えた後、頷いた。満寛と芝は、委員会の仕事が終わったら合流する、ということになり話が決まる。

(半年の家……明水……)

宗也は気付かれないよう、十朱と盛り上がる明水を、そっと観察していた。


放課後。

夕方だが、まだ明るい。宗也と十朱は、明水の案内でその家の前に着いた。

見た目には、青い屋根の普通の一軒家。だが、宗也は門の前から見ただけで、雰囲気が違うことを肌で感じ取っている。

(見せかけ、って感じがする。焦げ臭い匂いもするし、何だろう?)

十朱と明水がわいわい喋っている横で、宗也は黙って、ただ夕日に染まる家を見上げている。

「日田技、どうした?案内してもらえて、良かったよな!」

宗也は、十朱の異変にも気付いていた。着いた途端、テンションが高くずっと同じ話題ばかり繰り返している。明水だけ変わらぬ様子で笑っているのが、宗也の目に気味悪く映った。

「十朱、本当に入るの?」

「入るに決まってるだろ!」

宗也より早く、明水は十朱の腕を取って笑う。

「親戚には話してあるから!さ、入って入って!」

明水と十朱は、玄関から中へ進んで行く。仕方なく、宗也も後に続いた。


図書室で、満寛は一人古新聞を広げていた。中から記事を見つけ、読み進める。


【二〇二四年一月十七日】『陽増町ひましちょう町の交差点で、影深町の女子高校生・明水ヒナさん(十六)が走行中のトラックに撥ねられた。即死だった。当時、横断歩道は赤だったが、明水さんが飛び出して来たか。』


【二〇二四年一月二十四日】『住宅街の一軒家半焼。二十四日未明、影深町の住宅街にある明水さん宅で火事が発生。火は消し止められ、怪我人は無し。住宅は半焼の被害。』


宗也に頼まれて、事故の記事を探していた満寛は、睨むように二つの記事を見比べる。火事の記事は、偶然見つけたものだった。

「……どうなってる」

記事に載る明水ヒナの顔写真は、昼間食堂で会った彼女本人と同じ顔。そこへ、青い顔をした芝がやって来る。

「弓守。行けそう?」

「ああ。どうした?顔色悪いぞ」

「……十朱が、半年の家の写真を、普通の家って送って来たんだけど、」

芝が、スマホ画面を満寛に向ける。写真は、半分が黒く煤けた青い屋根の一軒家。普通とは思えないそれに、満寛は絶句した。

「半年の家のこと、よく知らなかったから調べたら。この家、今年の一月に火事が起きて、それから今も人は住んでないって。……ヤバイよ。家も、明水先輩も」

一瞬、二人は黙り込んで顔を見合わせる。

「とにかく行くぞ」

満寛は素早く新聞を片付けて、鞄を掴んだ。


楽しげな十朱と明水を追って、宗也も玄関から家に上がる。ドアは開け放したまま。

(うわ、)

フローリングに確かに立っているのだが、ずぶずぶと、濡れたスポンジに足を突っ込んで沈んでいくような感覚。目眩がして、冷や汗が流れた。

(帰りたいけど、十朱を放って行くわけにいかないし……)

「十朱!帰ろうよ!」

壁に手を付きながら、宗也は中へ呼び掛ける。外の明るさと暑さに反して、中は薄暗く、寒いくらいに涼しい。焦げ臭い匂いも、ますます強くなる。

「半年の家、か……」

(本当にこんな家で、半年も住めるのかな。もしかして、もう……)

立っていられなくなり、傾いだ身体を、後ろから不意に支えられた。

「宗也!大丈夫か」

「満寛。芝も」

開けていたドアから、芝も入って来る。

「十朱は?」

「明水先輩と中に入ってる」

芝は靴も脱がず、中へと進んで行く。満寛はそれを見た後、宗也に視線を戻す。

「宗也、言われたやつ探したぞ。お前の言う通り、明水先輩の記事があった」

かつてここで火事があったこと、その後この家に住民はいないことも聞かせた。

「そっか。ありがとう。助かったよ」

哀しげな顔で笑う宗也に、満寛は一瞬、言葉に詰まる。芝が、奥からぼんやりした様子の十朱を引っ張って来た。

「十朱は、一回外出るよ」

その言葉に、十朱は生返事を返す。二人は、ドアの外へ出た。明水は変わらず笑いながら、こちらへやって来る。

「どうしたの?普通の家でしょ。半年の家なんて、ただの噂」

宗也は満寛の手を借りて、体勢を立て直す。ドア口に満寛と並んで立った。

「先輩は、『半年の家』の犠牲になったんですね」

「犠牲?いやいや、待ってよ。何の話?」

「半年前まで、この家に住んでいたのは明水先輩でしょう?今、住んでる人は誰もいない」

笑っていた明水の顔が、真顔になる。満寛はその顔を見、全身総毛立つのを感じた。だが一瞬で、明水はまた笑い出す。

「ふ、ふふ、あははは。なんだそっかー。あたし、死んでたんだ。半年の家って呼ばれてた理由も、知ってたよ。でも、そんな話、信じて無い。半年以上住んで、ピンピンしててやろーて思ってるの。何も無いし」

宗也は家を見上げる。

「多分この家の影響で、明水先輩は一月に、交通事故で亡くなっているんですよ」

「赤信号で自分から飛び込んだらしいな。トラックの前に」

満寛も口を開いた。明水は目を見開く。

「何それ。知らない知らない知らない知らない知らない知らない……」

「ここは、半年以上住むと死ぬ家、なんだと思いますよ。霊とか土地とかいろいろあるんでしょうけど、とにかくそういう家。あれから誰も住まなくなって、家は、誰か入れたいんですね。だから、この家の話をしてた僕らの前に現れたんですか、明水先輩。……いや、だった人。先輩はもう、この家の手先みたいなものなんですね」

明水は宗也を睨んだ。宗也はそれを、真っ直ぐに受け止めている。

「この家に住んでただけじゃない!」

「理不尽でも何でも、そういう家や土地は、あるんですよ」

ぎゅっと両手を握り締め、何かを耐えるように言う宗也を、満寛だけが見ている。怒っていた明水が、またけたけたと笑い出す。

「楽しかったわよ!火はねー失敗したかな、こんなに黒焦げだと、誰も住まなくなっちゃうもんね!」

宗也は明水を見たまま、そっと満寛を外へ押し出す。満寛も、宗也を外へと引っ張り出した。二人で、玄関のドアを閉める。中からは、ドンドンとドアを叩く音がする。

「何でよ!私、何でここに帰って来ちゃうのよ!半年以上住んだじゃない!生きてたじゃない!」

「あははは!ここで半年以上生きてられるとか思ってたの、おっかしー!」

どちらも明水の声だ。鍵など掛けていないのに、明水はドアを叩くだけで、開けて出て来ようとはしない。宗也と満寛は静かに距離を取り、門の外で一部始終を見ていた芝と、気絶してしまった十朱を担いで逃げ出した。明水も誰も、追っては来なかった。


「宗也。何で明水先輩の事故のこと、知ってたんだ?」

次の日の放課後。

帰り道、満寛とコンビニのアイスキャンディーを食べながら、宗也は少し考えて答える。

「あの日、事故の直前、走ってる明水先輩を見かけてたんだ。通ってた中学校の側に、現場の大通りがあったんだよ。放課後の時間帯で、他にも目撃者が多くて。女子高生が高笑いで走って行くなって思ったんだけど、まさか飛び出すとは思わないから……」

「そりゃ忘れられんな」

真顔になる満寛に、宗也は苦笑いを浮かべた。


後日。

宗也は、怪我も無く元の調子に戻った十朱に、半年の家の話はどこから聞いてきたのか尋ねた。だが、人から教えてもらった記憶はあるが、誰だったかどうしても思い出せない、と首を傾げていた。十朱はあの日、半年の家に着いてからの記憶が曖昧だと言う。


半年の家は空き家のまま、今もその場所に建っている。近付くと、中から足音や甲高い笑い声が聞こえてくるそうだ。




































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