第103話 帝国の立ち位置 ★ジャン SIDE

 カミル殿下と聖女様がお帰りになられた後、俺は魔導師や近衛騎士達から質問責めにあった。それはそうだろう。俺だって目の前で起こったから事実だと分かっているのに信じられない。


 1番面倒なのは姉上だろうと思っていたが、1人で考え込んでいた。俺が今まで不甲斐なかったから、沢山迷惑をかけたのもあって、姉上の悩みは自分が解消してあげられたらと思ってしまう。


「姉上、何か悩みでも?」


「悩みの様な面倒なものじゃ無いわ。聖女様がいらしてから、やっと動き出した事がありがたくて……恐らく100年以上前から帝国はおかしかったのよ」


「えぇ!?そんなに前からですか?俺が生まれる前からって事になりますよね?」


「そうね。そんなに昔からおかしいのに、それに気づいたのがわたくしと隣国の王太子や聖女様っておかしいと思わない?」


「確かにそうですね。俺も思考能力が低下していたのもあって、姉上の進言や苦言に気づかずにいましたし」


「精霊王は精霊達が消滅しても怒らないのかと思っていたけど、何も出来なかっただけだったのでしょうね。ここに来て、やっと動き出したという事は、何かしらの条件やピースが集まったって事でしょう」


「今回の出来事には女神様も関わっておられる様ですから、一気に状況が変わるかも知れませんね」


「えぇ。やっと動くのだから、何一つ見逃す事は許されないわよ。赤の魔導師はどちらの方?『でっぷりしたオジサン』は捕らえてあるのでしょうね?」


「はい。魔導師の方は魔導師団の団長に就いているテオドールです。『でっぷりしたオジサン』なのですが、子爵家の者だと思われますが……」


「もしかして、戸籍が?」


「はい……皇宮で働いていたのですから貴族でしょう。そうであれば貴族籍なので戸籍が無くてはおかしいのですが、もしかすると子爵の婚外子かも知れませんね」


「なんて事……貴族かも分からない者が皇宮で働いていた上に、身元がハッキリしないなんて」


「姉上、この件が片付いてからもやる事が山ほどあるので皇帝には退いて貰おうと思っています。このままでは士気は下がるし帝国が纏まらない」


「えぇ、そうね。わたくしは構わないわ。今のジャンなら任せられそうだしね」


「いえ、姉上。俺は姉上に女帝になって欲しい。女帝陛下に」


「はぁ!?何を言ってるのよ。皇帝にはあなたがなるべきでしょう。今まで勉強だって苦手な剣術だって人一倍頑張って来た事を知ってるわ」


「姉上の帝国への献身を見て来た俺には、どうしても務まる気がしないんだ。俺は姉上の様にはなれない……」


「ジャン……この話しはまだ時間に猶予があるから落ち着いてから考えましょう?今は先にやる事が沢山あって悩んでる暇は無いわ」


「そうですね。先ずは魔導師テオドールを応接室に通してありますが、姉上はどうなさいますか?」


「私も話してみたいわ。聖女様が魔導師の中で1番強いと言った男でしょう?気になるわよね!ふふっ」


「確かに。それにしても聖女様は何でもお見通しですよね。出来れば敵に回したく無い。ちゃんと謝って許して貰わねば……」


「何かやらかしたの?」


「俺もドリーもおかしくなってる状態で王国へ向かってしまい、聖女様にドリーが『イタズラ』をした事で、王国の公爵が血を流す怪我を負ってしまったのです」


「まぁ!それは早めに挨拶に行きなさいね?特にお怪我をなさった公爵閣下にはお土産も必須よ!」


「は、はい。話し合いがひと段落したら、今日はお土産を選んで、明日にでも謝罪に行って来ます」


「えぇ、そうして。恐らく、聖女様がデュルギス王国にいらっしゃる時点で、女神様と精霊王は『王国なら聖女を預けるに値する』と思っているはずよ。絶対に敵対も仲違いも避けたいわ」


 なるほど、そう捉える事も出来るのか。


「皇帝陛下がどう思われ、行動なさるかによりますね」


「現時点では何も発言なさらないで欲しいわね。王国へ入国出来たとしても、直ぐに正常化するとは思えない。ジャンは正常に戻るまでにどれくらいかかったか分かる?」


「王国へ到着したのが立太子の儀の10日前だったと思うので、それぐらいでしょうか。立太子の儀が終わって直ぐにドリーの『イタズラ』事件が起こったので、10日間ではまだ異常だったのですが……」


「あぁ、なるほどね。ドリーがおかしいと考えるキッカケがあったからこそ、解除されたのかも知れないわね」


「はい。なので皇帝に当て嵌めようとすると難しいかと。皇帝の精霊も消滅していますので」


「そう言えば、聖女様は私の精霊にも会ったと言ってたわよね。ジャンに夢枕の事を聞いたんですって?」


「質問なさったのは精霊の王子であられるソラ殿です。俺は聞いても分からない事が多くて……」


「そうね、精霊達も思考がまともじゃ無かったのだから仕方ないわね。パートナーへ伝えるべき事すら伝えて無かったみたいだし……」


「聖女様が報告書を書いてくださるらしいですから、それを待つしか無いですね」


「聖女様が書類仕事なんて出来るのかしら?」


「姉上、それが凄いらしいんです。カミル殿下の補佐官が言うには、お2人で執務をなさると普段の半分の時間で終わるぐらい、書類仕事でも有能なお方だと……」


「あらあら……その補佐官達は可哀想ね?」


「あぁ、糸目でチャラい方の補佐官は、王太子妃になれば仕事は増えるのだから、有能な分にはありがたいと思う事にしたと言ってましたね」


「前向きな補佐官ね……まぁ、そうね。仕事の出来ない王太子妃なんて面倒だものね。彼女の場合は『聖女様』という肩書きがあるから一概には言えないけどね」


「俺は、この件が片付いたら、補佐官を指名し直そうと思っています。危うく王国に喧嘩を売る所でしたから」


 カミル殿下に進言して貰った事はしっかりクリアして行かなければ。


「聖女様を連れて帰って来いとでも言った補佐官が居たのかしらね?」


「その通りです。ですので、姉上にも最終的に選んだ補佐官を決める時には、一緒に確認して貰えますか?」


「構わないけど、補佐官は何人にするの?」


「カミル殿下は2人のみでしたが、俺には無理だと分かっているので、5人ぐらいで考えています」


「分かったわ。有能な子がいたら紹介するわね。この件が片付かないと何も出来ないから頑張りましょう」


 ⭐︎⭐︎⭐︎


 執務室に到着した時には既に王国から報告書が届いていた。どれだけ有能なんだ?あの聖女様は……読みやすいし分かりやすいから、話しを聞きながらでも目を通せそうだな。少しすると補佐官に呼ばれたテオドールが応接室から移動して来た。


「失礼致します、魔導師団団長テオドールです」


「忙しい所ごめんなさいね。良く来てくれたわ。そこに座ってくれるかしら?」


「は、はっ!失礼致します」


 姉上は顔がキツめの美形だから、最初は皆引くんだよなぁ。姉上お気に入りの王国のいかつい魔導師は、姉上を前にしても全く微動だにせず、普通に対応してくれたから嬉しかったのだと言っていた。


「ねぇ、テオドールと言ったかしら?貴方は聖女様がどれくらい強いか分かる?」


「はっ!我々魔導師団が一丸となって立ち向かっても敵わない程お強いです。正しく言うならば、瞬殺されるレベルです。天と地の差がある程のお強さです。人と蟻ぐらいの差があるでしょう」


「よ、良く分かったわ。何故そう思うのか聞いても?」


「聖女様は、『防音膜』を『無詠唱』で、『瞬く間に』張られたと聞いておりました。それだけでも『天才型』だと分かります。そして、『超級魔法』は結界が耐え得るか?と私にお聞きになりました。先ず、魔導師の中で私が1番強い『赤』の魔力を纏い、濃さから強いと判断なさったのだと直ぐに分かりました。聖女様は私に話し掛ける前に、首を左右に振り、何かを探しておられたので、『強い人間』をお探しになられたと理解しました」


「テオ、それなんだが、どうやら聖女様は『強く』『清く』『正しい』人間を探していたらしいよ。悪い人間は透明ではなく、徐々に濁って行くから透明度の高いテオを選んだ様だ」


「じゃあ、あの『でっぷり』は濁ってたのかしら?」


「その様ですね。資料によると、『白の魔力の持ち主だと思うが、黒に近いグレーだった』とあります」


「で、では、聖女様は、教会にいらした時点で悪い人間が分かったのでしょうか?」


「あぁ、それは違うらしい。ずっと色を見るのは疲れるらしいぞ。重要だと思う人物のみ『視よう』とするから分かるらしい。テオを見つけた時も、必要だと思ったからやっただけだと……」


「ふぅーん、凄い能力ではあるけど万能では無いのね。でも使い所を分かっておられる聖女様だからこそ、使い熟されているのね……テオドール、他に気づいた事は?」


「後は、当然『超級魔法』と『上級魔法』の撃ち分けが瞬時に出来る事、そして魔力に敏感なのか、結界が脆くなった場所を正確に把握なさっておられた様で、その近くには超級は一切撃たれませんでした。そして極め付けは……」


「まだあるのか……?」


「ジャン、そう言いたくなるのは分かるわ。でも最後まで聞きましょ?我が国最強の魔導師が強いと言う聖女様の実際の強さは我々では分からないわ」


 俺はしっかりと頷き、テオに目配せをして続きを促した。


「『擬態魔法』と『浮遊魔法』と『飛行魔法』ですね。先ず、『擬態魔法』は、『精霊に愛されし者』にしか使えない魔法です。これは精霊の加護があれば出来ると言われていますが、精霊にレクチャーして貰わなければ出来る様にはならないそうです。『浮遊魔法』は『特級魔法』なのでご存知かと思います。その『特級魔法』でも最低3つの魔法を組合せて発動させる『飛行魔法』は、私でも『飛ぶだけ』しか出来ません。聖女様は、『黒猫の姿のまま』『超級魔法』を使おうとなさって、精霊の王子様から毛が燃えるからと人型に戻られました。ですから本来ならば、『擬態魔法』『飛行魔法』を使いながら『超級魔法』も使えると言う事です」


「あぁ、分かった……もう、超越してるんだな」


「あ、考えるのを辞めたわね?」


「姉上、『凄い人』意外に聖女様を表す言葉が見当たりませんが?」


「そうねぇ。彼女は……聖女様は人外だと思った方が良さそうね。我が国では、聖女様に敵対する行為を法律で禁止しましょう。そこまですべきだわ」


「そうですね。叔母さんが言うには、聖女様は『女神の愛し子』なのだと。『精霊の王子』と契約してる時点で、精霊信仰の我が国でも崇める対象だと発表出来たら楽なのに……」


「カミル殿下に怒られるでしょうね……彼に相談してみたら?こうするしか思い付かない!って相談すれば、聖女様に被害が及びそうなら勝手に回避するでしょう?」


「そうですね……一層の事、丸投げしようかな……」


「聖女様に関しては、逆に丸投げした方が喜ばれると思うわよ?訳の分からない方向へ舵を切られる方が嫌でしょうから」


「また王国に行って来ようかな……伝言の魔道具じゃ面倒過ぎるからな」


「こ、皇太子殿下!伝言の魔道具をお借りしてるのですか!?」


「そうだが?」


「王国では分かりませんが、帝国で2個セットでの販売なら、庶民が一生暮らせるレベルの価値があるんですよ!私もバラして研究したかったのですが、手が出せない値段なので諦めました……」


「マジかよ……防御膜と防音膜の魔道具だけでも高価だと思っていたが、まさかそれより高いとは……」


「こ、皇太子殿下!私も王国へ連れて行って貰えないでしょうか?あちらの魔導師に話を聞いてみたいです。殿下の護衛として潜り込めませんかね……?」


「テオの今回の働きを見れば、連れて行けなくも無いがなぁ……」


「あ、いえ。今回私は何もしてません……結界が壊れない様に必死になっていただけで、魔物1匹ですら倒しておりませんからね?結界を安定させる為に指示を出しただけと言ってもいいぐらいで……」


「カミル殿下が言ってたんだ。『リオは強いけど、その強さを引き立てる為に周りが助けてくれなければ、自分1人だけでは最大限に力を発揮出来ない事も知っている』って」


「な、なんと素晴らしいお方……」


「聖女様は、結界を必死に張り続けてくれたテオ達魔導師にも感謝してると書いてあるよ。そう言えば、近衛や魔導師の為に早く解散してくれって言ってたね」


「周りの苦労も分かっていらっしゃるのね。カミル殿下がベタ惚れなのも理解出来るわ。彼の為に現れた聖女と言えるのかも知れないわね」


「そうですね。恐らくカミル殿下も救世主なのでしょう。異世界から来た女性に、あれだけの技術を惜しみなく教えた事も素晴らしいし、学ぶ事を許したから特級も使えるのだろう?恐らく、聖女様だけでも無理だったはずだ。2人が出逢ったからこそ起こった奇跡なのだろう」


「ふふっ。ジャンはわたくしが思うよりロマンチストなのね?私より乙女で可愛いわ〜」


「あ、姉上!揶揄わないでください。俺だって、カミル殿下の様にただ1人を愛したいと思ってますから……」


「か、可愛い〜!ジャン、必ず貴方を皇帝にして、最高の妃を探しましょう!きっと唯一が見つかるわ!」


「あわわ、姉上!俺は自分で見つけるから!」


 ピタッと全員の動きが止まった。そして姉上がニタッと嫌な笑顔を見せた。


「そう、そうよね。ジャンのいた相手じゃ無いと意味が無いもんね?ふふっ」


 楽しそうな姉に背中がゾクッとした気が……まぁ、公爵閣下に謝罪したいし、明日にでも王国を訪れようかな。今日はもう遅いし、ドリーにお願いして精霊の王子様に伝言を頼んだのだった。

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