第34話 真実




 12月になって風の温度がそれまでとは別次元に冷たくなっても、奈央はあの土手にネックレスを探しに行くのをやめなかった。



 それがたたったのか、クリスマスまであと一週間というその日、奈央は風邪でバイトを休んだ。

 今頃彼氏がお見舞いでも行ってんのかな……まさにそんなことを考えていた時だった。




「ねぇ、しょう!アイス買って?」

「ん?あぁー、いいよ」

「ほんと!?ハーゲンダッツでもいい?」

愛莉あいりの好きなのなんでもいいよ」

「やった!」



 店に入ってきた大学生らしいカップルに視線をやると、彼氏の方になんとなく見覚えがあった。



 ……あいつだ!奈央の彼氏だ!



 前に見た写真では今よりだいぶ幼さがあったけど、絶対に間違いない。一度見ただけだけど、その顔は私の脳裏に、それこそ保存した画像のようにしっかりと記憶されていた。

 その自信を裏付ける証拠に、一緒にいる女の子はそいつのことを「しょう」と呼んでいる。



 しばらくすると二人は私のいるレジに来て、カップのアイスを2つ台の上に置いた。



「これお願いします」


  

 会計を待ちながら二人は向かい合って、何が楽しいのか終始嬉しそうに笑っていた。その間もずっと、彼女の左手はそいつの服の袖を少しだけつまむようにして掴んでいる。



「……どっちが本命なわけ?」



 バーコードを読み取らずに、私はそいつに言った。



「……はい?」



 そいつはきょとんとした顔で間の抜けた返事をした。



「大人しそうな顔してやってくれんじゃん。彼女が風邪ひいて休んでる時にそのバイト先に別の女連れてくるなんて、相当ナメたことしてくれるね」

「えっ!?なんなんですか?」

「ちょっと、しょう!彼女ってどうゆうこと!?」

「知らないよ!」

「すっとぼけんな!そこの可愛いお嬢ちゃんとうちの奈央と、どっちがお前の本命なんだって聞いてんだよ!」



 私が大声ですごんだその時、



 バンッ!!



 休憩室の扉を掌底しょうていで勢いよく開け、あんなさんが飛び出してきた。



「お客さんごめんなさい!!こいつ、ちょっとヤバい奴なんですよ!!」



 そう言ってあんなさんは力づくで私をレジ前から下がらせて、自分の背中の後ろに追いやった。



「ちょっと、あんなさん!!こいつ、あいつですよ!?奈央の彼氏の!!こいつ浮気してんですよ!!奈央があんだけ泣いてた意味がやっと分かったわ!!」

「尾関うっさい!!お客さんにこいつとかあいつのかどいつとか言うなっ!!」

「あっ、あの!…奈央って、もしかして倉田奈央のことですか…?」



 あんなさんの後ろにいる私に向かって、そいつはひょうひょうと奈央の名前を口にした。私はそれにさらにムカついて、あんなさんのディフェンスを交わし、また前に出た。



「さらっと悪びれもなく奈央の名前を呼ぶな!!」

「あっ!こら!!尾関!!」

「え……?奈央ちゃんのことなの?」



 隣の彼女がそいつに尋ねるように言うと、そいつは神妙な顔をして私の方を真っ直ぐに見た。



「あの……倉田奈央は彼女じゃなくて、僕のいとこですけど……」

「……は?」

「ちなみに、僕も倉田ですし…」

「……え?」



 呆然として言葉を失い自動停止した私をあんなさんはそのまま休憩室へ押し込んだ。

 訳の分からないまま立ち尽くしていると、んなさんたちのやり取りが聞こえてきた。



「ほんっとごめんね!!倉田ちゃんにはいつもお世話になってるよ!あいつさ、尾関っていうんだけど倉田ちゃんと仲がいい奴でさ、たぶん君と写ってる写真見て、君を彼氏だって誤解しちゃったんだと思う!仲間意識が異様に強い奴だから、あんな風にとっさに頭に血上っちゃって……ほんとごめんね!!」

「…そうゆうことだったんですか…。かなりびっくりしましたけど、ただの誤解なら僕は全然大丈夫ですから…。それより、店長さんですよね?」

「あっ、うん!」

「バイト先の店長さんがすごいいい人だって、奈央から聞いてます。こちらこそいつもいとこがお世話になってます…。あと、さっきの方、尾関さんでしたっけ…?」

「…あぁ、うん!尾関!」

「尾関さんにもお礼伝えてもらえますか?奈央と仲良くしてもらってるみたいで……」

「……しょうくん……、君、めちゃくちゃいい子だな……」

「…へ?」

「あっいや、分かった!伝えとくね!そうだ、アイスのお金いいからさ、あとフライドチキンも持ってってよ!彼女も!」

「えっ!?いいんですか…?」

「もちろん!お詫びだから気にしないで!」

「……なんか、逆に色々すみません……」

「私の分まで、有り難うございます…」

「いいの!いいの!こっちが全面的に迷惑かけたんだから!ほんと驚かせちゃって悪かったね!!」



 帰り際、店を出て行く二人の声が聞こえた。



「知らなかった。奈央ちゃんて彼氏いたんだ?そんな素振り見たことなかったな」

「いや、オレも聞いたことなかった……」




 しばらくすると、収拾をつけたあんなさんが疲れきった様子で休憩室に入ってきた。

 目線で問いかける私の前にパイプイスを持ってきてドスンと座り、あきらめたように話し始めた。



「倉田ちゃんに彼氏なんかいないよ、初めから」

「何言ってんの?」

「倉田ちゃんはずーっとお前のことが好きだっただけ」

「……なにそれ?」

「お前が悪いんじゃん、倉田ちゃんに彼氏が出来れば普通に戻れると思うとか言うから、私とえなで焚きつけて、倉田ちゃんに彼氏がいるフリさせてたんだよ。倉田ちゃんはただお前が好きで好きで仕方なくて、どんな形でも尾関の側にいたいって、罪悪感抱えながら死に物狂いで嘘つき続けてきたの!だから、倉田ちゃんのこと責めんなよ!絶対!!」

「……じゃああのハートのネックレスは?ついこないだだって土手行って探してたし、そのせいで今も風邪ひいてるじゃん…」

「あれは、小道具用にえなが倉田ちゃんにあげたの。…ここまで来たらもうどうしようもないから言うけど、倉田ちゃんがずっと探してるのはそのネックレスじゃなくて、お前からもらったっていう変なキーホルダーだよ」




 ……頭が真っ白になった。




 奈央に彼氏なんかいなかった……?


 


 何度も見てきたあの涙は、全部私を想って流したものだった……?




 彼氏に傷つけられて泣いてると思っていたけど、奈央を泣かせ続けていたのは私だったんだ……




 それなのに、奈央はいまだにあのキーホルダーを探し続けて、彼女のいる私を今も好きでいてくれてるの……?


 


「……そんな………」




 それしか言葉が出なかった。




「今日はもういいから…」




 上がりの時間まではまだ20分以上もあったけど、あんなさんはそう言って私の代わりに休憩室から店へと出ていった。
















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