第11話 飲み会の帰り道

 



 長丁場ながちょうばの飲み会が終わって、尾関先輩と私は一緒に店長の家を出た。



 面している大通りを右に行けばバイト先のコンビニがあって、いつもの帰り道。でも、大通りを渡ってまっすぐ行った方が若干私の家までは近かった。



 実際いつも店長の家から帰る時はそのルートで帰っていた。当然、土地勘のある尾関先輩もそれを分かっている。



「じゃあ私はこっちから帰りますね、今日はおつかれさまです!」



 遠回りになることを知りながら不自然に一緒に帰ることは出来ず、早々に私はそう言って立ち去ろうとした。



「こっちから一緒に帰ろうよ。送ってくから」

「えっ…だってこっちの方が…」

「そんなに変わらないでしょ?こんな遅くに一人じゃ危ないから」



 そんなことを言われて胸がぎゅうっとなった。意識してると思われないように何か話さなきゃいけないのに、話題が出てこない。



「なんか今日あんなさんいつも以上に浮かれてたなぁー」



 悩んでる間に尾関先輩が話し始めてくれた。



「店長の家、よく行くんですか?」

「たまにね。外もいいけど、家飲みってなんか楽しいじゃん?」

「じゃあ、尾関先輩の家でもやることあるんですか?」

「うち?うちはそうそうないな。二人とも来たことはあるけどね。人の家に遊びに行きまくっといてなんだけど、私はあんまり家に人入れないから」



 ずっと気になっていた。まだ一度も告白していなかった頃、ノーガードの先輩に話の流れで一人暮らしの部屋へ行ってみたいと言ったことがあった。



 先輩は覚えてないかもしれないけど、その時はやんわりと断られた。



 ライブもそう。趣味でそうゆうことをしていることは話してくれても、その場に行くことは許してくれなかった。



 仲良くしてくれていると思っていても、“ここからは入って来ないで”という感じで、先輩はいつも自分の周りに柵を立てている。



 またぐことは出来なくても、お酒の力が効いている間に少しだけでもその柵の中を覗きたくなった。



「彼女だったとしても部屋には入れないんですか?」

「いや、彼女は全然入れるよ」

「じゃあ逆に彼女以外の人はダメってことですか?」

「そんなにしっかりと決めてるわけじゃないけど、まぁそんなとこ」

「それってどうしてですか?それだけ近い存在じゃないと心を許せないとか?」

「手出しちゃうから」

「……え?」

「もちろん、あんなさん達は別だよ?あの人は普通に暴れるから面倒だし、あんなさんちのが環境いいからわざわざ狭い私んちで飲むことないってだけだけど、あの二人以外は家に入れるとちょっと危険かなーっていう…」

「……尾関先輩ってそんな感じなんですか…?」



 まさかの返答に絶句しかけた。



「今はそんなんじゃないけど、昔はね…付き合ってもないし好きでもない子と部屋で飲んでそうゆう感じになっちゃうってことがちょこちょこあって、その後けっこう面倒くさいことになったから、もう人を入れるのはやめようって肝に銘じたの。まぁ若気の至りの教訓みたいな」

「…へー……」



 “へ”の一文字を口にするのが精一杯だった。



 でも出会って間もない頃だったら、もっと動揺してたと思う。



 普段からチャラチャラしてる雰囲気がなかったわけじゃないし、イメージとかけ離れ過ぎてるわけじゃないけど、それでも恋する気持ちは何も変らない当たり、私はもうかなり重症なんだと思った。



「あ、そうだ!さっきのアレもごめん、うちらの悪ノリで…」



 はっきり言わなくてもハグの件のことを言ってることはすぐに分かった。つい数時間前の苦い想いが蘇る。



「別に全然大丈夫ですよ」

「でも、彼氏がいるのにああゆうのって嫌だよね」



 どうゆうこと…?店長が言ったように、ただのバイト仲間のハグならそんなこと何も問題なんかないはずなのに、どうして先輩は気にしてるの…?答えが分からないまま、期待をしてしまう。



「でも私嬉しかったんだよね」

「え?」

「倉田、ほんとに彼氏好きなんだなぁって。私のこともあんだけ拒否するくらい好きな人出来てよかったなって、今さらながら思った」


 

 何度繰り返せばいいんだろう。ありえない期待をして打ちのめされるこのパターンを…。



 あの時、私がハグを拒んだ時、尾関先輩はほんの一瞬だけ悲しい顔をしたような気がした。でもきっとそれもいつもの勘違いだったんだ。



「今日なんだかすごく楽しくてさ、倉田とまたこんな風に遊べるように戻れてよかったって心底思った」

「私もすごく楽しかったです」

「また一緒にあんなさんとえなさんとこ行こうよ」



 店長が立ててくれた計画は見事大成功だ。今、尾関先輩はまんまと狙い通りの言葉を口にした。なのに私は、全く嬉しいとは思えなかった。



 結局話をしながら先輩はいつもと同じように家の前まで送ってくれたけど、私にはそれがすごい迷惑だった。



 今にも泣き出しそうなのをこらえるのが死ぬほど辛かったから…









 



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