第10話 仕組まれた飲み会

 尾関先輩には内緒で、私は月に一回ペースで店長とえなさんのお家へお邪魔していた。



 二人はやりっぱなしじゃなく、ずっとちゃんと私のその後と経過を気にして、定期的に呼んでくれた。



 作戦通り、尾関先輩が一緒に帰ったり出かけたりしてくれるように戻って、だいぶいい感じだと判断した店長は、「次の段階にいこう!」と、また作戦を立ててくれた。



 次のステージは、飲みみ会を開催するというものだった。メンバーは店長、えなさん、私、そして尾関先輩の4人。場所は、店長とえなさんのマンション。



 それが上手くいって常習的になれば、「私たちが直接サポートすることも出来るようになるから!」と二人は意気込んでくれていた。



 私はまだ未成年だからもちろんお酒は駄目なんだけど、店長は「高校を卒業したんだからもういい加減いいだろ!」の一言で片づけた。



 飲み会の開催理由は、“店長がたまなまえなさんと手を繋いで歩いているところを私に見られて全てを話し、もうバレちゃったから尾関も呼んでみんなで一緒に飲もー!”というテイのちょっと雑なものだったけど、「いいパス出すからね!」と店長は人一倍楽しみにしてくれていた。




 無事に専門学生になった私の入学祝いも兼ねて、5月の半ばにその飲み会は行われた。



「えなー!本当に可愛い!世界一可愛い!宇宙一大好きー!!」



 尾関先輩と私の前で店長がえなさんに抱きついた。



「よく倉田を前にそんなにのろけられるな。バレたと思ったらすごい勢いで解禁すんじゃん…」



 私はもうすでに店長さんとえなさんのラブラブぶりは何度も見てきてるけど、私が知ってることを知らない尾関先輩は、私の前でありのまますぎる店長にひいていた。



「倉田ちゃんにバレた瞬間はさ、実際私もまる子並にサーッて顔に縦線入ったけど、まぁ考えてみれば倉田ちゃんには別に黙ってることでもないのかなって。この子は言い振り回したりしないだろうし」

「当たり前じゃないですか!私、店長の本当の姿見れて嬉しいです!それに、店長とえなさんのこと見てるとほんと幸せな気持ちになります!」

「倉田ちゃーん、いいこと言うなぁー!」

「なおちゃんがそんなこと言ってくれて私もうれしいな」



 店長とえなさんと私は、ボロを出さないように気をつけていたけど、結局ほぼいつもの調子と変わらなかった。



 ほとんど初対面という設定のえなさんと私の距離感が近すぎないか少し不安だったけど、えなさんの温かくて人懐っこい人柄を知っている尾関先輩は、全く気になっていない様子だった。



「ねぇ倉田、この二人10コも歳離れてんじゃん?」

「はい」

「どうやって知り合ったと思う?」

「尾関先輩、知ってるんですか?」

「教えてあげようか?」

「わー!聞きたいです!聞きたいです!教えて下さい!」



 ずっと気になっていたことをついに聞ける!今日の目的は置いといて、とりあえず先輩ナイス!!と思った。



「コラ!倉田ちゃん、尾関を乗せるんじゃないよ!尾関、黙れ!」 



 えなさんの手料理が並ぶテーブルを挟んで、店長は立ち上がりながら尾関先輩の口を力ずくで塞いだ。



「…こっ、この人はね!自分の生徒に手出したんだよ!」



 店長の手から逃れたその一瞬の隙に、尾関先輩はバラした。



「えっ!?」

「おい!こら!人聞きの悪い言い方すんな!」

「人聞きもなにもまんまその通りじゃん!ね?えなさん!」

「うーん……その通りではないかなぁー?だって、あんなちゃんが手出したっていうか、お互い出し合ったって感じだから」

「えな!!」

「ちょー!!ちょっと待って下さい!!置いてけぼりにしないで下さいよ!私全然ついていけてないんで、初めから整理させて下さい!店長、先生なんてやってたんですか…?!」


 私は両手を上げて大人たちを制止し、真正面から店長に向かって率直に尋ねた。すると三人は聞き分けよく一斉に黙ってくれた。



 その空気にあきらめた店長はイスに座り、話す前に芋焼酎のロックを飲み干した。


「…短い間だけね」

「あんなちゃん、こう見えて高校の教員免許持ってるの」

「えー!!」

「…知り合いが私立高校の学長やってて、急に非常勤の先生が一人家庭の都合で辞めることになっちゃったからって頼まれてさ。次の人が来るまでの穴埋め期間、バイトみたいなもんだったけどね」

「なんだそれ!普通、知り合いに学長なんかいねーわ!」



 尾関先輩は片膝を抱えた格好でお酒を飲みながら店長にツッコんだ。



「なんか色々驚きなんですけど…。店長って一体何者なんですか…?」

「私?私はねー……えなの恋人!」

「やだぁー!あんなちゃん、もぉー!」



 そう言われ、嬉しそうに店長の肩に寄りかかったえなさんに、店長はなかなか本格的なキスをした。



 私はその光景に思わず目を見開いて釘付けになってしまった。そんな私の驚愕した顔に隣の尾関先輩が気づく。



「だーっ!!こら!やめろ!へんたい!奈央に刺激が強すぎるわ!!」



 お酒のせいか、二年ぶりに私のことを奈央って呼んだことに、先輩は気づいていなかった。



「あー!倉田ちゃん固まってるー!」

「えっ!?いや、びっくりしちゃって…。初めて見てしまったから…」

「驚かせてごめんね、なおちゃん…。あんなちゃん、ここまで酔っ払うと誰の前でもしちゃうから…」

「いえ!私は全然大丈夫です!…むしろ…」

「あっ!!今、“むしろ”って言った!エロ!エロ倉田!お前は今日から“エロ倉奈央”だ!バイトの名簿も変えてやる!」



 店長が上機嫌で私に絡んできた。



「今日めちゃくちゃ酔ってんじゃん…」



 尾関先輩が呆れた口調で言う。



「今日は大好きなみんなが集まってるから嬉しいんだよ、あんなちゃん」



 子どもみたいに懐いている店長を、えなさんは包み込むようにやさしく抱きしめた。



「おい!エロ倉!羨ましいだろ!お前も尾関にやってもらえ!」

「なっ!何言ってんですか?!」



 …もしかして、コレが店長の言ってたいいパス!?前回の作戦と違って雑すぎる…。でも流れによっては本当に尾関先輩に抱きしめられるかもしれないと、一気に体が強張った。



「尾関!倉田を抱きしめろ!ぎゅーってしろ!」

「酒グセ悪っ……するわけないでしょ、倉田には彼氏がいるんだから」

「そんなの関係ないだろ!お前らはただのバイト仲間なんだから、いつもありがとうの気持ちでハグするだけで別に浮気でもなんでもないじゃん!あっ!尾関、お前もしかして倉田のこと意識してんじゃないの?」

「バカじゃないの?するわけないじゃん」



 そんなのずっと前から分かってることだけど、そこまではっきり目の前で否定されるとやるせなくなった。



「じゃあ証明しろよ!意識してないんならハグしろ!」

「うっさいなぁ……じゃあするよ!ほら、倉田!来い!」



 尾関先輩は渋々そう言ってこっちを向くと両手を広げた。




ゴンッ!!




次の瞬間、えなさんの腕の中から出て立ち上がった店長が、尾関先輩の頭をリモコンで殴った。



「なんで倉田から行かせんだよ!お前から行けよ!」

「……っいったぁ……」



 頭をさすって痛がる尾関先輩を、店長がさらに煽る。



「痛いとかそうゆうくだりもういいから!遅い!早く!」

「……分かったから」



 すると、尾関先輩は難しい顔をしたまま、また両手を広げて今度は自分から私に近づいてきた。



 目の前まで来た時、私は尾関先輩の両肩を力いっぱい抑えて止めた。



 今そんなことをされたら確実に泣き出してしまうと思った。



「いいですよ、別に!そんなことしなくて!」



 そのまま3秒くらい固まった先輩は元の位置に戻ると、テーブルの上のナンコツの唐揚げを一つ取って食べた。



「なんだ、つまんないのー」



 店長がふてくされたように言う。



「従業員で遊ぶな!」

 


 そう言った尾関先輩はその後、しばらく私の方を見なかった。



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