第4話 店長の秘密

 お互い前みたいに…とは言っていたものの、やっぱりそんなにすぐに上手くはいかなかった。



 尾関先輩は全然冷たくないし、むしろこないだの一件以前より優しくなったくらいだったけど、それはそれで一線を引かれたようで逆に切なく感じた。



 そんな時間を2ヶ月ほど過ごした6月の初め。バイトから帰ってる途中で、私は休憩室に傘を置いてきたことに気づいた。確か明日は降らない予報だったけど、今日から3日間バイトはないし、その間に降るかもしれない。



 少し面倒だったけど、まだ帰り道の半分も来てないし、何より私の傘はバイト代を奮発して買ったちょっといい傘で、万一盗まれたら…と思うと恐くて戻ることにした。



 店に着いた時、店の壁裏のスペースへ小さな猫が入っていくのを見た。思わずその先を覗くと、4〜5匹の子猫がいた。まだ小さすぎて人間を悪だと知らないその子たちは「ナーナー」と私に向かってみんなで鳴いていた。



 もう少し奥へ入ると、かわいいヒヨコの柄の毛布がきれいに敷かれたダンボール箱があって、その近くにはちゃんとお水とごはんもあった。



 誰かが定期的に世話をしているらしい。店長は知ってるのかな?と考えながら、可愛くてたまらないその子たちをしばらく見ていた。



「〜…〜…〜でしょ?」



 どこかから話し声が聞こえた。

この声は尾関先輩…!?



 更にもう少し奥に、店内からの光が壁越しに漏れているのを見つけた。その前までいくと、話し声はより鮮明に聞こえた。



「ほんとだって!全然あんなさん信じてくんないじゃん!」

「私は信じないよ。プロゴルファー猿が人間なわけない。だって、“わいは猿や”って本人も言ってんじゃん」

「だから!あれは名字が猿田さるたとかなんかでそう言ってるだけなの!」

「猿田なんて名字の人間がいるわけない」

「いやいるだろ!」



 尾関先輩が店長と話してる。どうやら壁の向こうは休憩室で、通気口から声が漏れているらしい。



 それにしてもこの人たちはなんの話をしてるんだろう…。背徳感を感じながら、私は早々に立ち上がる気にはなれず、寄ってくる子猫をかわいがっていることを言い訳に、しばらく2人の会話を聞いていた。



「なんか今日疲れたなー、あんなさん、飲みにいこうよ!」



 そう言えば、尾関先輩は店長のことを下の名前で呼ぶ。みんなの前では店長って呼んでるけど、時折口を滑らせるので私は気づいていた。



 前に、店長とはバイトを始める前からの知り合いだとちらっと聞いたことはあったけど、なんとなくそれ以上は深掘りしないでほしいようなオーラを感じたので、詳しくは詮索しなかった。



「今日はダメ。えなが待ってるもん」



 えな?店長は一人暮らしって言ってたからペットかな?そんな話聞いたことないけど。それにしてもペットに“えな”はちょっと違和感がある…。



「じゃあ、えなさんも呼ぼうよ!」



 えなさん!?ペットじゃない!…まさか店長、シングルマザーとか?



「今日はマジでダメ。えなが私の好きなロールキャベツ作って待ってるねって言ってくれてたから。あーもう早く帰ろーっと」



 ロールキャベツが作れるほどのそこそこ大きい娘さん!?



「ちぇー、いいなぁー、料理上手な彼女がいて」



 カ、カノジョ!?どうゆうこと!?店長に彼女が!?



「いいだろ!もっと羨ましがれ!羨ましすぎて悶えて泣きじゃくりながら独りの部屋で呑んで吐いて、そしてトイレの床でさらにおえつ泣きしろ!」

「サイテーだな…なんでえなさんこんな人がいいんだろ。永遠のナゾだわ…。10コも下なのにえなさんのが全然大人じゃん」



 10コ下!?10コ下の彼女と同棲してるってこと!?



 衝撃的な事実を知ってしまって、一気に罪の意識が増幅した。正直まだまだ2人の会話を聞きたかったけど、私は子猫たちに別れを告げ、傘をあきらめてまた家への道へと引き返した。





三日後のバイトの日、店に着くと無事に傘があってひと安心した。この日は店長と二人だけのシフトだった。



 仕事中はずっと、店長を今までと同じようには見れず、バイトの初日のように緊張してしまった。



「最近、尾関とどお?」



 お客さんが誰もいなくなると、店長が気にかけるように尋ねてくれた。



「見たまんまって感じです。冷たくされはいないけど、なんか掴みどころがないっていうか…」

「そっかぁ…あいつほんとめんどくせーね」

「店長と尾関先輩ってほんとに仲いいですよね」

「んー、まぁそこそこ付き合い長いからね」

「尾関先輩ってたまに店長のこと下の名前で呼ぶじゃないですか、あんなさんて。前にバイト始める前からの知り合いだって尾関先輩から聞きましたけど、何繋がりなんですか?」



 私は思いきってストレートに聞いた。



「なんか今日はグイグイくるね、倉田ちゃん。まぁいいけど…。昔さ、私自分で店やってたんだけと、尾関はそこに出入りしてた客だったの」

「なんのお店ですか?」

「バーだよ」

「それってもしかして…レズバー的な…?」

「なっ!なんで知ってんの!?」

「知らないですよ!そうかなって思っただけで」

「嘘だ!こんないたいけな少女の口からレズバーなんて言葉出るわけないもん!どっかから聞いて知ったんでしょ!」

「ほんとに知りませんて!ただ私が知ってるのは…店長に“えなさん”ていう10歳下の彼女さんがいるってことだけで…」

「…おいー、もうアウツじゃん…なんだそのやり手の刑事みたいな情報網は…。尾関は言うわけないし、まじでなんで知ってるの?」

「ごめんなさい、ほんとに偶然なんです。こないだ上がった後に忘れ物に気づいて戻ってきたら、店の裏で子猫ちゃん見つけて。知ってました?店の裏の狭いスペースにちゃんとダンボールでお家作ってあって、誰かが世話してるみたいなんですよ!」

「あぁ、うん、それ私」

「そうなんですか!?」

「たまたま居ついてるの見つけてさ、ほっとけないじゃん、見ちゃったら」

「まさか店長だったなんて…店長ってほんと色々とギャップの人ですよね、いい意味で」 

「それ軽く悪口言ってない?てゆうか!それで続きは!?」

「そうそう、それで子猫ちゃんかわいーってちょっと遊んでたら、ちょうどしゃがんだところに通気口があって、声が聞こえてきて…。盗み聞きするつもりじゃなかったんですよ!…ただ、尾関先輩の声がするなぁ…って思ったらそのまま聞き続けちゃって…」

「んー、たぶんそれ盗み聞きだね。聞き続けちゃうのは盗み聞き」

「やっぱりそうなっちゃいます…?…ごめんなさい」

「まぁ、しょうがないわ。そもそもおびき寄せたの私みたいなもんだし。でもまさかうちの店にそんな忍者屋敷みたいなカラクリがあったとはね!今度バイトが私の悪口言ってないか盗み聞きしてやろ」

「こらこら!」

「そうだ、倉田ちゃん、一応誰にも言わないでね、彼女のこと。私も色々あってさ」

「もちろん誰にも言う気ないですよ!ただ、知った時なんかすごく嬉しくて。店長もそうなんだってことが。だから、店長に話したかったんです!」

「そっか。もうバレちゃったんならしょーがない!これからはもっとちゃんと相談に乗ってあげるよ、尾関のこと」

「ありがとうございます!」

「…倉田ちゃんてかわいいよね。私的には倉田ちゃんになら尾関のこと任せられるんだけど」

「ほんとですか?」

「ほんとほんと。尾関もさ、倉田ちゃんのことかわいいとは思ってると思うよ、恋愛対象としてではないかもしれないけどさ」

「店長がそう言ってくれると心強いです。今はそれだけで嬉しいです」 

「あいつもああ見えて色々考えてるから、浅はかなやつじゃないからさ、自分の中で自分だけのルールがあるんだよね」

「10代はない…とかですか?」

「…そうだね…それは本当に昔からそんな感じなんだよね。倉田ちゃんには酷だけど、あいつ生粋の歳上好きだし。でもさ、私思うんだけど、10代から知ってる子が大人になったらどおなんだろ?その時にめちゃくちゃタイプの大人の女に成長してたら好きになるのかなぁ?」

「なるほど!そうゆうことは考えたことありませんでしたよ!そっかぁ…」

「だけどさ、まだ2年近くもあるじゃん、大人になるまで。どんだけ待つ女なんだよ」

「…そうですけど、今だって何の可能性もない中過ごしてるし、もしその先に可能性がある可能性が少しでもあるならすがりたいです…」

「健気だねぇ…あんな意地の悪いやつをそこまで…泣けてくるわ」

「…本当の姿じゃないと思います、私に冷たかったのだって。尾関先輩は本当はすごい優しい人だって、私知ってますから」

「倉田ちゃんには幸せになってほしいわ」

「ありがとうございます!幸せかぁ…でも考えたら、好きな人の近くにいられるだけで、今ももう幸せなのかもしれないですね、私。欲張り過ぎなのかな」

「…今度うちに飲みにおいで。彼女紹介してあげる」

「え!うれしい!!…けど、飲みに…って、私、高校生なんですけど…」

「酒を飲まない高校生なんかこの世にいないでしょ」 

「いや、いるでしょ!尾関先輩と同じようなこと言いますね…。でも本当に彼女さんに会わせてくれるんですか!?」

「うん。一緒に住んでるから今度来たらいいよ。えなを味方につけたら私より頼りになるから」

「ほんとうれしいです!でも店長、なんでいつも私のこのそんなに気づかってくれるんですか?私なんかに色々してもらってもなんにも出ないのに」

「なんでかなぁ、ほんとに倉田ちゃんかわいいし、尾関のこと大好きでがんばってるから助けたくなっちゃうし、それに、尾関と倉田ちゃんといるの楽しいんだよね。だからかな」 

「…私もこないだ、完全にはっきりフラれた時、尾関先輩にそうゆうこと言ったんです。一緒にいるのが楽しかったから、ずっとその中にいたかっただけだって。前みたいに普通に遊んだりする仲に戻れたらそれでいいって、またウソついちゃいました…全然そんなことないのに。先輩も言葉では同意してくれたけど、なかなか上手くはいかないですね」

「つい最近まで自分のこと2年も好きだったって知ったらすぐにはただの友達って受け入れるのは難しいかもね…。てか、そういや前にそんな感じの話になったわ!飲んでる時に」

「どんな話したんですか?」

「倉田ちゃんへの態度のこと軽く説教してさ、どうしたら前みたいに仲のいい先輩後輩に戻ってくれんの?って聞いたらさ…」 

「その言い方は、どうやっても無理ってわけじゃないんですね!?なんか可能性があるんですね!」

「…言っていいの…?」

「早く言って下さい!」

「…彼氏が出来たらだって。倉田ちゃんにちゃんと心底好きな人が出来て、自分の前でもノロけるくらいの姿見たらまた前みたいに戻れるかもって言ってた」

「それって結局、完全に私はないってことですよね、やっぱり」

「…ごめん」

「店長が謝ることじゃ…てゆうか、本人からすでにはっきり言われてるわけだし、それをまた改めて聞いてるだけみたいなもんだし…」



 本当にそうなのに涙が出てきた。



「倉田ちゃん?」

「不思議ですね、本人から言われた時は泣かないで耐えられたのに。なんだろ、他の人から聞く方が本当に本心なんだって感じちゃうのかな…。私ってつくづく勘違い女ですよ、ずーっとどっかで可能性信じちゃって」

「……よしっ!こうゆう流れになったのもアレだ!今日これからうちおいでよ!ちょうど夜勤の子も来る時間だし、私ももう上がるからちょっとうち寄ってきなよ。倉田ちゃんちはゆるめだもんね?」

「…はい。連絡すれば全然…でも、本当にいいんですか…?」

「いいよ!えなのご飯で元気出せ!」



 店長がそう言ってくれて、傷心の私は突如店長のおうちへお邪魔することになった。





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