世論

 それは、ケテル教がテロを起こした翌日のことだった。

「八時になりました。ニュースをお伝えします。前日、教祖である川島伴造かわしまはんぞうの指示のもと、ケテル教が十二名の一般市民を銃殺する事件が発生しました」

 伴造の蛮行は、日本中で報道された。ワイドショーでは、芸能人が様々な意見を口にしている。

「話によると、あの場には最上江真もがみえまもいたらしいじゃないですか。彼女、何をしていたのですか? 戦える力を持っているのに、一般市民を見捨てるなんて」

「これさぁ、日本の恥だよね。戦後から、日本は支え合いの精神で経済を復興させてきたのに、あんなの売国奴ですよ売国奴」

「内心、選民思想でも抱いていたんじゃないですか? ネオは特別で、そうでない者は死んでも良いと」

 飛び交った憶測はおおよそ、江真が戦わなかったことを責める内容だ。他の放送局でも、彼女を批判する人々の声が報じられている。

「戦える人が戦わない。結局、これが世の中なんだなって思うと、悲しくなります」

「最上江真が戦わなかったせいで、私の娘が亡くなりました」

「メディアにも露出して、自分がネオであることを公表して、だけどあの方は弱者を見捨てたんですよね。結局、力を持つ自分を好きなだけなんですよ、あの方は」

 世間は今、ケテル教に怯え、江真に怒りを抱いている。アパートの一室にいる江真はテレビの電源を切り、掛け布団に包まる。その虚ろな目は涙で潤い、頬は少しばかり紅潮している。

「私のせいだ。私のせいで、人が死んだ……」

 今更何を悔やんだところで、失われた命は戻らない。それでも彼女には、自責することしか出来ない。そんな彼女に追い打ちをかけるように、ガラスの割れる音がした。彼女の目の前に飛んできたのは、掌に収まるくらいの大きさの岩石だった。それから彼女のもとに、何通も電話がかかった。彼女がドアポストに目を遣れば、そこには大量の紙切れが詰まっている。

「うぅ……ひっ……ひっ……」

 感極まった江真は、すすり泣くばかりであった。



 同じ頃、玲玖れくはいつもの事務所で喫煙していた。彼女はノートパソコンを触り、ニュースサイトを漁っている。和治かずはるの思惑通り、大衆は江真に圧をかけている。

「全てがアンタの計画通りだな、和治。これでアイツも、ケテル教徒を殺してくれるだろうよ」

 計画が順調に進んでいることに対し、玲玖は笑顔を見せた。その過程で何人の死人が出ようと、それは彼女の気にすることではない。そして立案者である和治もまた、多くの犠牲に対してまるで罪悪感を抱いていない様子だ。

「多くの人々はニュースを見て、真実を知ったつもりになります。その実、彼らが与えられているものは単なるセンセーションに他なりません。情緒を揺さぶられることで悦ぶ者たちを操るのは、至極簡単なことですよ」

 事実、民意は彼の企みによって動かされた。玲玖に劣らず、彼もまた冷酷な性格である。しかし事を重大にした弊害は、この二人にも降り掛かっている。

「それより、今は如何にして川島を仕留めるか……それを考えるのが先だ。自分のシマを荒らされて黙っている支配者なんざいねぇよ」

 そう――仮にも街を影で牛耳っている玲玖は、一刻も早くあの男を倒さなければならないのだ。無論、和治もそれくらいのことは考えている。

「そのために江真を追い込んだのですよ。彼女が殺生さえ躊躇わなければ、御剣様に手を貸すはずです」

「確かにそうだな」

「元より、江真は己の正義に絶対の自信を抱いていません。その上で世論が殺生を望むのであれば、彼女の行動も変わるはずですよ」

 元々、彼が江真を追い詰めた根本的な目的は、伴造を倒すことだ。

「ククク……アンタは実に優秀だ。次こそは、奴を焼き殺す」

 そんな誓いを口にした玲玖は、吸殻を灰皿に押し付けた。

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