人権を認められたノイズ

 あれから江真えま泰守やすもりは、寂れた公園のベンチに腰を下ろした。泰守がどこから話を聞いていたのかは、江真にはわからない。彼女は俯き、小さなため息をついた。少なくとも、あの男があの場に赴いたということは、何か用件があったのだろう。いよいよ、泰守は数瞬の沈黙を破る。

「力を得ることは快楽の前借り――その通りだろうなぁ。力を振るうことで生じた損害の埋め合わせのため、強者は更に力を振るい続ける。弱さゆえに許されていたことが、強さゆえに許されなくなる」

 何やら彼は、和治かずはるの話のほとんどを盗み聞きしていたらしい。彼の言い分に納得のいかない江真は、反論を試みる。

「違う。私が力を手に入れたのは、快楽のためなんかじゃない」

「果たして本当にそうかねぇ。お前は力を得ることで、お前の求めていた何かに辿り着けると思っていた。納得のいかない人生に欠けているものを、力だと思っていた。力さえあれば、何かが変わると信じたからだ」

「力がなければ、何も変えられないんじゃ……」

 元より、彼女が力を求めた理由は、無力なままでは戦えないからだ。されど彼女の隣に座る男は今、その動機を完全に否定している。彼女が虚ろな目をしている一方で、泰守は依然として冷笑的な微笑みを浮かべている。そして彼の口からは、江真の神経を逆撫でするような言葉が紡がれる。

「所詮、力なんてものはなぁ、大義名分のもとに安全圏を奪い合うための武器なんだよ。犠牲を要する世界で、傷ついても良い人間を決めるための武器だ。お前だってさっき、Rの駒にされている被害者を傷つけようとしただろう? お前はそれを『止むを得ないこと』だとみなしてんだ」

 あの時、江真は戦わなかった。しかし、それは泰守が彼女を連れ去ったからだ。もしあの時に泰守の助けがなければ、彼女は間違いなく戦っていただろう。

「そ……それは……」

 言葉に詰まった江真は、悔しそうに肩を震わせた。そんな彼女に容赦することなく、泰守は更に畳みかけていく。

「かつて、お前は強者を残酷だと思っていたはずだ。だが一度力を使ってしまった人間は、止まるわけにはいかない――それだけなんだ。今の世の中が気に食わないのは結構だがなぁ……お前の目指す世の中がどうであれ、そのしわ寄せは誰かに行くぞ」

 その言葉に、江真は妙な説得力を覚えた。実際、彼女はつい先ほど、Rに与えられた仕事をこなせなかった者たちの末路を目の当たりにしたのだ。あれは紛れもなく、江真の正義感によってもたらされたしわ寄せに他ならない。それでも彼女は、腑に落ちない様子だ。

「そう言う君は、一体なんのためにネオになったんだ?」

 江真は訊ねた。無論、これは彼女が初めて泰守に会った時に訊いた質問だ。そしてその質問に、泰守は臆することなく答える。

「前にも言っただろう。俺の目的は至って単純だ。全てのネオを――過ぎた力を持て余した者たちを殺し、かつてあった世界を取り戻すことだ。人権を認められたノイズというのは厄介だからなぁ、その存在が物議を醸す前に除去しなければならないんだよ」

 人権を認められたノイズ――それが彼の目に映るネオという存在だ。そんな彼の言動には、江真は隙を見いだす。

「それでネオが殺されることは、君にとって『止むを得ないこと』なのか?」

 それは紛れもなく、相手自身の言葉を用いた反撃だった。しかし、ここで言葉に詰まる泰守ではない。

「まあ、潔白な英雄なんかいないからな。だからこそ早く手を打っておく必要がある。これ以上ネオが増えれば、俺は更に多くの命を奪うことになる。だが江真……お前のことはもう少し泳がせておいてやるよ」

「……一体、何を考えているんだ?」

「Rの正体を知るには、もう少しお前に動いてもらう必要があるからな」

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