ネオ

 翌日の土曜、江真えまは街中を練り歩いていた。彼女は相変わらず、ここ数日の己の活躍を振り返っていた。今のところ、彼女は反社会的勢力と戦うことにしか力を使っていない。そして、それは正しい――彼女はそう確信していた。

「ふふ……まるで、ヒーローになった気分だ」

 そんな独り言を呟いた江真は、嬉々とした微笑みを浮かべていた。しかし彼女の行動は、決して安全なものではない。これからも、彼女は多くの戦いを経ることとなるだろう。それでも江真は慢心している。あの力を手にしたことで、彼女は己の敗北を想像できないのだ。


 そんな彼女の前に、一人の中年男性が姿を現す。

「お前か。最近、反社と戦っているのは」

 その男が何者かは、江真にはわからない。ただ一つ言えることは、彼が彼女の動向を知っていることだ。

「君がRか?」

 江真は訊ねた。男は不気味に笑い、彼女の問いに答える。

「いや、俺は真嶋泰守まじまやすもり。奇しくも、俺もRを探している者だ。ところで、お前は何者だ?」

 何やら彼も、Rと呼ばれる人物を探しているらしい。この時点ではまだ、彼を味方と断定するには早計だろう。

「私は最上江真もがみえまだ。しかし自己紹介は慣れないな……他に何を話すべきか……」

「じゃあ俺の質問に答えてもらうぞ。単刀直入に聞く。お前、ジャドという小僧と契約を結んだか?」

「なっ……!」

 どういうわけか、泰守はジャドの存在について知っていた。その名前を聞いた江真は、明らかに動揺している。一方で、泰守は涼しい顔をしたまま話を続ける。

「どうやら正解だったようだな。ジャドと契約した者は、お前だけじゃない」

「つまり、君も……」

「ああ。そしてジャドは、契約者のことを『ネオ』と呼んでいるらしい。アイツの思惑は知らないが、おそらくこの世界には、人類に代わる頂点捕食者が現れようとしているんだろう」

 ネオは一人ではない。少なくとも、今この場には二人のネオがいる。一先ず、江真は眼前の男が同胞か否かを確認しなければならない。

「君は一体、どんな目的があってジャドと契約したんだ?」

「全てのネオを滅ぼし、そして自らの命も絶つ。それが俺の目的だ」

「なっ……なんのために、そんなことを!」

 泰守の目的は、決して彼女に理解できるものではなかった。彼の発言が本心なのかはわからない。その表情からは、一切の感情が読み取れない。そんな彼の顔色を窺いつつ、江真は身構えていた。そんな彼女を、泰守は笑う。

「ククッ……お前だって見てきただろう? 強者が、その力を何に使ってきたのか。人間は決して、聖人君子にはなれない。力を得た人間は、その力に溺れるんだ」

「少なくとも、私は違う! 私はこの街を反社から守るために……あの力を!」

「お前は力を使うことの意味を知らないんだよ。善悪ってのはさぁ、たった一人の人間が分別できるものではないんだなぁ」

 どうやら彼は、ネオの存在に否定的な様子だ。この男を味方だと判断することは、江真には出来ないだろう。

「確かに、善悪の分別は簡単ではない。それでも私は、その道中で何度挫折しようと、正義を貫いてみせる!」

「気合いだけは百点満点だ。だが、気合いだけでは正義は成し得ない。この先、お前は多くの選択を迫られることになるだろう。何を守り、何を切り捨てるか……お前にはその答えを出せるのか?」

「私は、誰も切り捨てない! 例えこの世界が弱肉強食でも、私はその摂理に抗い続ける! それが私の覚悟だ! それが私の信念だ!」

 彼女の意志は揺らがない。そんな彼女の気迫を前にしても、泰守は動じない。そればかりか、彼は依然として怪しげな笑みを浮かべるばかりだ。

「……曖昧な命題を前に、純粋な心は意味を成さない。また会おう、江真……」

 そう言い残した泰守は、その場を後にした。

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