二節/2
暫く時が過ぎ、遂にレイフォードたちの番が回ってきた。
案内係の修道士の女性に呼び出され、先導する彼女に倣って礼拝堂の右側にある空間へと入る。
礼拝堂と扉で隔たれているこの空間も、同様に白で染まっていた。
教会の
硬い石の床を歩く度、こつこつと音が鳴る。
静かな空間にその音が響くことで、否が応でも心臓の鼓動は早まっていく。
非日常的な体験というのは、こうも緊張するものなのだろうか。
浅い呼吸を意識的に深くしながら、少しでも落ち着けようと、レイフォードは右手首を握った。
ちらりと横目で隣を歩くシルヴェスタを覗いても、特に動揺が見られない。
やはり、領主として様々な経験をしているのが大きいのだろう。
十数
扉の前には、先程の司祭が控えていた。
「では、これから祝福の儀を始めます。
準備はよろしいでしょうか?」
「……はい」
深呼吸をして、レイフォードは答えた。
やるべき動作も言うべき言葉も、全て頭に入っている。
必要なものは勇気だけ。
その勇気すら、今この瞬間手に入れた。
心に鎧を纏った小さな勇者は、運命の扉を開ける。
またしても白亜の空間。
礼拝堂や廊下とは違う部分は、とある花で装飾されていることと、五
装飾に使われている花は《水晶花》と言い、透明な花弁を十二枚重ねていることが特徴である。
教会以外では基本見られない植物であるため、レイフォードは観察してみたいという欲求に苛まれた。
しかし、最優先は儀式の遂行だ。
観察くらいならば、後でいくらでもできる。
気を持ち直して、小さな背丈と短い脚で部屋の中心を目指した。
円形の部屋に放射線状に並べられた石像は、リセリス教の十二神を象ったものだ。
創造の神から遊戯の神まで、普遍的な印象そのままの風貌をしており、日の出る方向を零時として、時計回りに順に配置されていた。
神々の目線の先、部屋の中央には大きな結晶が一つ。
台座に鎮座した十二面の角柱は、天井から降り注ぐ光を反射してきらきらと輝いている。
石像よりは小さいが十分巨大な結晶は、教会の権威を表しているようだった。
その圧巻さに気圧されながらも、レイフォードは儀式を進行させる。
片膝を付いて両手を組み、額と手が接触しそうなほどまで近付いた。
そして、大きく息を吸って声が震えないように祝詞を紡ぐ。
「──〝世界をあまねく見守られる数多の神々よ。
私はこの度五つの年を迎え、魂の根を張り生命として世界に定着いたしました。
神々と比べ卑小な存在なれど、私はこの世に生きています。
どうか、我が人生に祝福をお与えください。〟」
声に呼応するかの如く、結晶が光を宿す。
通常ならば、その光が少年少女の神秘への才能を表すものだ。
面が適性を、光量が力を掲示し、それに従って学ぶ。
偽り無く、誤り無くその者本来の力を映し出し、未来を導くはずだった。
閃光が空間を包む。
目を開けていられないほどの鋭い光が、結晶から発せられていた。
思わず右腕で目を覆い、何が起こったかを探ろうと薄目で隙間から辺りを覗こうとする。
しかし、それはできなかった。
閃光と同時に感じた右腕への違和感。何かになぞられているのような感覚。
それが無くなった瞬間、膨大な情報が脳に注ぎ込まれたからだ。
罅割れた空から覗く黒。
形容し難い怪物たち。
光届かぬ暗黒の中に響く、嘲笑う声。
そして──無残な姿に変えられた少年。
レイフォードが知り得る訳がない情報。
どうしてそれを今得たのか、考えようとした。
考えようとしたのだ。
突如、激痛がレイフォードを襲う。
肉体の内側から弾けて破裂してしまいそうな痛みに耐え切れず、受け身も取れずに地に落ちた。
身体に力が入らない。
浅く、不規則な呼吸。
息を吸うことまでも難しい。
徐々に視界がぼやけ、意識が遠退いていく。
身体は痛みに悶えているというのに、意識を留める錨にすらなってくれない。
肉体が精神が、世界に融けていく。
真っ暗な世界に落ちていく。
自分が自分でなくなっていく。
────適合者を認識。
異常発見。判定中……終了。
動作障害:無。術式、執行開始。
夢と現の狭間、意識の虚像と実像の間でそんな声が聞こえた気がした。
歯車が狂い始める。
いや、既に狂っていたのだろう。
生誕から現在にかけて積み重なった負の連鎖。
巧みに隠されていたそれが、今表面化しただけだ。
壊れた機械は、誰にも直すことはできない。
狂った機構を見ることすら叶わない。
時を刻む針は歩みを止め、穢れた澱の中に停滞する。
そうして、レイフォード・アーデルヴァイトという仮初の器は、壊れた機械仕掛けの人形に成り下がった。
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