第三話 バレンタインデーの共同作業
あの激動の一週間(笑)が終わり、モブは日陰者の日常に戻った。
クリスマスも、初詣も、当然ながら〝お誘い〟などある筈もなく、モブは自宅で毎年と変わらぬ日を過ごした。
まあ、何故か学園では昼の〝弁当タイム〟だけは継続していたのだが、
これがモブの日常だと思えば不満もない。
そんなこんなで一月も終わろうというある日、クラス担任から伝達事項があった。
三学期は週一で班活動を行う旨の通達だ。実施は二月の第二週から毎週水曜日との事。
活動内容は『
因みに班は四人~六人で任意に決めろ、とのお達しである。
これは、俺にはかなり難しいミッションである。
まず第一に俺はクラスに(いや、学園に)友人なる存在が皆無である。
更に、仲良しで形成された四人(ないし六人)のグループに入れて戴くなどハードルが高過ぎる、というモノだ。
去年まではなかった筈だが、これはモブ虐めだろうか?
幾ら俺が落ち込んでいても授業は普通に消化されて、昼休みになった。
いつものように
俺は食欲も、いや、気力もなかったのだが、三人が恒例の〝おかず交換〟を待っている風だった(媛乃木など早くも『豚バラとグリーンアスパラの肉巻き』を箸で摘まんで持ちあげている)ので、仕方なく俺も弁当箱を広げた。
早速、媛乃木も、川俣も、舘野も、それぞれ彼女たちの自信作(?)と
最早、これは毎日のルーティーンとなっていた。
そして、俺の作った『だし巻き卵』は三人に好評のようで(だから多めに作っている(笑))毎日誰かが交換してゆく。
そして、これもいつの間にか恒例となった『いただきます』と声を合わせてから食事が始まった。
クラスで他にもグループで食事をしている連中が居て(まあ、基本女子だけだが)この『いただきます』は他のグループにも浸透していた(笑)。
俺は媛乃木が自信ありげに置いていった『豚バラとグリーンアスパラの肉巻き』を食べてみた。
「あ、旨い!」
思わず声にだしたら媛乃木が嬉しそうに「へへへ~♡」とはにかんだ。
そんな時、川俣が言った。
「そうそう
媛乃木は、ちらっ、と俺を見て言った。
「良いよ」
「あーしも異論ナッシングにょ」
舘野も頷いていた。
「……俺は、どうしようかな?…困った……」
俺が困難なミッションを思い出して、ぼそっ、と零すと舘野が少し怒ったように言った。
「なあにぃ?……タダっち(『只野っち』がいつの間にか短くなっていた)、あーしらとは『班活動』できないにょか?」
「えっ?……いや、男女別々でしょ?」
俺が疑問を口にすると
「
川俣が断言した。
「えっ?……でも、俺が交じっても君たち構わないの?」
「全然、問題ナッシングにょ!」
舘野が言い、川俣が同意した。
「当然!」
俺が、ちらっ、と媛乃木に視線を投げると彼女も頷いていた。
困難なミッションが、あっさり、解決して気を緩めた時、イケメンボイスが聞こえた。
「媛乃木さんたち、オレら三人と組まない?……ちょうど六人になるし……」
何となく嫌な予感がした。
「もう、班は決まったから……」
しかし、媛乃木が振り返りもせずに答えた。
かなり不機嫌そうな声だったが、舘野の話では
まあ、俺には関係ない話だが。
しかし、当然のようにイケメンは諦めが悪かった。
「しかし、三人じゃダメだろ?」
彼らイケメンには俺など数に入っていないらしい(まあ、良いけど)。
「ここに四人居るの、見えない?」
舘野が振り返って声を荒げて言った。
「えっ?……うぷぷ、笑えるーっ!……そこのモブが媛乃木さんたちの班に入るってか?」
「マジ、笑えるじゃん!」
「ジョークのセンス、じょうく(ず)?」
笑えないジョークを言ったイケメン、俺は名前も知らん。
イケメン3バカトリオに構わず、媛乃木が俺に言った。
「『だし巻き卵』、わたしも作ってみたんだけど、味見してくれない?」
箸で摘まんで差しだしている。
「ヒメち、そういう時は『はい、あ~ん』ってスルさあ♡」
舘野が媛乃木の手首を掴んで『だし巻き卵』を俺の口の前に持ってきた。
「はい、あ~……ほ、ホントにしゅる、あたっ!?」
語尾を噛んだ媛乃木、ラブリー(笑)だ。
真っ赤になって差しだした『だし巻き卵』を、ぷる、ぷる、させている媛乃木に俺は助け舟をだした。
というか身体を前に倒して、ぱくっ、としたのだ。
俺の口の中で媛乃木の箸が、がちっ、と音を立てた。
川俣と舘野が、やんや、やんや、と囃す中、媛乃木は益々赤くなっていた。
「ちっ!」
その後ろでイケメンが舌打ちして離れて行った。
俺的には〝ざまあ感〟満載の出来事であった。
そんな中、スマホを弄っていた川俣が
「おい、二月の第二週の水曜日……って、14日だぞっ!」
「マジかにょ?、ウケるにょ~~~っ!」
舘野がすぐに応じ、なにやら考え込んでいた川俣が言った。
「例の計画を1日後ろにもってけば良くないか?」
「『例の計画』って、13日にヒメちの家でやろうって言ってたアレ?」
「な、なに言ってるの…が、学園の授業だよっ!」
媛乃木が慌てて叫んだ。
しかし、川俣は平然と答えた。
「何で?…クリエイティブな活動だろ?……ぴったしじゃん!」
「言えるにょ~、マコちアタマよさげにょ~(笑)」
俺には訳が判らなかったが、一切の説明がないまま一回目の班活動の詳細が決まった……らしい。
「んじゃ、班長は只野な」
「なら、副班長はヒメちで決まりにょ(笑)」
「ま、まあ…い、良いけど…」
「二人のハヂメテの共同作業になるにょ~(笑)」
(おいっ!)
そして、クラス担任に提出する『班活動』の計画案の用紙は川俣が書いておく、との話で……俺は内容も判らないまま当日の時間と集合場所(ヤバい、媛乃木の自宅だ)をLINEで知らされたのだった。
*
媛乃木の家に着いてインターフォンを鳴らすと「は~い」という声がして待つほどもなく扉が開いた。
私服の媛乃木が出迎えてくれた。
真っ白いプリーツ付ハイネックに、淡いピンクのハイウエストのミニスカート(しゃがんだら絶対……見えそう)と、スカート丈との間に絶対領域を残した花柄を散りばめたオーバー二ーソックス。
(ヤバい、媛乃木の私服…マジ、可愛いぃっ♡)
そして、何故か胸当てのある大きめのエプロンをしていた。
「いらっしゃい…こ、ここ、直ぐ判った?」
彼女も緊張気味に訊いてきた。
「こ、こんにち、は……」
勿論、女子の家を訪ねたのは生涯初めての経験で、俺もひどく緊張して声を絞りだした。
「あ、あの、これ……」
俺が持参したケーキの包みを差しだすと、媛乃木は困惑顔だ。
「あ、ありがとう……でも、学園の授業の一環だし、気にしなくて良かったのに……」
「おっ、『ぷるぷる~ん』のケーキか?……只野にしてはナイスなチョイスだっ!」
川俣が横からケーキの包みを掻っ攫って言った。
正直に言うと、川俣がケーキに詳しいのは(包みだけで店名を言い当てるとは)意外だった。
「只野さあ……いま、失礼なコト考えなかったか?」
(なぜ判るっ!? )
俺は必死に顔を左右に、ぶん、ぶん、振った。
「そんなトコで漫才やってないで入るにょ~~?」
背後から舘野の声がした。
見ると川俣も舘野もエプロンをしていた。
―― 何故だ?
そのまま媛乃木の部屋に通された俺の緊張はMAXを記録していた。
「それじゃあ、後でお茶を持ってくるから好きなトコに坐っていて…」
その言葉に俺が部屋を見廻すと、速攻舘野から突っ込みが入った。
「ベッドはダメにょ!」
(そんな畏れ多いコト、できません!)
更に舘野が続けた。
「タダち、そこの白いチェストの一番下が下着だにょ♡ …開けて見るのはイイが、触るの厳禁にょ!…特に〝謎の白い液体〟とか、ぶっかけたら命はないにょ!」
(いや、『謎の白い液体』って!)
「な、なな、なんで、バラすのよぅ!? 」
媛乃木が大慌てで声をあげたが、その背後から身体を寄せた川俣が耳元で何事か、ぼそ、ぼそっ、と囁いた。
「姫さあ、あち、こち、引っ掻き廻されてライディングデスクの一番下の引き出しの奥に隠したアレが見つかると拙くないか?」
俺には川俣の言葉は聞こえなかったが媛乃木がひどく動揺しているのが判った。
そして ――
「わ、判ったわ……た、只野くん…し、し、下着を見るまでは、許可するわ……で、でも、他は触るの絶対に駄目だから、良いっ!? 」
(いや、ソレも無理ですっ!)
「そ、それじゃあ…わたしたち作業を続けるからゆっくりしていて…」
「えっ?……俺は、どこで何をすれば?」
「今日の只野の仕事は『作成したブツ』を受け取る事だ!……それまではのんびりしていろ!」
「は、はいぃ!? 」
俺の疑問をスルーして三人は部屋から出ていってしまった。
それから二時間余り、三人が部屋に戻ってきた。
「思ったより時間が掛かったね」
「朝から始めて正解にょ!」
「姫が粘るのが悪い」
「だってぇ……」
「味見させられる身にもなるにょ!」
何気に舘野と川俣から責められている(っぽい?)媛乃木が振り切るように言った。
「そ、それより……た、只野くん、お待たせしました!」
一歩前にでた媛乃木に合わせて俺が正面に立つと、後ろに隠していた『何か』を彼女が差しだそうとした ――
今日の俺の仕事は「『作成したブツ』を受け取る事」だと川俣が言っていた。
これか?、と思ったが舘野が口を挟んだ。
「ちょい待つにょ!……タダち、ヒメちの裸エプロン…見たいかにょ?…ご希望とあらば、剥いて進ぜるにょ♡」
「な、なな、なに、ひっへるにょ!? 」
最近判ったコトだが、媛乃木は焦ると舌を噛んだり呂律が怪しくなる。
そんな媛乃木に舘野があっけらかんと言った。
「下着も見せちゃたし、『裸エプロン』もアリにょ?」
「た、只野くん…み、みみ、見た、のっ!! 」
媛乃木が、ぎんっ、と睨んできたが『見て良い』って言ったの媛乃木じゃん。
「み、み、見てませんっ!」
しかし、俺は必死に無罪を主張したのだった。
そんな媛乃木の耳元で川俣がまた何か囁いた。
「『本命チョコ』作ったんだから…それくらいのサービスは、ありだろ?」
「ち、違うから…ふ、普通のだから…ギ、ギリ、義理だからっ!」
川俣の声は聞こえなかったが、媛乃木が『義理』を連呼する声は聞こえた。
(そんなコト判ってますよ、媛乃木さん)
どうやら『チョコレート』らしいと判断したが『義理』連呼は俺のハートを削ってゆく。
「そ、それより、只野くん……は、早く…受け取って!…さ、三人から…こ、これは三人からだから!」
俺は緊張気味に、差しだされた包み(綺麗にラッピングされピンクのリボンが掛けられていた)を受け取ったのだった。
それから『班活動』も無事終了した(俺、何もシテないが)のでお茶にしようと相成った。
「わたし、味見し過ぎて少し胸焼けが……」
媛乃木がそう口にしながら俺の差し入れた包みを開いた。
「やあ~ん♪…『カリカリバニラシュークリーム』にょっ♡」
舘野の1オクターブあがった声に川俣が頷いた。
「うむ、只野にしては良いチョイスだ!」
女子は良く〝甘いモノは別腹〟と言うが、筋肉女子の川俣の『別腹』は何処にあるのだろう?
保険医の
そんなこんなで、初めての『班活動』は無事終了……したらしい?
【つづく】
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