巡り巡って己が為
珠洲気流
第1話
私の名前は
前世の記憶を持つこと以外は普通の中学生。
前世の記憶を持つといっても大したものではない。
文化文明は大して変わらないのでそれを元に何かをすることは出来ない。地理地名に大きな違いはないけれど辿って来た歴史が異なるので未来を見通すことも出来ない。細かい記憶は経年劣化で徐々に薄れていっているので今ではあまり想起することがない。
結局幼いころから自我を持っていたというだけ。
自我の形成が早いだけなら前世の記憶持ちではなくてもいるので特別でも何でもない。
そんなどこにでもいる普通の中学生である私は少しばかり普通ではない状況に置かれている。
現在私は押し倒されている。
それも授業中に。それも別のクラスの生徒に。それも美形幼馴染(男)に。
目の前には同校生から王子様と男女から持て囃される整った幼馴染の顔。
まつげの長さがはっきりと分かり、相手の吐息を感じられる距離感。相手の呼吸が少し乱れているのが肌に伝わる。どうやら眼前の人物の体調は宜しくないらしい。
そんな状況でクラスメイトはというと硬直中。騒ぎ立てることも冷やかすこともせずただ驚き固まっている。隣の席の人などは事件現場を見たかのように口を塞ぎながら目を見開いている。
本来止めに来るはずの教師を見るとこちらも停止中。
そもそも美形幼馴染が入ってきた時に止めて欲しかったし、押し倒す前に介入してほしかったし、倒れこんでからでも割り込んで欲しかった。
そんなことを考えながら視線を他所へと向けているとその先に腕が振り下ろされる。
「僕がこんなにも思いを伝えているのに、どうして君はよそ見をしているのかな」
何故、と言われればその行動があまりにも場違いだからなのだけれどそれを言っても仕方がないのだという事は分かるので言わない。
誰かに止めに入ってもらいたかったのだけれど期待薄の様なので諦めて幼馴染と向かい合うとしましょう。
美形幼馴染こと
理由は私が国立魔法学舎に願書を出さなかったこと。
国立魔法学舎。
日本国唯一の国立の魔法系高等教育機関。
この世界の日本国は10人のうち9人が魔力を持ち、魔力持ちの4人のうち3人が魔力を操作できる魔法師大国。国民の大半が魔法師としての素質を持ちその中で国立の機関がひとつとなれば倍率は凄いことになる。
魔法系の高等学校は魔法学舎以外にも道州立などの公立は存在しているので優秀な魔法師になるためには魔法学舎に入学出来なければならない、という事はない。国公立に引けを取らない私立校もある。
それでもやはり国立というブランドは強い。国立という背景を前面に利用した人と物を大量に投入した教育や施設が魅力というのもある。
例年倍率は百倍を下回らないとか。それも試験を受けるためには各中学で規定の試験を合格した者だけが受けられるという足切りがあってのこの数字。
そんな学校に凡骨である私が入学出来るはずもない。
一応私も多くの人と同じく魔力を持ち魔力を操作できるのだが才能はない。幼いころは世界最強に憧れたものだが今では現実を見ることができる。
この世界の魔法は幼いころからの努力によってある程度まで高められるけれどそれには限度がある。加えて幼少期の過度な訓練は心身に影響を及ぼし発達を阻害する。
なので私の身長が未だ160センチもないのは幼いころに努力をし過ぎたせいであり本来は高身長になれる素養はあったはずなのである。だから仕方がないのだ。
それはそれとして。
前世持ちの特権として幼いころからの行動によってそれなりの力を得たことは自覚している。魔法学舎の入試試験資格を得るほどには能力はある。けれどそれは結局それなりの範疇で同世代には腐るほどいる。
そんなわけで受かるはずもない試験を受ける必要はないので願書は出していない。
私の能力の程は美形幼馴染も知っているはずなのだけれど。
「別に私が願書を出さないのは可笑しい話ではないだろう。私の成績は決して良くはないのだからさ」
「そういう事を言っているんじゃない‼ 君はずっと僕の傍にいるんじゃなかったの⁉」
「確かにそういう事を言った覚えはあるよ。そこに嘘はないよ。けれどだからと言って同じ学校である必要はないのではないかな。同じ学校でも常に同じ空間にいるわけではないのだから。だとすれば通う学校が違うのは些事ではないかな」
「そんな……馬鹿な……」
何やら衝撃を受け放心状態の美形幼馴染くん。
確かに私は彼が言うような言葉をかけたことはある。
私は幼少期にそれなりに努力をした。努力をしたこと自体を誇るつもりはないのだけれどやれることはやったと自負している。だからこそ自分にできることを理解しているし限界も見えている。
自分の程度を知った幼少期の私はそれでも足掻こうとした。
情けは人の為ならず、巡り巡って己が為。
他人に情け、慈愛や親切を施せば巡り巡って自分に良い報いがやってくる。
そんな言葉に期待した幼少期の私は色々と頑張った。不器用な子どもに手を差し伸べ、理解を欲しがる子どもに共感し、孤独を感じる子どもに寄り添った。
天塚玲音はそんな幼少期に出会った子ども。
彼は凡骨な私とは異なり非凡だった。だから色々と手を施した。もちろん彼には友愛を抱いている。嫌いな相手に施しができるほど私は自分の感情を制御できない。
一色周は天塚玲音を友と思いその成長に協力を惜しまなかった。
けれど既に天塚玲音は完成された。
14歳と年齢だけを見れば子どもだけれど精神は安定している。これからどのように努力をすればよいかは理解しているし、その方法を調べることも考えることも出来る思考を持っている。
そうなるように成長してきた。
だから彼が魔法学舎に進学すると言ってきた時は後押しをした。入学できるほどの才能を持っているし入学することでその才能を伸ばすことができるのも分かっていたから。
あとは彼の成長する様を見届けるだけ。
そう思っていたのだけれど、案外彼は子どもらしい。
もう14歳だというのに友達離れが出来なのか。
一応暴挙を働いた美形幼馴染が何を考えての行動だったのかは理解した。
理解したけれどどうにもならない事なので現実を受け止めて帰っていただこう。
「受験しないことを言わなかったのは悪いが、聞かれなかったからな。それにさっきも言ったが私の能力は凡骨だ。受験したところで受かるはずもない。ならば受ける意味もないだろう。それに期日も過ぎている。切り替えてくれたまえ」
悲しいかな友がどのように思ってくれたところで私の能力は凡骨。友として恥ずかしくない様に行動してきたため座学は食らいつけるだろうが圧倒的に技量が足りない。国立など受かるはずもない。
それに学校からの願書提出の締め切り期日はとうに過ぎている。
ならば私のような凡骨に拘ることなく切り替えるべきだ。
そう思っていたのだが。
「……なるほど。なるほどね。そう来るのか、そう来るんだね、君は。ならばあれを使えばまだ……。癪だけれど仕方がないね」
何をどうしたのか目がギラギラしだす美形幼馴染。
美形幼馴染の様子も気になるところだがいい加減誰か介入してほしいと思う今日この頃。そう思い授業の担当教諭に視線を向けると視線を逸らされた。
ああ、うん、わかるよ、分かる。
美形幼馴染はこの学校でかなりの実力者。有名とか認知度とかそういう事ではなくこの学校の命運を握っているとまで言える人物。
天塚玲音は既に日本に名を轟かせている傑物。彼の言葉で今後の学校や教師の人生が変わる。天塚玲音があの教師は駄目だといえばその教師の評価は悪として瞬く間に広まり、教師生活は閉ざされる。だから殆どの人が天塚玲音を王子様と持て囃し神聖化する。
もちろん美形幼馴染はそんな横暴を働かない、働かないように育ってきた。の、だけれど。今日これを見ると色々と危険なのかもしれない。横暴に止めに入らず止まってしまうのは分からないでもない。
だけれどだからといって止まってしまうだろうに教師様よ。
そんなことを考えていると本日二度目の床ドン。
そして視界が美形幼馴染の美形だけになる。
「受からないから、受験しないんだね。行きたくないからじゃなくて」
「まあ、ね。私にも好奇心があるから魔法学舎に興味はあるよ。でも……」
「じゃあ、合格できるなら受験するんだよね」
「それは言っても仕方がないのではないかな。誰だって確実という……」
「受けるんだよね」
「ああ、受けることに嫌はないよ。でも……」
「よし。言質はとったからね」
「だから……ああ、全然聞いてないや」
何かを決意した美形幼馴染は押し倒した私を放置して嵐の様に去っていった。
この時の問答が私の人生の転換点になるとは思いもしなかった。
「とりあえず、見て見ぬ振りしてくれた諸君の言い訳は聞いておこうか」
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