第2話ー① 魔法を妄りに使ってはいけません

 私、アンが住むネルケ村は総人口四千人前後の村。

 この村の周囲には人口が一万人以上いる街が点在しており、漁村でもあるこの村で釣り上げられた魚などを周囲の街に売っている。

 この売り上げが村の運営に使われており、潮風の影響で作物が育ちづらい土地であるため、野菜や小麦などは街から買っている。ただ、潮風から壁で守りながら育ててみたり、潮風に強い作物を作ろうと研究をする家もある。ジュールの家は後者にあたる。

 私の家は父が漁師、母は近くの街にある学校の教師をしている。父親はよく家にいるけど、母親は仕事が忙しいという理由から街の方に家を借りて主にそちらで住んでいて中々会えない。

 一週間前のジュールの母親、マジョールさんの急死があった事でものすごく会いたくなって手紙を出してみたけど、返事はまだ来ていない。

 お母さんは私の事をあまり好きじゃないんだろうな…私はお母さんの仕事の邪魔でしかない子供だった…いや今でもそうだ。

 はぁ…村の子供たちの中でも特に幼い子たちをお昼寝させてから、一歳年下の子にお世話を引き継ぎするまでの間に変な事を考えていたら気分が落ち込んできてしまった。

 …結局ジュールはあの日から変わってしまったままだった。

 後日、魔物と三百年前の戦争の事の関係性をユモン様にペンダントから質問してみたけれど、納得できるような返答をしてはくれなかった。

 だから結局わからないままだ。魔物の事を聞いたジュールの真意も、成功の意味も。

 マジョールさんのお葬式は来週行うらしい。昨日ジュールに聞いた。

 その時にユモン様と話していた時に思い切り頭を机に叩きつけた事を謝った。

 あれは自分が悪いから気にするな、と相変わらず偉そうな口調で私の事を許した。

 ううむ…やっぱりジュールの変化には慣れないなぁ…。

 昔みたいな静かなジュールが恋しくなってきた。

 だって会う人会う人に「うむ」って返事してるの見て…もうさ…なんだか私が恥ずかしくなって来たよ…。

 はぁ…今日も様子を見に行こうとは思っているけど、この一週間あの偉そうなのが治る気配がないんだなぁ…。

 ああ、何か色々考えてたらお腹減って来た…。時間はお昼時だし…ジュールがまだ食べてなかったら一緒に食べようかな?

 ジュールの雰囲気が変わってから、一緒にご飯食べた事ないな…思えば…。

 お葬式の準備で忙しいだろうと思ってそういう場には誘ってなかったし…今のジュールが誰かと一緒に食べているのが想像できない…家ではちゃんと食べてるよね…?

 「お~い、アン姉。お世話交代するよ~」

 私と一緒に子供のお世話をしている、年下の女の子ノワイエがおっとりとした声で私のもとへ駆けてきた。

 彼女は普段からゆっくりと生きている子で、いかにも世間を知らない村娘と言ったような子だ。見ていて危なっかしい所が多々あるのだけれども、子供のお世話をする事に関しては、この村で随一の才能を持っている。

 私ではまとめ切れない大騒ぎを彼女は一言で止めるのだ、「静かにしなさい」と。特別な言葉ではない、何なら私が何度も言っていたはずなのに、ノワイエが言うと子供たちは従うのだ。…なんで?

 正直、私は彼女さえよければこの村に子供のお世話をする仕事として村長さんに打診してみようかとも思っている。

 「ありがとー。ちょうどお昼寝した感じだから、よろしくね」

 「わかった~」

 ノワイエにお世話の引き継ぎをしてから私はまずジュールを探しに、彼の家の方に向かっていった。

 はぁ…ユモン様にお願いされてから本当に彼と一緒にいる時間が増えたなぁ。

 別に嫌と言うわけではないけれど他の友達と遊ぶ時間が欲しいなと思う事は時々ある。

 それもこれも彼に私以外の交友関係が乏しいのがいけない。

 もっと友達を作っておいて欲しかった…せめて同性の。

 そんな事を考えながら、しばらく歩いていると、居住区から商業区に入る丸太で出来た門の辺りで何やら不自然な光が明滅しているのが見えた。

 チラリと視線を下の方に移すと魔法陣が展開しているように見える。

 ……え!?村の中で魔法を使ってる!?

 ちょ、ちょっと待って!!村内で使っていいのは教会から与えられたペンダントや生活に必要な魔法だけで、生活魔法だって家の中じゃないと個人は使っちゃいけないんだよ!?

 うぅぅうんと……!ええい!とにかく、急いで止めなくちゃ!

 私は全速力で走り出し、門をくぐってすぐに目に入った、男性の光り輝く右手をガシッと掴んだ。すると、足元に展開された魔法陣は光を失い消滅し、男性の右手に集まっていた魔素も霧散していった。

 よかった…魔法の発動は間一髪、食い止められた。

 「な、何をするアン!?危ないじゃ…って魔法が使えない!?どういう事だ!!」

 魔法を使おうとしていたのはジュールだった。

 うん。何となくわかってた。最近の私の一日の流れは大体ジュールが問題を起こしてそれを私や周囲の人と解消するという感じだ。

 昨日だって、どっかに生えてたキノコを初めて話したという同年代の男子に生で食べさせて昏倒させていた。ホント、いつか捕まるって何回言ったか分からない。

 「お、おい!手を放してくれ!何でか魔法が…いやそもそも体の中の魔力を感じられない!」

 手を掴まれてジタバタと動き振り払おうとするジュール。

 もう…しょうがない子だわ…。

 「右手を放す前にいう事があるんだけどね!村の中では基本的に許可されている魔法以外は使っちゃダメ!!足元に魔法陣を展開するような魔法は使ってはいけないの!」

 「そ、それは承知していたが…俺は前世で…」

 「あんたの前世が軍の魔法師団にいたから何なの!!今のジュールの身体と前世の身体は別物なんだから、当時使っていた魔法がそのまま使えるわけないでしょ!!」

 私がそう言うと、彼はハッとした顔をしてジタバタするのをやめた。

 …ふぅ…これで魔法を使う気は無くしてくれたかな…。

 左手を話して、ジッときつい目をして彼を見つめた。

 「い、今のは何だったんだ?急に魔法が使えなくなったんだが…」

 ジュールの表情に困惑の色が戻ってきた。

 これは前までのジュールにも言ってなかったから、記憶が混濁しても知らないのはしょうがない。

 「私は手で触れた物の魔力の流れを止められるの。だから私が右手で掴んだ事で、貴方の身体の中の魔力の流れを止めて、集まってた魔素が散って行き、魔力の流れが止まった事で魔力で構築している魔法陣も消えるって仕組み?なわけ」

 私の説明が終わった後、ジュールはあんぐりと口を開け心底驚いたという顔をしていた。でしょうね。前世が魔法を扱う仕事していた彼には驚きでしょう。

 そしてこの能力こそ、私が魔法に興味を持てなかった理由なのだ。

 「凄まじい力だな…その力による君の魔力の消費はどれくらいなんだ?」

 ジュールは魔法使いなら納得の質問をしてきた。

 まあ気になるよね。

 「魔力の消費とかはないよ。私のこれは体質だから。太りやすいとか、髪の毛の伸びる速度が速いとか、人より声が低いとか高いとかと同じ。私の両の手の平がそいういう働きをしているっていうだけ」

 この体質は人だけではなく物にも作用してしまう。なので私が魔法で付けたランプに触れたらそこに灯っていた火は消えてしまうし、町を守っている結界なんかも結界そのものや結界を作っている装置に片手でも触れれば消し去れてしまう。

 だから私の中で、魔法と言うのは何とも脆弱なものだと思って育ってきた。母や父にもランプには触れるな、時計には触れるなと様々な場面で注意をされた。

 「凄いな…それはつまり、どんな複雑な仕組みの魔法でも立ち所に解除できてしまうという事だろう?手の平でなければならないという条件はあるが…」

 「これのおかげで、魔法道具とか扱えないんだよ。物に少し触れるだけでも、道具に使っている魔法が解けちゃうんだよ」

 私がそういうと、ジュールは何か考えるように、右手を顎へ持って行き目を閉じた。

 まあ前世の記憶に引っ張られた性格になっているのだから、魔法師団としての好奇心が湧くのだろう。

 …そうだとしても、お昼食べたいな。

 「ねぇ、もしまだお昼食べてないなら一緒に食べない?私お腹空いちゃって…」

 私の提案にジュールはこちらに顔を向けた。

 「そうか、もうそんな時間か!俺も食べてないからアンのおすすめの場所で食べよう」

 流れる様に私に食事処を任された。

 いや別にいいけどさ。ジュールの好き嫌いは知ってるけれど、今のジュールもそうなのかはわからない。

 だから、無難なところへ行こう。この村一番のシェフであるオルタンシアさんの所のお店だ。あそこは安いし量が多くて、お腹にもたまるいい所。

 早速ジュールと共に、商業区の中心にあるオルタンシアさんのレストラン「グリ・ルー」に足を運んだ。

 行くまでの間に、ジュールに手持ちのお金は大丈夫そうかと聞くと、ご飯を食べるくらいならあるとの事だったので、安心した。

 流石にジュールの分を奢るとなると、私のお財布事情が大分厳しくなるので、考えてしまう所だった…。

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