第1話 ヘジュの石<12>

 「……ぐすっぐすんぐすん」

 押し殺したような泣き声に、ナンシーは、はっとして、窓の外に視線を飛ばした。すっかり日の落ちてしまった闇の中、窓のすぐ向こう側で、スペードが、何故かそれだけがぼんやりと浮き上がって、揺れているのが見えた。

 「ヘジュ……」

 ナンシーは、外に出て声をかける。ヘジュは、窓の下でうずくまっていた。

 「僕がいなければ良かったんだ。知っていたら、お母さんのそばになんていなかったのに……。教えてくれればよかったのに……。そうすれば……そうすれば……」

 「でも、お母さんは、あなたのことが大好きだったんだよ。ずっとずっと、そばにいたかったんだよ……」

 「でも、僕のせいだ。僕がいなければ、お父さんだって、死ななかった」

 「あなたのせいじゃない。そんなこと言わないで。それに、お父さんが亡くなったとき、もしあなたがいなかったら、お母さんはきっと生きていられなかったと思うよ……」

 「でも……」

 「お母さんは幸せだった。お父さんだって、そうだ。だって、大好きな人たちと、大好きな森のみんなと、一緒にいられたんだから。大好きな気持ちをごまかさないで、まっすぐに、強く生きたんだから」


  ――大好きな気持ちに嘘つかないで……


 「お母さん……」

 ヘジュは、あの清らかな小さな石をいじりながら、呟いた。石の中には、もうあのもやもやは、なかった。

 「幸せ……だったのかな……」

 「そうよ。本当に大好きな人たちと、一緒にいられるのが、何より一番いいんだ。他の何に換えても、絶対に捨てられない、大好きな気持ちそのままでいられたんだから……。あなただって、どんなに傷ついたって離れられないくらい、愛していたんでしょう?だから戻ってきたんだよね?」

 「うん……」

 「帰ってきて、よかったよね?」

 「うん……」

 「だから、これからもずっと、心のままのヘジュでいて……。私は、本当のあなたが大好きだから……」

 ナンシーは、ヘジュをそっと抱きしめる。

 スペードのしっぽがゆれている、小さな悪魔……。

 ヘジュの温かさが、ナンシーの心と体いっぱいに染みていった。




 ヘジュが、”天使の魔法”を落としてしまったあの日、ナンシーは、全てを知ってしまった。”天使の魔法”によって、秘められていた、この森で起こった真実を。

 それは、優しいヘジュの心を傷つけないために、”天使の魔法”の中に封じ込められた。ヘジュの悪魔の気配と共に。

 けれど、ヘジュが石を落としたとき、それらはあるべき場所に戻り、森は、ヘジュの気配に震え、ヘジュは、取り戻した記憶の中で、父親を殺した悪魔を知ってしまった。


 ヘジュの中で逆巻く激しい嵐のような記憶と痛み。

 それは、あのとき、飛びついてきたヘジュの中からナンシーに流れ込んできた、隠されていた真実だった。



「大好きだよ……」

 ナンシーは、もっと強くヘジュを抱きしめた。

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