月初めの往復書簡集
郷倉四季
【郷倉四季】質問0 まえがきのような質問。
【人物紹介】
・郷倉四季
三〇代前半。小説家になりたいと言っていきたい人。最近、結婚した。住居地は姫路で職場は大阪。執筆を新快速の電車の中でおこなう(半分くらい寝てる日もある)。本は寝る前に読む。映画は電車の待ち時間。倉木さんと出会った時が18歳なので、ずいぶん長い付き合いだなぁとしみじみ思っている。
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質問0 まえがきのような質問。
小説家になりたいと思ったのが、いつだったか覚えていますか?
僕はおそらく十七歳の頃でした。そこから考えると、少なく見積もっても十五年もの間、僕の日常の横には「小説」がありました。
個人的な言い方になりますが、十五年という月日の中で「小説」が分かったと思ったことは一度もありません。
むしろ長いこと眺めすぎたせいか「小説」というものを捉えれなくなっている気がします。もしかすると、僕はこの先の人生の中で、これが「小説」なんだと分かる時は来ないのかも知れません。
死ぬその瞬間まで「小説」とは何だったのだろうと思うわけです。 なんとヘンテコな人生でしょうか。
とはいえ「小説」でも分かるものはあります。
例えば、ジャンル小説です。
本屋さんへ行けばジャンルが棚で分けられているので分かります。
ミステリー、ホラー、SFなど分かりたいジャンルの棚へ行けばいいのです。
ジャンル小説において、見逃せないのが雑誌です。
ミステリーを知りたければ「このミステリーがすごい!」を、SF小説を知りたければ「SFマガジン」を買えば、ジャンル小説の今のトレンドが紹介されています。
その紹介に従って、分かりたいジャンル小説を10冊くらい読めば、ある程度のルールが分かってきます。
ただ、ここで分かるのはジャンル小説(ミステリー、SF)の現在のトレンドにおけるルールだけです。
東浩紀が「訂正する力」の中で以下のように語っています。
人間のコミュニケーションにおいては、ルールがたえず訂正され続けています。 それは狭い意味でのゲーム(スポーツ)の歴史を調べてもわかります。サッカーにせよ野球にせよ、誕生したときは現在のルールとは異なっていました。それが多数のプレイを蓄積していくなかで、観客が喜ぶ、選手が発揮しやすいなどさまざまな理由で「訂正」され、現在のかたちになっているわけです。ゲームが存続するかぎり、必ずルールは変わっていきます。
ジャンル小説もまた、存続するかぎりルールは変更されていきます。この点でスポーツと異なる点は、明確にルールブックの書き換えが行われるわけではないことです。
最前線でジャンルを引っ張る作家の新刊や出版社が刊行する雑誌をチェックしていくことでしか、トレンドの変化を確認することはできません。
とはいえ、じゃあ常に新刊と雑誌をチェックしていればいいのか、と言えばそういう訳ではありません。厄介極まりますね。
ここでも、東浩紀の「訂正する力」を引用させてください。
自然科学の世界では、いちど反証された理論は打ち捨てられてしまいます。だから学生が学ぶときには最新の教科書だけが必要で、過去の著作は不要なわけです。「いろいろな学者が試行錯誤していたけど、いまのところもっともうまく自然を説明できる理論はこれです。これを勉強してください」となる。 ところが人文学ではそうはいきません。学生もまずは過去を学ぶところから入らなければならない。それは人文学が訂正の学問だからです。哲学にも打ち捨てられ忘れられた理論がたくさんあります。でもそれを完全に忘れるわけにはいかない。いつ「じつは……だった」の理論で復活するかわからないからです。ここが、理系と文系ではまったく違うところです。
ジャンル小説は自然科学というよりは、人文学寄りでしょう。
であるならば、過去の著作を不要とするわけにはいかず、過去を学んでいく必要があります。
東浩紀が言う「じつは……だった」の理論は、今のトレンドのジャンル小説自体がまったく新しい理論というより、過去の理論の再解釈によって「じつは……だった」によって描かれていると見ることができる、ということでしょう。
シェイクスピアが言うには物語には36通りに分類できるそうです。どんなに新しく見える物語であっても、過去の類似作品や系譜を辿ることは可能で、それを「じつは……だった」の理論と言われれば、否定することは難しいでしょう。
つまり、あらゆる物語が語り尽くされた今、小説家としてデビューする方法を模索するのであれば、この過去の理論を復活させ「じつは……だった」と見せることなのかも知れません。
倉木さん、僕はさすがにそろそろ小説家としてデビューしたいと思うんです。 けれど、どうすれば良いんでしょうか?
漠然とした質問になってしまいますが、僕は何を書いてデビューすべきなんでしょうか?
言い方を変えれば周囲から見て、僕は何を書けば小説家になれると思われているのでしょうか?
そんな曖昧な問いを真ん中に据えて、今回の往復書簡集を始められればと思います。
さて、冒頭に戻ります。
倉木さん。
小説家になりたいと思ったのがいつだったか覚えていますか?
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