第二章/夜の指先が伸びる 5
部屋から出たロザリロンドは、神天院の宿主専用の部屋で電話をかけていた。相手は首都カルヴァリアにいるシャルルだ。
「一課からはなにか出たか?」
一課とは、神天院福音情報部情報一課を指す。ローザンヌ修道騎士会専任であるため、他の課とは毛色が異なる。
「具体的にはまだ。いまはどこもお祭り騒ぎなようなものです。情報精査には時間がかかるでしょう」
「シャルルに懐いた子がいたろう? パスカルだったか。その子からはなにかなかったか?」
「さすがに昨日の今日ですよ。パスカルでも無理でしょう」
そうか、とロザリロンドは息をつく。
「期待していたが、この状況下では贅沢か」
「と、思ったのですがね。実はいましがた連絡がありました」
「シャルル、ふざけている場合ではないのだが?」
ロザリロンドが声を低くするも、受話器からはシャルルの笑みが返る。
「気分を紛らわせることも大事ですよ、会長」
通常二人一組で動くローザンヌ修道騎士会において、シャルルはロザリロンドの相方だ。彼女は実直すぎる性格ゆえ、気を緩めるということができない。それを彼が補っているのだ。
ローザンヌの先達からたびたび注意されるロザリロンドにとっては、シャルルの言葉は胸に刺さる。
「分かっている。悪かった」
よろしい、と笑うシャルルが続ける。
「まず、パスカルは情報部として現地に浸透しています。居場所は伝えていますから、詳細は彼からの接触を待ってください」
パスカルが所属する一課は、ローザンヌの右腕として政府筋では有名だ。今回の施術災害対策本部の招集リストでは、神天院の福音情報部が名を連ねているが、一課は外されている。
アレラルでは、こうした院をまたいだ大規模な招集が行われる際、対象外となった人物は絶対に参加させない。情報漏洩の見地からもそうだが、指揮系統が乱れるからだ。これに反すれば公務執行妨害となり良くて即時拘束である。
つまり、神天院の長であるフィアラルが、パスカルの身分を偽装させて意図的にねじ込んだと考えていい。
水面下でのローザンヌへの指示を含め、相変わらず見た目に反してやり口が強引だと、ロザリロンドは呆れるしかない。
「了解した。それで?」
「公安が動いています」
「神官護衛騎士会を使っての攪乱もさすがに公安の目は逸らせまい。査問法院を騙せれば十分だ」
ロザリロンドがレセナの家へ訪れる際、ローザンヌの直轄部隊でもある神官護衛騎士会を使って施術事件を起こしたのだ。施術が絡んだ事件であれば査問法院も動かざるをえない。そして、招集リストに載っているともなれば、少数精鋭の査問法院の人員は必然的に足りなくなる。そうすれば、査問法院には死角ができる。
「公安がいくら動こうが、本事件と我々は繋がらない」
いえ、とシャルルが否定する。ロザリロンドの眉があがる。
「察知されたようです。公安は我々が事件解決に乗り出した前提で動いています」
「なぜ気づかれた?」
「理由までは。ですが多少の人数を割いてでも会長を捜索するでしょう。気をつけてください。これは恐らく――」
「間諜がいるな」
「ええ、よもや我々の中にとは思いませんが」
「いれば猊下がお気づきになられる。福音伝達者の”感覚”を逃れる術などない。どちらにせよ我らの失策だ。そちらは厳戒態勢を崩すな。こちらはどうとでもする」
「猊下より、会長への御言葉を賜っております」
シャルルの言葉にロザリロンドは戦慄する。
「気をつけて、と」
しばし黙考したロザリロンドは、下がっていた顔をあげる。
「幸甚(こうじん)の至りです、と」
「ご武運を」
受話器を下したロザリロンドが深く息をはき、瞑目する。
「神よ、我は敬虔にあらず、我らが主の剣であり、あらゆる罪を背負う者なり。なれど……」
先の言葉が出ない。続けば、それが背信になると分かっているからだ。
だが、ロザリロンドにとって、仰ぐべき対象は神ではない。神を仰ぐ福音伝達者こそが主である。
信仰は変わらず、それでも、己が道程の先に見えるものが、自身以外の理不尽であったとき、ロザリロンドにとって身につまされる思いに心が砕ける。それは、国民すべてを愛で包む福音伝達者の心に傷を入れるも同然だからだ。
奥歯を噛んだロザリロンドは、胸元に落ちた髪の房を掴むと、乱暴に払った。
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