第11話 静かな怒り


前侍女長は、この場にロードがいるにも関わらず何か勝算があると踏んだのか声を張り上げる。


「いい!?私は侯爵家の令嬢なのよ!?その私が侍女長を下ろされるだなんて、あってはならないのよ!」

いや……知らないわよ。侍女長に見合う仕事をしなかったあなたが悪いわ。

家格でよい立場に収まれる可能性が上がるのが貴族社会だろうが、だからと言って慢心していたら本末転倒だ。

アイリーナは慢心しまくりやりたい放題、今はアッシュの……公爵夫人の地位を得たけれど、これから私が復讐してやるんだから、穏やかな公爵夫人生活なんて送らせてやらないけど。


「だいたい、私を差し置いて、たかだか伯爵家の女が新たな侍女長ですって!?どういうことよ!」

「そうよ!」

「私たちの方が格上の伯爵家なのに!」

そうか……彼女たちは伯爵家の出身のジェーンよりも高位の貴族令嬢や、格上だと称する伯爵家の出身……。

ロイドがどれだけ優秀で、優秀な人材を見繕っても、高位貴族である彼女たちが自分たちよりも家格が下の人材の下に仕えることを許さない。下手したら実家の権力を使っても。そうなればいかに絶対的なロードと言えど、高位貴族と対立してしまう。

それならロードに忠誠を誓うロイドは安易に彼女たちを切り捨てるわけにはいかない。

もしもロイドは元々ジェーンにしかるべき立場を任せたいと思っていたのなら……彼女たちの存在は邪魔な上に城の業務もメンツも著しく低下させる……。

……私もロイドの計略の一部にされたと言うことか。はからずしもそのチャンスは私の登場のお陰で来てしまったわけである。

まぁ私としても彼女たちが侍女だなんて冗談じゃないから、利用してくれて構わない案件だったわね。


「でも……やっと分かったわ!」

前侍女長がきっとねめつけ、指を差したのは……グレイ……?


「またお前がロードを唆して裏で糸を引いていたのよ!」

いや……まぁ私のことをロシェの妃にしたけど。ロシェも反対せずに受け入れたけど……?

裏で糸を引いていたとしてもあながち間違いではないのだろうけど。


「お父さまもかねがね言っていたの!どうか目をお醒ましください!ロード!」

彼女たちがロシェの前でも強気だったのは、それをやるためだったか。


「そんな混ぜ物に騙されないでくださいませ!」

混ぜ物……?まさかグレイもヴァンパイアってこと……?それにヴァンパイアハンターならば、元々純血なはずはない。人間との混血のはずである。


「我々はいつでもその混ぜ物を始末する準備は整えております!」

ちょ……っ、いきなり何を言い出すのよ!?グレイは……命の恩人だし、少なくともロシェにとっても大切な存在のように思えるのだけど。

そんなグレイを始末だなんて……っ。


「ロイド、これ、大丈夫かしら」

ジェーンが心配そうに漏らす。

「さぁ」

ジェーンの言葉にしらけるように首を傾げるロイド。やっぱりロイドって……腹黒よね……?確実に。


そしてロイドのしらけっぷりとは対照的に、ふわりと横を抜けていった影を追いかければ、その先で前侍女長たちがぶるぶると震えながら硬直していた。


ロシェ……かなり怒っていないかしら……?


「いい度胸だ」

まるで地の底から這い出るような声が、ロシェから放たれる。そしてロシェの手は迷わず前侍女長の首をがしりと掴む。

そして締め上げるように持ち上げる。


「昨日私はお前たちに出ていくようにと言ったな……?にもかかわらず未だに城に蔓延り……グレイを始末するだと……?グレイに手を出すなら……殺すぞ」

「ひ……ぐ……っ、あぁ……っ」

や、ヤバいヤバい!あれ、本当に殺す気じゃない!?


「ちょっと、それくらいにしなさいよ!縁起でもない!」

ツカツカとロシェの元へと走り、前侍女長を締め上げる腕を掴む。


「私もコイツらには怨みつらみはあるけれど、それで即殺すとか、そんなのロードの沽券に関わるでしょ!」

ロシェの静かに怒るような視線が私に突き刺さる。うぐ……っ、やっぱりヴァンパイアロード……迫力満点よね。


「シャーロットの言うことも尤もだ、ロシェ。放してやれ」

そして呆れたような声が響けば、ロシェが不満そうな表情を見せる。やっぱりグレイの前では……やけに素直よね……?表情も豊かになるというか。


そしてロシェはグレイの言葉で、前侍女長の首を放す。すると前侍女長は力なく崩れ落ち、けほけほと咳き込む。


「まぁ、俺に敵対するのは勝手だが、こちとらプロだ。死なせないよう永遠の苦痛を与えつつ、拷問してやる。それでいいのならかかってこい」

いや、グレイも言っていることがえぐい……!ヴァンパイアと戦ってきた歴戦を思わせるハンターだからこその知りたくなかった技能……!……むしろロシェの方が優しいような気がしてきたわ。


「止めてしまうだなんてもったいない」

にっこりと笑顔で告げたのはロイドである。やっぱり腹黒よね?


「ですが……あなた方はこの城に入る資格もないのですから、侵入者として牢にぶちこみます。一般用の牢に移送しなさい」

ロイドが手を叩けば、警備たちがやってきて、容赦なく前侍女長たちを拘束する。


「ちょ……っ、一般用ってどういうことよ!」

元侍女たちが叫ぶ。そうか、貴族なら貴人用の牢と言うものがどの城にもあるわよね。

けれどそれすらない。ロードの怒りを買ったのだから当然よね。それで貴人用の牢に入れてもらえるならたいしたものよ。むしろ命があるだけましと思って欲しい。


「各当主を呼び出しておくように」

そしてロードがさらりと告げると、ロイドがしれっと頷く。


「すぐに呼び出しましょう」

邪魔な前侍女長たちをさらにぎゃふんと言わせられることに、ロイドが妙に楽しそうである。やっぱりこの男……敵には回したくないわ……。


「ではシャーロットさまは、書庫へ」

「でも、ジェーン」

私も関わったのに、いいのかしら?


「血なまぐさくなりますよ」

さすがはヴァンパイア。血への耐性はひといちばいあるのか、平然と告げてくる。ジェーンが飛びっきりの美人であることだけが救いである。


「まぁ、俺も用は済んだから」

そう言うとグレイはまたサッと身を翻してしまう。

ほんとグレイって自由と言うか、神出鬼没と言うか。

本当に何者なのかしら。確実にただのヴァンパイアハンターではないことは確かであろう。

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