第26話 9月17日火曜日① 【 ? 】
ディアファンが巡回員の当番だった日、事件が起こってしまいました。
その事件のせいで、交換日記はまたまた中断という事態になっていますので、ことの顛末はまたまた私が代わりにお話ししますね。
それは些細なことから始まったのです。
「先生! 私のノートがなくなりました」
4年生の教室に担任教師が入ってきたとき、ある女子児童が手を上げてそう言いました。
この教室は「透明な子」が通っているので、巡回員であるディアファンや、その子の保護者もいます。
そしてその子は続けました。
「みんなに聞いて回りましたが、誰も知らないと言いました。聞いていないのはアレンシオン君だけです」
先生は驚いた顔でその子とアレンシオン君という名前の透明な子が座っているであろう席を交互にみています。
「先生からアレンシオン君に聞いてください」
透明な大人たちは何も言わず事の成り行きを見守っていましたが、ディアファンの横に立っているランプシィーが舌打ちをしました。
そのすぐ前に座っている子の肩がビクッと揺れます。
「自分で聞けばいいじゃないか」
先生がその女子児童に言いましたが、その子も負けてはいません。
「だって疑ったって思われたら後で復讐されるかもしれないじゃないですか」
先生は困った顔で教室の後ろに視線を投げました。
きっとディアファンたちに助けを求めているのでしょう。
すると教壇の前で男の子の声がしました。
「僕は知りません。それに疑ったら復讐されるなんて思われていることは心外です。謝ってください」
教室中がざわつきました。
何も見えないところから凛とした声が聞こえたからでしょう。
透明な子の声を初めて聞いたのかもしれません。
「だって無くなったんだもん! あんたは見えないから盗むのは簡単でしょ? 返してよ!」
「僕は盗んでいないし、それを証明することもできる。これ以上僕らを侮辱するのは許さない」
「じゃあ証明してみせてよ。それができるなら謝るわ」
今どきの子はなかなか強気です。
「いいよ。必ず謝れよ。まあ許すかどうかは別だけど。先生、すみませんがちょっとそのチョークケースを貸していただけますか?」
そう言われた教師はおずおずとした手つきでプラスチックのチョークケースを教壇の角に置きました。
なんだか先生が一番おどおどしているように見えますね。
「ありがとうございます。さあ見ていてください」
アランシオン君がチョークケースを持ち上げました。
体は見えないけれど、チョークケースが消えるわけではありませんから、何の支えもなくふわふわと浮いているようにしか見えません。
「ね? 僕が持っても物体は消えないんだ。だから君のノートを僕が持っているなら、みんなから見えているはずだ」
子供たちが自分の席を立って近くに寄ってきています。
当たり前のリアクションですよね。
「僕らは特殊な素材でできた服を着ているんだ。だから例えその服の下にいれたとしても……ね? 見えるでしょう? 鞄は持っていないし、隠しようがないんだ。わかったかな?」
女子児童はものすごく悔しそうな顔で床を睨みつけています。
謝るなら1秒でも早い方が良いのですが、できるでしょうか。
「他に方法があるんじゃない? 私たちにはわからない方法が。だってあんた達働いていないんでしょう? だったらお金に困っているはずよ。だから盗んだのよ」
暫しの沈黙のあと、アランシオン君が静かに言いました。
「証明すれば謝ると言ったから証明してみせたのに、この期に及んでまだそんなくだらない意地を張るんだね。実にくだらない! 先生、何とか言ってくださいよ!」
「あ……ああ、そうだな。友達を疑うのは良くない行動だと先生も思う。アランシオン君は隠すことができないという証明をしてみせたんだ。アランシオン君ではないとわかっただろう? 疑って悪かったと謝るべきだと思う」
数人の子供たちの喉がゴクッと鳴りました。
「だって……」
さっきまでの勢いはどこへやら? 女子児童がグスグスと泣き始めます。
観ているこっちがイライラするほどです。
「だって……だって……」
子供が吐いたとは思えないほど盛大なため息が教室に響き渡りました。
「先生、仕切っていただけませんか?」
「あ……ああ……うん、何か誤解があったようだ。間違いだとわかっただろう? 早く謝りなさい」
女子児童は大きな声で泣き始めました。
「うわぁぁぁぁん……違うもん! 間違ってないもん!」
教室を駆け出してしまいます。
しかし誰も後を追いません。
ディアファンが小さな声でランプシィーに囁き、教室を出ました。
「もういいです。実にくだらない時間だ。先生、頭が痛いので早退します」
そう言うとアランシオン君は教室の後ろに歩いてきました。
不透明な人間たちにはその気配さえもわかりませんが、遠巻きにしていた子供の肩にアランシオン君の体が少しぶつかったようです。
「あ……ごめんね。ケガはない?」
声を掛けられた子が慌てて頷いています。
「悪かったね。わざとじゃないんだ」
そう言い残すと教室の後ろのドアが勢いよく開く音がしました。
その音に弾かれた様に顔を上げた教師が呼び止めます。
「待ちなさい、アランシオン君」
透明な大人たちにはアランシオン君がその場で立ち止まったのも、教師に顔を向けたのも見えますが、不透明人間の教師には何も見えていません。
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