第2話 6月18日火曜日【ディアファン】

 ほんと良く降るよね。

 気象庁さん、梅雨入り宣言をまだしていないけど、もうそろそろいいんじゃない? 

 この季節ってさ、本当に憂鬱なんだよね、ボクらにとってはかなり切実なんだ。


 そう、ボクは雨が苦手です。

 だって、傘差してないと濡れるからね。

 なに当たり前なこと言ってるんだって思ったでしょ?

 でもキミが思ってる当たり前とはちょっとだけ違うんです。

 どう違うかって、なんて言えばいいか難しいんだけど……


 ほら、雨が降ると濡れるじゃない?

 ボクたちの皮膚って液体と親和性が高くて、ふやけてくるんだよね。

 例えるなら、夏の終わりの海岸に打ちあげられてるクラゲみたいな感じかな。

 とにかくブヨブヨになってくるんだよね。

 そうなるとうっすらと……ホントにうっすら見えてくるんだよ。

 

 水って透明だと思ってるでしょ? 

 実は透明じゃなくて薄い水色なんだよね。

 不思議に思った?


 だって水が透明だったら海の底だって上から見えるはずだよね。

 でも見えないし、色が無いはずなのに海って青いじゃない?

 どんなにきれいな海でも、せいぜい10mくらいしか見えないよね。

 それって太陽光の話になるんだけれど、それと同じようなもので、ボクらの体も水でふやけるとうっすら水色になるんだよ。

 っていっても、ほとんど見えないけどね。


 だから梅雨は本当に苦手なんだ。

 ブヨブヨになった姿って自分でも見られたくないし、第一気味悪がられるしね。

 だからといって傘なんかさしたら大変だよ。

 傘が浮いているなんて、どう考えてもオカルトでしょ?

 気持ち悪いなんて言われてさぁ……あれって結構傷つくんだよね。

 

 例の「透明人間保護法」とやらが制定されてから1年近くたつけど、やっぱりまだまだボクたちの存在には、半信半疑の人の方が多いのは事実。

 ボクらは当然だけれどマイノリティーなわけで、普通の人たち(この言い方って好きじゃないけれど)から見たら不気味な存在でしょ?


 世界中にボクたちの仲間は約12,000人いるんだよ。

 日本だけでも約230人の透明人間がいるんだ。

 日本は世界的にも多い方なんだけれど、その理由は追々話すね。


 キミたちの中にもアルビノの人っているでしょ? 彼らはメラニン色素が少ない状態で生まれてきたんだけれど、どこかの科学者が研究した結果、ボクらは『透過メラニン』という物質が入った細胞で構成されてるらしい。

 アルビノ同士の子供はアルビノになる可能性が非常に高いらしいけど、ボクたち透明同士の子供は100%透明なんだ。


 透明なこと以外は普通の人間と同じかって言うと少し違うけれど、ボクらだって感情があって怒ったり笑ったり泣いたりするんだ。

 だからキミがボクに「そこに居らっしゃるんでしょ?」って話しかけてくれたときは、本当にびっくりしたけれど、とても嬉しかったんだ。


 ボクのこと、気味悪くないのかなって思ったけど、勇気を出して返事したんだよね。

 仲間以外の人の前で声を出したのは、生まれて初めてだったんだよ。

 

 キミはびっくりもせず、「わぁ、やっぱり!」って言ったよね。

 なぜボクがいるってわかったのかって聞いたら、なんとなくって答えてくれた。


 実はボクもなんとなくキミが気付いてくれるんじゃないかって思っていたんだ。

 キミのあの答えを聞いた時、ベンチに座っていてよかったと心から思ったよ。

 本当なら昨日みたいな薄曇りの日は出歩かないようにしてるんだけれど、昨日に限っては大正解だったってことだね。


 交換日記に同意してくれてありがとう。

 やっぱり、お互い違う環境で生きてきたから、こういう形で交流することから始めるのがいいかなって思うんだ。

 意外に目と目を合わせて話すより(って言ってもキミには見えないんだけど)字に書いて伝え合った方が伝わりやすいってこともあるでしょう?


 交換日記っていうレトロ感も素敵だと思わない?

 あの公園の百葉箱ってもう使われてなさそうだし、日記の置き場所には最高だと思うんだ。

 日陰の隅っこにあるから、見えないボクが開け閉めしても誰も気が付かないだろうし。


 毎日じゃなくてもいいから気が向いた時に置いて下さい。


 ボクは本当に楽しみだし、君と話せることが嬉しくて仕方がないのです。

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