私の嫌いな六月

NyanX

私の嫌いな六月

威圧してくる暑さに、湿った空気が嫌い。

絶え間なく振り続ける雨が嫌い。

私は、六月の全てが嫌いだ。

「今日も雨ね。もう二十日は降り続けているわ。」

この地域では、六月は雨が降り止まない。

「不思議よね。七月や八月は、晴天続きに嫌気が差して、雨を望んでしまう。嫌いな六月が恋しくなってしまう。私は、天候に何を望んでいるのかしら。」

天候には、人の感情を動かす不思議な力がある。

窓から雨を眺めていると、猫がこちらへ歩いてきた。

「にゃー。」

「雨は猫の気分すらも動かしてしまうのね。」

窓を開けて猫を部屋に入れた。

「待ってなさい。タオルを持ってきてあげる。」

「にゃー。」

猫も六月の被害者である。

「ほら、持ってきたわよ。」

タオルで包み込むと猫は気持ち良さそうな顔で、私を見上げた。

「あなたも六月が嫌いかしら。」

「にゃー。」

猫にも嫌われる六月。

「本当は、六月のことを好きになりたいの。」

嫌いが好きに変わる事は、とても難しい。

天候は、人の感情を動かすけど六月の事を好きにはさせてくれない。

私に嫌われようとしてる。

「六月と私は、相容れない関係だけど、こういうのってどちらかが歩み寄らないといけないの。だから私が六月を知る。素敵な所を知る。」

私と六月のような関係になっても、殆どの人は六月から歩み寄ってくれるのを待つ。

自分から行動するのが怖いから。

それは素直じゃないし、素敵じゃない。

振り続ける雨のような性格。

「私は、そんなの嫌よ。晴々しくて、曇りの無い女になるもの。ねえ、あなたもそう思うでしょ。」

「にゃー。」

「そうよね。そしたら行くわよ。六月を知りに。」

「にゃー。」

「何を嫌そうな顔をしてるのよ。雨だから。暑いから。六月だから。そんな言い訳は今日で終わりよ。」

猫を抱いて、部屋を飛び出した。

黒い大きな傘を差して、私の足元を猫が歩く。

「一歩駆け出したのは良いけど、六月の素敵は何処に落ちてるかしら。」

「にゃー。」

「あなた、何か知っているの。」

「にゃー。」

猫は、私の少し前を歩き始めた。

「分かったわ。あなたに着いていく。」

住宅街と私と雨と傘と六月と猫。

まるで用意された物語。

「にゃー。」

「ここかしら。」

古い駄菓子屋の前に着いた。

「おや。これは、猫の常連さんじゃないか。今日は珍しいお客さんを連れてるね。」

「にゃー。」

「こんにちは、おばあちゃん。この子がこの店まで連れて来てくれたの。」

「あら。そうなの。ほら。中に入りな。」

駄菓子屋の店主のおばあちゃんが迎え入れてくれた。

沢山の駄菓子と玩具に囲われた空間。

わくわくやどきどきといった感情が湧き出してくる。

猫は、瓶コーラやラムネが入った冷蔵庫の上に座っている。

「ほら、お嬢ちゃんもその椅子に座りな。」

レジの近くに置かれた椅子に座る。

「お嬢ちゃんは、ラムネかコーラ。どっちが好きなのさ。」

「私は、ラムネの方が好きよ。」

おばあちゃんは、冷蔵庫からラムネを取り出してくれた。

「ありがとう。おばあちゃん。」

ラムネは、不思議な飲み物だ。

雨や湿気を吹き飛ばす爽快さに惹かれる。

嫌な暑さや夏が美化される。

天候と同じ、感情を動かす飲み物だ。

「ねえ、おばあちゃんは六月は嫌いかしら。」

「六月は好きだよ。でも若い頃は、嫌いだったね。雨が嫌いだった。あるときから考え方が変わったのさ。雨の不思議な力を知ったのだよ。」

「天候には感情を動かす不思議な力がある。雨の不思議な力とは何かしら。」

「雨は、きっかけや出会いを与えてくれる。今日、お嬢ちゃんと出会ったのだってそうさ。この猫の常連さんと出会ったのも雨の日だった。」

「私も猫と出会ったのは、よく考えてみると雨の不思議な力だわ。六月をもっと知りたい。雨を知りたい。そう思った私は、外に出ておばあちゃんと出会った。雨の素敵な所が分かってきた。」

地面に叩きつける雨音に、草木に滴る雨水。

きっかけや出会いを作る雨雲。

気付けば、雨が美しく見えてきた。

「ねえ、この雨は降り止むと思うかしら。六月が終わっても振り続ける気がするの。」

「降り止むさ。晴天へのきっかけを作るのだって雨。雨が降るから光を求める。ただ、光が当たらない暗い安息が続くのならおばあちゃんはそれを受け入れるよ。それもきっと素敵な世界だ。」

六月を生きながら、六月が恋しくなった。

晴天を望んでいた私は、いつの間にか雨が明けない事を望んでいた。

「おばあちゃんのお陰で、六月と雨が好きになったわ。ありがとう。」

おばあちゃんは、笑ってくれた。

「にゃー。」

猫が冷蔵庫から降りて、雨が降り続ける外へ歩き始めた。

「あら、猫がそろそろ行くみたいね。私も彼女に着いて行く事にするわ。」

「そうかい。いつでも会いに来てね。」

「雨がまた私達を引き合わせてくれるわ。また会いましょう。美しい雨の日に。」

傘を置いて猫の後ろを追いかけた。

私と猫は、雨に打たれながら六月を歩く。

「次は、何処に連れて行ってくれるのかしら。」

「にゃー。」

「そうね。着いてからのお楽しみよね。」

心地良い暑さに、上品な湿った香り。

美しくも強く振り続ける雨。

私は、六月の全てが好きだ。

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