Day.26深夜2時じゃなくても美味しいだろうか
「こないだ、トッキーが言いかけてたことなんだけどさ」
俺は慎重に言葉を選びながら、正面に座る幼馴染を見つめた。
「ん?」
幼馴染……武田正時は蕎麦を啜りながら目だけをこちらに向けた。
「うちに梅酒持ってきてくれたとき」
そう言った途端に、眠そうな顔は嫌そうな顔に変わった。
言い淀みそうになるけど、めげないように手を握る。
「あれってなんの話?」
「……コウ、後ででいい? 飯食いながら話したくない」
「うん。その、初と関係あんのかなって」
「ない。完全になくはないけど、大筋として初には関係ない」
なんだか難しい言い方をして煙に巻かれた気がする。
大筋として関係ない。
ってことはちょっとは関係あんのか。
けどトッキーはもう蕎麦に集中してて話をしてくれそうにはなかった。
「そーいや、一ノ瀬って最上と別れたん?」
何日か前にそう聞いてきたのはサークルの先輩だった。そう見えてしまうのかと、内心めちゃくちゃ落ち込んだけど、そを言えるほど仲の良い先輩でもないのでサラッと答えておく。
「まだ別れてないっす!」
「そうなん? こないだ最上と武田と最上の友達カップルで飯食ってたっから一ノ瀬捨てられたんかなって」
「え」
「最上が武田に乗り換えたのかと思ってたけど違うのかー」
なんだ、それ。
友達カップルって多分、初の友達のオトちゃんとその彼氏だ。
どっちも初と同じ高校だったって聞いてる。
その二人と? 初とトッキーが四人でって。
それダブルデートじゃん。俺、めちゃくちゃ乗り換えられてるし、トッキーそんなこと全然言ってなくて、俺の愚痴にいっつも付き合ってくれて、初ともちゃんと話せって言ってくれて、でも初はトッキーとばっか一緒にいて……。
あ、やば、泣く。
先輩には適当に言ってその場を離れた。
とりあえずトイレに駆け込んで垂れてきた鼻水をかむ。
「嘘だろ」
初とトッキーがくっつくとか。
そういえばこの間トッキーが家に来たとき、なんか言おうとしてた。
結局言わないで帰っちゃったけど。
あれが、そうだったのかな。
なんかそんな気がしてきた。
そう思い出すともうそれが事実みたいな気がしてきて、そうとしか思えなくて。
なんか頭も痛いし訳わかんなくなって、その日はそのまま帰った。
サークルの代表の先輩に休むと連絡すると、ゆるい調子で了解と返ってくる。
初から心配してるみたいな連絡が来たけど返事はできなかった。
家に帰ってすぐベッドに倒れ込みたかったけど、それやると母親がマジギレするのでシャワーだけ浴びる。
ちょっと、だいぶ気持ちよかった。
そんでやっとベッドに飛び込んだら、あっという間に寝ちゃって、気づいたら夜中の二時である。
「ありゃー、寝過ぎた」
起きて台所に行って水を飲む。
冷蔵庫には孝二の夜ごはんとメモがくっついた皿が入っていた。
「これ、トッキーの家でもらったやつ」
皿はご飯と味噌汁とサラダと天ぷらだった。
天ぷらはゴーヤと鶏でゴーヤはトッキーのおばちゃんがたくさん採れたからと分けてくれたやつだ。
レンチンして食ったらめちゃくちゃ美味かった。
でももし初とトッキーが付き合ってたら、そのうち初がゴーヤ持ってきてくれるようになんのかな。
めちゃくちゃ嫌だな。
そうなったら家出よう。
我ながら気が早すぎるしバカバカしい想像をして、また泣きそうになった。
でもゴーヤも鶏もすんげえ美味かった。
ということのあった翌日。
俺はどうにかトッキーに話を聞こうと昼に捕まえたけど、嫌そうな顔をして話してくれないのである。
しかも大筋で初に関係ないって言ってる。
つまり初とは関係なしに何か話があった?
そう考えると俺が一人で暴走していたみたいでお恥ずかしい限りだ。
「コウ」
「んあ?」
考え込んでいたとこにいきなり呼ばれて変な声出た。
「今日の夜空いてる? ちょっと行ってみたい店あるから付き合ってよ」
「え、うん。いやちょっと」
「なんか用事あった?」
「ないけど。えと、気まずくないの」
「何が?」
トッキーはよくわからんというふうに目を細くする。
「その、初と付き合ってんじゃ」
「はあ? 初と付き合ってるのはお前だろ。別れ話、週末だろ?」
「……そっか。そうだったわ。そうだよな」
それもそうだったわ。
初は俺のこと避けてるけど、だからってきちんと別れもせず他の男に行くような女ではない。
トッキーは幼馴染の彼女を何も言わずに横取りするような男じゃない。
バカだな、俺は。
そんなことも忘れてたなんて。
「じゃあ今日最後の授業終わったら校門ね」
「うん。また後で」
トッキーはトレーを持って去っていった。
その後ろ姿を見て、深夜2時のゴーヤを思い出す。
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