Day.19一生、と考えるのはロマンチックだろうか

 なぜこのようなことに???

 その質問に答えてくれる人は残念ながらここにはいないのであった。


「かんぱ〜い」


 あたしの正面では妖精ことオトこと園生陶子がご機嫌でビールを飲んでいた。

 その横ではオトの彼氏? 三沢伊織くんがサラダを取り分けていて、三沢くんの向かい、あたしの横ではトッキーが焼き鳥を齧っている。

 そもそもはあたしとオトが帰ろうとしたら三沢くんとトッキーが喋っていたので一緒になって駅近くの居酒屋になだれてきた。

 だからこれはダブルデートとかそういうのではないし、メンバーは完全に偶然である。


「てゆーかね? 初ちゃんはかれぴじゃなくて良かったの? 怒られない? 乗り換えることにした?」


「質問が多い! それにお酒飲んでそういう雰囲気になったらあたし吐いちゃう」


 顔は妖精or天使なのに発言は悪魔なのがオトである。

 ふんわりと巻いた明るい茶色の髪。ぱっちりした目にキラキラのお化粧。

 服だってお嬢さん風のワンピースとストッキングに華奢なサンダル。

 なのに言うことはこれだ。

 三沢くんは完全に無視してオトにサラダと唐揚げを渡しているし、オトはそれを見ることもなく受け取って食べている。

 オトのサラダはトマトばかりで、三沢くんのサラダはレタスばかりで、なんだか熟年夫婦みたいだ。


「初ちゃんのえっちなことへの拒否ってなに? Aセク?」


「たぶん、それ」


「ふうん、大変だね」


 恐ろしくどうでも良さそうにオトは言った。

 まあ本当にどうでもいいんだろう。

 たぶん、皿の上のトマトがなくなったことの方がオトには問題みたいだ。


「コウもそれくらいどうでも良さそうにしてくれたらいいんだけど」


「「無理っしょ」」


「ハモんないでよう」


 三沢くんとトッキーがおんなじように顔をしかめてこっちを見た。

 そんなに無理なことなんだろうか。


「健全な青年の性欲舐めすぎ」


「しかも初彼女」


「顔も知らないコウとやらが可哀想」


「そんなに無理なら別れたらいいのに」


 二人して言いたい放題である。


「えー、でも伊織は性欲少ないよね」


「オトが多すぎるだけで俺は普通だ」


「そなの? そんなに淡白で解脱しない?」


「解脱のハードルが低すぎる」


 オトも大概だなって思うけど、オトも三沢くんもすんごいサラッと言うから特別ではない、なんてことないように聞こえてくる。

 でも横にいるトッキーは引いた顔してるし、一人になって考えると無理だなってなっちゃう。


「トッキーはしたい? そゆこと」


「したくなくはなくもない」


「なんて?」


「初ちゃん、お年頃の男の子にそう言うこと聞くのセクハラだよ」


「存在そのものがセクハラなお前が言う???」


 三沢くんとオトはまたやいやいと言いあいを始めてしまったので、無視してトッキーの顔を覗き込んだ。


「わっかんないんだよな。したくないわけじゃない。けど、どうしていいかわからない」


「そなの?」


「やり方教えようか?」


「陶子!」


酔っ払ってゲラゲラ笑うオトのビールを三沢くんが取り上げて一気に飲み干した。


「セクハラ禁止。次やったら一週間飯抜き」


「や、やだよう」


 三沢くんはオトの彼氏だと思ってたんだけど、実はママだった???

 というかオトは三食三沢くんに用意させてたの????

 聞きたいことは山ほどあるけど、怒られてしょげるオトにフライドポテトを渡してから、三度目の正直ってことでトッキーの顔を覗き込んだ。


「わかんないって?」


「んー。したいとは思うけど、それより好きな人の好きな人になりたいよ、オレは」


「「ロマンチック〜」」


 オトとハモってしまった。

 いやだって、めちゃくちゃロマンチックじゃない?

 少女漫画もかくやのロマンチックというか、夢見すぎというか。


「今気づいたけど、あたし、好きな人とかいたことないわ」


「嘘でしょ」


「オトは三沢くん以外にいる?」


「いるわけないでしょ。死ぬまで伊織一筋の予定だけど」


「オトも十分ロマンチックだと思う」


「つーかこいつら、相思相愛でクソ重いんだな。知りたくなかった」


 話題が自分から離れたからか、トッキーはヘラっと笑って焼き鳥に手を伸ばした。

 三沢くんが飲み物を追加で頼んでいたのであたしも頼む。


「オトは?」


「だいじょぶ。伊織が頼んでるから」


「オト、一人暮らしだよね?」


「一人暮らしだよ」


「なんで三沢くんが答えるの」


「一人暮らしだけど隣の部屋に俺が住んでて家事全般俺がやってる。聞きたいのはそう言うことだろ?」


「なんなのこの人たち」


 たぶんあたしとトッキーは同じ顔をしていただろう。

 彼氏彼女ってこんなに重たいものだったかな????

 だとしたら、あたしには無理だ。


「すみませーん、そろそろラストオーダーのお時間でーす」


 ドン引きしていたら店員さんが顔を出した。

 先程頼んだ飲み物を受け取って〆のアイスを頼む。

 オトは水をちまちま飲んでいて、たぶんセクハラしたからお酒はおしまいということなんだろう。

 アイスはすぐに出てきたのでさっさと食べて店を出る。


 明るい居酒屋を出ると夏の夜は蒸し暑くて、でも潮の匂いのする風はちょっと涼しい。

 たぶん、あたしは誰かにサラダのトマトを選り分けてもらえるような付き合いはできないだろう。

 

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