第27話 おじ戦士、暗殺依頼を受ける
この日は朝から慌ただしかった。
俺に対して再び、騎士団から出頭要請があったのだ。
俺が泊まっている宿に朝早くから騎士たちがやってきたが、この前の新人のように横柄な態度を取ることもなかったため、穏便に詰所まで同行することになった。
今日通された部屋は、この前のような通常の聴取を受けるための個室ではない。詰所の一番奥にある、特に防音が効いた密室だ。そのため、今回は秘密裏に話したいことがあるのだと、すぐに分かった。
「よく来てくれた、ラルフ」
部屋へ通されたとき、周辺警備の騎士隊長アルベルトは、すでに部屋の中で待機していた。
彼の顔は、この前会った時よりもだいぶやつれているように見えた。あれからほとんど休む間もなく働き続けていたのだろう。
俺を出迎えるアルベルトと軽く挨拶をし、握手を交わす。そして促されるままにテーブルを挟んで座り、互いに向かい合った。
「朝早くから呼び出して、すまなかったな」
「呼び出された理由は、大体想像がつく。この間の話の続きだろう?」
「ああ、例の吸血鬼の正体が分かった」
アルベルトは大きく頷き、さらに声を押さえながら吸血鬼の正体を俺に告げた。
「バーンライト子爵だ。正確には、子爵の父親が吸血鬼となった」
「……すまん、名前を聞いても誰だか分からんな。俺は国政には疎いんだ」
せっかく満を持して教えてもらったのだが、誰だか分からない。
俺の反応に、アルベルトは毒気を抜かれたような顔になったが、苦笑しながらも丁寧に教えてくれた。
「南方面でも、特に王都に近い位置に領地を持つ貴族だ。彼は息子に家督を譲って引退したのだが、実のところ喉に難病を患っていたらしい。あの手この手で延命の方法を探しているうちに、生贄を用いる邪法にも手を染めはじめたそうだ」
「南方面の行方不明者たちは、その男が吸血鬼となるための生贄に使われたということか」
「そう考えて間違いないだろう。密偵からの報告によると、子爵の館に見知らぬ人間が連れ込まれ、その後行方が分からなくなった者は何人もいるとのことだ」
あれからそう日は経っていないというのに、よくそこまで調べ上げたものだ。
周辺警備部門が抱えている今の密偵は、かなり優秀なようだな。
「それでどうする。その子爵の父親とやらを、ソードギルドで始末すればいいのか?」
「いや、それはマズい。王都に近いとはいえ、子爵は南側――フーラの太守の息がかかった貴族の一人だ。迂闊に手を出せば、太守はそれを理由に報復行動に出るかもしれない。下手をすればそのまま戦になる」
「では、どうしたいんだ? なぜ俺が呼ばれた?」
「計画は二段階ある。聞いてくれ」
アルベルトの目つきが変わった。どうやらここからが本題らしい。
「第一に、子爵にはこちら側に寝返ってもらう。父親が吸血鬼であるなどという醜聞が広まれば、バーンライト家はおしまいだからな。それを公言しないと約束しつつ、子爵自身の身の安全を保証すれば、説得することは難しくないはずだ」
「そんなに都合良くいくものか? その息子とやらも、父親とグルかもしれないぞ?」
「その点は心配いらない。父親がおかしくなって以来、子爵はその存在を疎ましく思っているとのことだ。裏付けは取れている。どう対処したらよいのかと手をこまねいているうちに、事態は取り返しが付かないところまで進んでしまったのだろうな」
そんなものなのか、というのが話を聞いた俺の感想だった。
一段階目の目論見が外れていれば、その時点でこの計画は破綻するわけだが、アルベルトがここまで言い切るのだから勝算はあるのだろう。
ここまでの話は納得したものとして頷き、アルベルトに計画の続きを聞かせるように促す。
「第二に、子爵の父親である吸血鬼は、秘密裏に始末する。それをラルフ、お前に頼みたい」
アルベルトは、短くそう言い切った。
しばらくの間、俺たちは無言で互いの目だけを見ていた。
「俺が一人でやるのか?」
「そうだ、表向きには子爵の父親は持病の悪化によって亡くなったと発表することになる。そうなると、ソードギルドという組織が動くのは目立ちすぎる。子爵側にも、こちらの動きを気取られるかもしれない。事前に情報が漏れるリスクはできるだけ避けたい。だから今回はあくまで、ラルフ・オブライトという冒険者個人に対し、この依頼を任せたい――引き受けてくれるか?」
アルベルトの問いかけに、俺は苦笑で返す。
ここまで内々の事情を聞かされてしまったら、もう断ることなどできるはずがない。選択権など最初から用意されていないのだ。
「わかった、引き受けよう。具体的な手筈を聞かせてくれ」
アルベルトから聞かされた実行手順はこうだ。
まず俺は、周辺警備の兵士の一人に扮して、アルベルトと共に子爵の館へ潜入する。周辺警備のための協力要請と称して、騎士団として正式に子爵の館を訪問するとのことだ。
次に、アルベルトがその場で子爵を説得する。これは俺にできることはない。アルベルトに頑張ってもらう。万が一、説得に失敗した場合に強行するか撤退するかは、やはりその場でアルベルトが決める。
最後に、子爵の父親が生贄を連れ込んだと推測される場所――館の礼拝堂で、俺が吸血鬼と戦う。父親は今でも頻繁に、その礼拝堂に引きこもっているという話なので、彼がいる時間に合わせてその場所で始末する。
それですべて完了となる。
「アルベルト、もし子爵の父親が館を留守にしていた場合は、どうするつもりだ?」
「その可能性もゼロではないが、事前に調べた行動パターンによると、彼は夜間以外にはほとんど活動しないそうだ。昼間に訪ねれば、まず間違いなく吸血鬼は館に潜んでいるはずだ」
「長期で外出している場合だってあるだろう。まさに俺たちの動きに感づかれた時は、事前に逃亡されるおそれもある」
「その時は、一旦仕切り直しだな。最悪、子爵だけをこちらの仲間に引き入れ、吸血鬼の始末は先送りすることになる」
この手の作戦は、往々にして不測の事態がつきものだ。
すべての可能性を洗い出すことはできないため、ある程度はその場で柔軟に対応せざるを得ない。
「……わかった、俺は吸血鬼と戦うことだけに集中しよう」
「そうしてくれ、吸血鬼との戦い以外で不測の事態が起きた場合は、すべて私が対処する」
「いくつか用意しておいて欲しい物がある」
「言ってくれ、可能な限り要望には応える」
「クロスボウと銀の太矢を数本。銀の短剣を六本。黒ニスは念のため二本……あとは魔法の照明も何か欲しいな。ポーション類も可能な限り多く集めてくれ」
「魔法の武器はいらないか? 事情が事情だからな、今回は特別に使用の許可が下りるぞ」
「なら、魔法の盾だけ用意してくれ。できれば円形のやつがいい」
兵士に扮する作戦なので、魔法の鎧は着込んでいくことができない。別荷物として持ち込むにしても、鎧一式はさすがに目立ちすぎる。盾の一つくらいなら、まだなんとかなるだろう。
「相手は吸血鬼だぞ、魔法の剣を使わないのか?」
「使わない。真祖の吸血鬼を滅ぼすのなら、魔法の剣よりも黒ニスのほうが何かと都合がいい」
銀の剣や魔法の剣なら、そのままでも吸血鬼に手傷を負わせることができるが、肝心の黒ニスを塗ることができない。正確には、塗ってもニスの効果が発揮されないのだ。俺も黒ニスの詳しい仕組みについてはよく理解していないのだが、とにかく純粋な鉄製の武器にしか効果がないらしい。
それに、これは俺のこだわりでもある。
命をかけるなら、自分の好きな武器がいい。
「……わかった、すべてお前の希望通りに手配しておこう」
「よろしく頼む。作戦決行の日取りはいつだ?」
「子爵にはすでに先触れの使者を送っている。我々は三日後の朝に出発だ。それまでに準備を済ませておいてくれ」
聞きたいことは、それですべて聞き終えた。
俺とアルベルトは互いに小さく頷き合い、静かに席を立った。
三日後に備えて、俺は自分自身の準備をしなければならない。早々に詰所を後にしようと、部屋の扉に手をかける。
「頼んだぞ、戦友――」
扉を閉める直前に、室内から微かにアルベルトの声が聞こえてきた。
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