第26話 おじ戦士、出がらしを飲まされる

「どういうことですかな?」


 アカデミー錬金術師の主任を名乗るその男は、わざとらしく怒りに震える様を演じながら、俺に質問を投げかけてきた。


「どういうことか、と言われましても先ほど説明したとおりです」


 その怒りの声を受けても、俺は素知らぬ態度で答えた。


「アカデミーの錬金術師たちは、ドラゴン討伐の途中で姿を消しました。現場に残されていた制服とカバンだけは見つけたため、お返しします」


 採石場で見つけた制服の上着とカバンを、テーブルの上に置いて差し出す。

 ドラゴン退治を終えて王都に戻るとすぐに、俺は再びアカデミーを訪れた。採石場で起こった事件について報告をするためだ。

 今は来客用の一室で、いなくなった錬金術師たちの直接の上司であるというこの男に、その報告を行っている。


「姿を消しました、では通らぬのですよ! 生きているのなら王都に帰還している頃なのに、その報告もない。同行した錬金術師を守るのが、あなたがたソードギルドの仕事でしょう!?」

「違います。我々の仕事はドラゴンを討伐することです。アカデミーが錬金術師を派遣したのは、竜素材を独占するためでしょう? 正当な対価が約束されるからこそ、我々としてもあなたがたの同行を認めているのであって、本来なら護衛対象ではありません」

「たとえそうだとしても、人命を見捨ててよい理由にはならないでしょう!」


 バンバンとテーブルを叩きながら、主任は大声で喚き散らす。


「三人失ったのですぞ! 優秀な錬金術師が三人! これはアカデミーにとって大変な損失だ!」

「こちらも一名、優秀な戦士を失いましたな」

「それは予定通りドラゴンと戦って死んだのでしょう? 役目を果たせて結構なことです。それに引き換えこちらは無駄死に――」

「口の利き方に気を付けろ」


 うわべだけの丁寧な口調を止め、殺気を込めて言い放った。

 主任を名乗る男はそれまでの勢いを失い、戸惑いの表情を浮かべた。俺から目を逸らし、先ほどまでの威勢はどこへいってしまったのかと思うほど、急に黙りこくってしまった。


「では単刀直入にお聞きしますが、錬金術師たちが亡くなっているとして、その遺体は今どこにあるとお考えですか?」


 すっかり勢いを失ってしまった主任に向かって、再び事務的な声で問いかけた。

 主任は取り繕うような咳を何度か繰り返し、虚勢を張るように答える。


「そ、それは……ドラゴンの腹におさまったか、証拠隠滅としてその場で埋められたか……」

「つまり、彼らの亡骸は東の地で置き去りになっていると、あなたはおっしゃるわけですね?」

「そうです! それが一体なんの――」


 突然、部屋の扉が開けられた。

 発言をしかけていた主任は、驚いたようにそちらを見る。そして入ってきた人物を見て、かすれた声でその名を呟いた。


「オズワルド導師……」


 部屋に入ってきたのは、俺にとって旧知の魔術師オズワルドだった。

 オズワルドは、主任に対して一瞥もくれず、テーブルのそばまで近づいてきた。


「調べるのはこれか?」

「ああ、この制服だ。カバンでもいいが、制服なら裏地に名前の刺繍があるだろう?」

「では、制服にするかのう」


 オズワルドはそう言うと、自身の杖を振りかざし、朗々たる声で呪文の詠唱をはじめた。とても老人とは思えない、その場にいるすべての者の声を封じるほど圧倒的な声量だった。

 やがて呪文が完成すると、先ほどまで何もなかったはずの空間に鮮明な映像が映しだされた。

 男が三人、テーブルを囲んで笑いながら酒を飲み、豪華な飯を食らっている。


「方角は南。距離は徒歩にして五日ほどか。遺跡都市フーラがある位置じゃな」


 映しだされた映像に対して、オズワルドは無感情に補足を付け加える。

 これは追跡の呪文と呼ばれ、目的の物に対して術をかけることにより、その持ち主が今どこにいるのか突き止める魔法だ。

 個人の所有物であることがはっきりしている物にかけないと効果はないが、今回は制服などという恰好の所持品を残してくれた。例の錬金術師たちからすれば、偽装工作のせいで逆に足を掬われた形になる。


「おかしいですね。東の地で調査を行っていたはずの彼らが、なぜ南にあるフーラの都市にいるのでしょうか?」


 青ざめた顔をしている主任に対し、俺は静かに問いかけた。


「日数的にも辻褄が合いません。東の採石場からは、王都を経由せねば南へ向かうことができないため、どれだけ急いでもまだ街道の途中にいるはずです。フーラに辿り着けていること自体が――」

「もうよい」


 俺の追及の言葉を、オズワルドが遮った。

 俺のほうも、この馬鹿げた茶番を早く終わらせたいと思い始めていたところだったため、逆に助かった。


「アカデミーに不心得者がいたことは明白であり、不徳の致すところである。人的損失を被ったソードギルドには哀悼の意を示すと共に、正式にお詫び申し上げ、賠償に応じまする。然る後には、この者も含め造反者には厳しき沙汰を下すことを誓います故、どうかご容赦くだされ」


 そう言うと、オズワルドは俺に対しうやうやしく頭を下げてきた。

 それを受け、俺も姿勢を正して礼を返す。形ばかりとはいえ、これはソードギルドとアカデミーの正式な会見という扱いになる。


「し、しかし、オズワルド導師、これは何かの間違いでは――」

「魔術に偽りなど無い」


 静かに、しかし有無を言わさぬ威厳に満ちた声で、オズワルドは言い切った。

 なおも言い逃れを続けようとした主任はその迫力に圧倒され、怯え切った目でオズワルドを見上げる。


「今の発言、万物の理を探究する者として、もっとも恥ずべきものだ。汝にこの学び舎の敷地を跨ぐ資格はない」


 まるで死神のような冷徹な声で宣告が下された。


「我が裁量により、汝を除名処分とする。即刻、立ち去れ。どうせフーラへ行くつもりだったのだろう、どこへなりと好きに行くがよい。しかし努々忘れるな、我が魔術は常に汝らを捉えておることをな」


 ※ ※ ※


「手間をかけさせてすまなかったな、オズワルド」


 主任の追放を見届けた後、俺たち二人はオズワルドの研究室に戻ってきた。

 先ほどのやり取りは、もちろんオズワルドとは事前に打ち合わせ済みだ。遺留品を魔法の力で証拠品へと変えてもらうように、あらかじめ頼んでおいたのだ。


「やつらがいらん小細工をしてくれたおかげで助かった。遺留品を一切残さずに雲隠れされたら、かなり面倒なことになったからな」

「追跡の呪文への警戒など、魔術師なら基本中の基本じゃ。その程度のことを意識できる使い手すら、今のアカデミーにはほとんどおらぬということよ」


 オズワルドは、こちらを向きもせずに素っ気なく答えた。

 一応、今日も俺のためにお茶を出してくれたが、ミアのように丁寧な淹れ方ではない。しかもどう見ても出がらしだ。

 今日は研究室にミアの姿はない。聞くところによると、彼女は仲間たちと共に冒険に出ている最中とのことだ。


「それが、今頃になってアカデミーに戻った理由か?」

「それは理由の一つにすぎぬ。一番の理由はミアの成長のためじゃ。今や本流から外れているとはいえ、魔術を学ぶのならアカデミーにいたほうが何かと都合が良い」


 せっかく淹れたお茶に手を付けないまま、オズワルドは窓の前に立って外を眺めている。そこから見えるのは、アカデミーの中庭だ。


「今のアカデミーは、右も左もすっかり錬金術だからな」


 約束通り持ち帰ってきた黒ニスの瓶を手に取りながら、俺はポツリと呟いた。

 錬金術は便利なものだ。大して学がない俺のような者でさえ、簡単に魔法の恩恵を受けることができる。

 魔術師がその場にいてわざわざ呪文の詠唱をする必要がない、誰でもすぐ使うことができるというのは、魔法の存在を大衆化させるのに十分な理由だった。

 黒ニスのような画期的なアイテムが発明されたのをきっかけに、魔術よりも錬金術を求める人々が増えてゆき、アカデミーは運営方針を転換せざるを得なくなった。魔術は未だに存在しているが、もはや主流ではなくなっている。


「その錬金術師さえ、フーラの地方アカデミーからの引き抜きが多い。人材の流出を防ぐために、移籍には厳格な手続きが必要なように改正したのも関わらず、転移石を悪用して無断でフーラへ飛ぶ者さえ出てきておる始末じゃ」

「今回の件も、転移石を使って密かに移籍するための芝居だったというわけか」


 無駄に手の込んだ芝居だとは思うが、たしかにその説明なら合点がいく。

 しかし、まだ一つだけ腑に落ちないことがある。


「オズワルド、採石場のドラゴンがアンデッド化したのは一体どういうことだ?」

「その件はワシにとっても関心事じゃった。ドラゴンのように質量的に巨大で、魔力的にも安定している魔物が自然にアンデッドになることなど、まずあり得ん。アカデミーでは禁忌とされている、死霊術にでも手を出さぬ限りはな」

「死霊術に手をつけた輩がいるということか? その手のヤバい書物は、アカデミーで厳重に管理されているはずだろ」

「ミアに手伝ってもらい調べたところ、その禁書はすでにこのアカデミーに存在しない。閲覧可能書物はもちろんのこと、閲覧不可書物の一覧からも、名前が消えておった」


 アカデミーの存亡にも関わるようなとんでもない醜聞を、さらっと言い放ってきた。いっそ聞かないほうがよかったと後悔したがもう遅い。

 俺は軽い頭痛を覚えたが、ため息を吐きながらも、まだ話していない別の話題について触れる。


「オズワルド、これから先、この国の情勢はどうなっていくと思う?」

「南が不穏なのは知っての通り。わずかでも大義名分を与えれば、フーラの太守はそれを理由に蜂起するじゃろうな」


 まるで世間話でもするかのように、オズワルドは平然とそう言った。


「そんなにすぐ、内戦になるものか?」

「なるとも、そのために衝突の火種はすでにあちこち撒かれておる。事は昨日今日に始まったわけではない。何年も前から入念に準備はされていた」


 そういう情報を一体どこから仕入れてくるんだ……。

 この爺が言っていることは、単なる予言ではない。客観的な事実から分析された正確な未来図だ。だからこそ気が重くなる。


「戦争は嫌だな」

「戦争は嫌じゃのう」


 戦になれば当然、俺は戦士として戦うつもりだが、だからといって別に戦争をしたいわけではない。

 戦争なんて、起きずに済むのならそれに越したことはない。


「だからなんとかしてくれ、ラルフ」

「……なんで俺に言う。全部分かっているんだったら、あんたのほうこそどうにかすればいい」

「ワシはもう歳じゃ、年寄りがあまり出しゃばってもロクなことはない。若い者に任せるのが道理じゃよ」

「俺だってもう、結構な歳なんだがな……」

「ワシからしてみれば、お主などまだ若造じゃ」


 俺なんて、まだまだ若造か。

 自分でも単純だとは思うが、そう言われたらなんだか少しだけ気持ちが軽くなった気がした。


「では、若造は若造らしく肉体労働でもしてきますか」

「そうしてくれ、ワシはワシで出来ることをしよう」


 結局、俺も自分に出来ることをするしかない。シンプルな答えだ。

 すっかり冷めてしまった薄いお茶を飲み干し、席を立つ。軽い別れの言葉を交わしてから、オズワルドの研究室を後にした。

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