第518話 煌天城争奪戦②


 ラヴァという男は、人生の大半が『退屈』で埋め尽くされていた。

 彼は産まれながらにして強者であった。母の胎内にいる内から魔装を発現し、内側から食い破って誕生したほどである。ラヴァは産まれて数日で立ち上がるなど、とにかく肉体が頑丈であった。彼の一族は小さな狩猟民族であった。そのため肉体の強さは喜ばれることであった。

 齢三つにして大人を超える腕力を手に入れ、八つになる頃には誰よりも獲物を狩る英雄となっていた。

 彼にとって全てが弱者。

 族長から四つ上の娘を妻として与えられたが、満たされている気がしなかった。



(そうだ。俺は満たされていない! 何も満たされていないのだ!)



 十一歳になったとき、一族は水場を求めて他の部族と大きな争いが起きた。元々使っていた大きな泉が魔物の毒素によって侵され、使えなくなってしまったからである。新しい水場は小さく、複数の部族を満たせるほどではなかった。

 生き残るため、ラヴァも初めて部族抗争に参加した。

 そこで彼は気付いてしまったのだ。敵対者の肉を引き裂き、骨を割り、内臓を引きずり出し、生き血を浴びること。それは何にも代えがたい快楽であった。

 ラヴァが生まれ持った骨の魔装は無敵の鎧を生む。敵対者の骨をも取り込み、自らを覆う強固な鎧と武器となった。故に彼はこの魔装を『骸殻がいかく』と名付けた。



(もっと。もっとだ)



 だからラヴァは戦いを欲した。

 同じ人間を殺し、同じ人間を喰らい、自分自身が捕食者であることを認めさせたかった。だから部族抗争が終わった時、ラヴァは同族すらも殺した。自分にとって邪魔になる男どもを殺し尽くし、従順な者と女だけは生かしておいた。

 それからは略奪を繰り返した。

 部族という部族を滅ぼし続け、やがては大きな町すらも襲うようになる。ついに大きな都市国家にすら手を出すようになった。生まれついての強い肉体は、ラヴァの意思とは関係なく魔装をも強くしてしまう。特にきっかけとなるような事件もなく、いつの間にか魔装は覚醒していた。

 いや、それは正確ではない。

 ラヴァという男は生まれながらの覚醒者だったのだ。ただ、生まれたばかりでは魔装の機能が封じられていたに過ぎない。肉体の成長に合わせて制限は解除され、全盛期となった時に完全覚醒状態となる。

 まさしく天賦の才。

 生まれるべき時代を間違えたイレギュラー。

 冥王シュウ・アークライトや魔神ルシフェル・マギアがステージシフトと呼称する魂の変異体である。ラヴァという男は人間よりも上位存在として生まれてしまった結果なのだ。



「クハ! クハハッ! 貴様は俺様と同じだ! 他の羽虫とは違う存在だ! そうだろう女ァ!」



 久しく感じた生きた心地だった。

 ラヴァは自分を追い詰めようとする女に対し、愛情すら抱いた。無機質に、何一つ言葉を発しないまま女は……アロマ・フィデアの再現体は樹木による攻撃を繰り返す。破壊しても破壊しても植物は全く減らない。それどころかますます増えているようにも思える。

 ラヴァは骨の鎧で樹木による刺突を防ぎ、肩甲骨から生えた骨の腕を使って引き千切る。樹木によって魔力を吸われ、骨を砕かれても新しいものを創り出して応戦する。



「テメェも俺様に尽くせ暴転器アンドロメダ

『……ッ! ……』

「さっきからだんまりかァ? 力さえ寄こすならどうでもいいがなァ!」



 下品に嗤いながらラヴァは暴転器アンドロメダへと暴力的な魔力を注ぎ込む。パンテオンを滅ぼして手に入れたこの迷宮神器アルミラ・ルシスは加速能力を司る。どんな物質でも加速し、射出することができるだけの単純な能力だ。

 しかしラヴァほどの覚醒魔装士が扱えば別次元の能力に化ける。

 強固な骨を弾丸としているため、瞬間的に音速の何十倍にまで加速しても自壊しない。その威力は物理的にオリハルコンすら貫くほどのものだ。

 だがアロマも再現体でしかないにもかかわらず戦闘学習を繰り返し、徐々に対応力が増している。樹木を織り込むことで骨の射撃を受け止め、逸らし、本体への直撃を避けるのだ。



「ハハハハハハッ! クハハハハハハァッ!」



 愉しくて愉しくて仕方がないといった様子のラヴァ。

 樹木は通路を食い破り、ラヴァの周囲を埋め尽くしていく。更には樹木が編み込まれ、大蛇のようになってラヴァへと襲いかかり始めた。繭のようになった樹木の空間で、壁面から作り出された樹木大蛇の数は十六にも及ぶ。

 全方位から押し寄せる樹木龍の攻撃は激しく、ラヴァは何度も跳ね飛ばされる。だが頑丈な骸殻がいかくによって掠り傷程度で済むし、その程度の傷は瞬時に再生してしまう。



「俺様は! 生きている! これが生への渇望か! 死の予兆か!」



 全身に魔力を滾らせると、肩甲骨から生える骨の腕が変形した。四つの骨腕はそれぞれの指先から次々に新しい関節が生まれ伸びていく。アロマは樹木を編み込んで盾を創り出すも、骨はそれすらも食い破って伸び続けた。

 それはまるでアロマの魔装を学習したかの如く、骨が樹木のような挙動をしていた。

 これまでの攻撃とは異なるということに気付いたとき、既にアロマの逃げ道は塞がれていた。四方八方から鋭い骨が押し寄せ、全身を刺し貫く。

 所詮は《尸魂葬生アストラルリィン》で蘇った再現体でしかないため、血の一滴もなく痛みに苦しむこともない。しかし全身を縫い留められたせいで動けなくなっていた。



「愉しかったぜ。俺様の一部になりなァ!」



 強者を打ち倒し、その肉と血の一滴までも喰らい尽くす。それこそがラヴァにとっての悦びだ。アロマはラヴァにとって最上の獲物だった。その身体に歯を突き立て、噛み千切る快楽を得るために戦っていたと言ってもいい。

 だから動けなくなったアロマへとわざわざ近づき、その首筋に顔を近づける。

 しかしそれは過ちであった。



「ゴッ!? グオオオッ!?」



 樹木龍はまだ停止していない。

 アロマにしか目を向けていなかったラヴァは、その存在をすっかり忘れていた。横から食いつかれ、骸殻にまで亀裂を入れられる。本来、アロマの魔装は魔力を吸収して強固に育つ樹木を操るというもの。つまり魔力で硬くなっているラヴァの骸殻を破るだけの力が備わっている。

 樹木龍の牙が突き立てられた骸殻は徐々に耐久力を失っていき、遂にはラヴァの本体にまで届いた。



「邪魔をするなァ!」



 普通ならば食いつかれた状態で動くことなど敵わない。だがラヴァには暴転器アンドロメダがある。物体を瞬時に加速射出させる神器ルシスにより、ゼロ距離から樹木龍を粉砕した。射出した骨は貫通後も速度を落とすことなく、植物で覆われた壁面に突き刺さって爆散する。

 巨大な牙で貫かれ重傷を負っていたラヴァだが、その傷はみるみるうちに塞がっていった。

 そしてラヴァが復帰するのと同様に、アロマも自身を貫く骨を破壊して脱出する。

 再び戦いは仕切り直しとなった。



「あァ?」

「……」



 更に異変も起こる。

 対峙する二人の周りに赤い霧が発生し始めたのだ。



「あの致命傷からも自己修復するか。流石は太陽型ステージシフトだな。いけるかノスフェラトゥ?」

「はい。問題ありません」



 そしてノスフェラトゥが参戦した。






 ◆◆◆






 シュウにとって魂とは自身の領分だ。

 死を司る魔法とは魂に対して『死』という状態を創り出した。死魔法が誕生する以前は、死と滅びは同じ意味だったのだ。肉体が死ねば魂も消滅する。それがルシフェル・マギアの創造した世界の法則だった。

 しかし死魔法によって『死』という状態が発生し、魂は消滅することなく『死』の状態へ移行することになった。すなわち冥界の誕生である。



(だが俺にも魂は未知の部分が多すぎる)



 ラヴァの魂を見たシュウは思わず溜息を吐きそうになった。

 まるで恒星のように爛々と輝くその魂は、ラヴァの力そのものを示している。



(肉体能力に特化した進化、太陽型ステージシフト。かつての『暴竜』も肉体に優れていたが、ラヴァは別格だ。身体能力も頑強さも回復力も、全て素で備えている。それに骨の覚醒魔装が加わればまさしく無敵だな)



 魔装の覚醒も人間の進化ステージシフトだ。

 ただし覚醒魔装が後天的な進化であるのと対照に、ラヴァのような太陽型ステージシフトは生まれつきである。彼の場合は肉体が強すぎるあまり魔装すらも覚醒したまま生まれてきたほどだ。そういう意味でラヴァという男は特殊な存在といえるだろう。

 本能のままに強くなったわけだが、適切な訓練さえ積めば手が付けられなくなったはずだ。その点でも生まれた時代を間違えたと言える。



「ノスフェラトゥ。先に言っておくが様子見などするなよ」

「はい」



 魔力を阻害し、細胞を破壊する毒でもある瘴血の霧はあらゆる生命体を死に至らしめる。

 しかしながらラヴァは全く堪えた様子がない。魔術で再現されているだけのアロマとて魔力阻害の影響を受けるはずだが、覚醒した魔装のお蔭で相殺していた。無尽蔵に魔力が湧いてくるという点でもそうだが、アロマの魔装は魔力を吸収するので効果を打ち消し合う。

 魔族に対しても効果的だった瘴血の霧も、超人たちには意味がない。

 目は見えずとも、ノスフェラトゥには魂を見通す加護が備わっているのだ。ラヴァとアロマに霧が効いていないことはすぐに分かった。



「アァ? 小娘?」



 一方のラヴァは突然現れたノスフェラトゥに怒りとも似た感情を覚えていた。あれだけ愉しかった戦いの間に入られたのだ。

 ラヴァは不快と感じれば真っ先に排除する。

 大木のような太い腕をノスフェラトゥに向けて、掌から骨を射出した。暴転器アンドロメダで加速された骨はノスフェラトゥの胸に突き刺さり、その勢いで爆散させる。

 大量の赤色が飛び散った。



「ふん。続きだ女ァ」



 ラヴァの興味はアロマにしかない。

 基本的に頭の悪い彼は、自分にとって快か不快かで物事を判断する。思考レベルは完全に幼児と同じなのだ。その強さからくる傲慢さもあって、物事をよく観察することもないし深く考えることもない。

 今回はそれが仇となった。

 ノスフェラトゥは始祖吸血種だ。

 血を操る魔装と赫魔細胞が奇跡的に組み合わさり、別種の進化を遂げた人類なのである。



「セフィロトに接続」



 霧化によって攻撃を回避していたノスフェラトゥは、再び集まって言葉を紡いだ。

 耳の良いラヴァは小さな言葉すら逃さず聞き取り、そちらに目を向ける。今殺したはずの小娘ノスフェラトゥがうねる樹木の上に立っていて、彼を見下ろしていた。



第十マルクト第九イェソド第八ホド第七ネツァク第六ティファレト第五ゲブラー第四ケセド第三ビナー第二コクマー第一ケテルを解放」



 ノスフェラトゥは自らの吸血衝動を封じるため刻んでいる《聖印セフィラ》を解放した。セフィロト術式《聖印セフィラ》は呪いのような悪影響を封じ込め、純粋な魔力として浄化する術式だ。このお蔭でノスフェラトゥは力が低下する代わりに、強すぎる吸血衝動を抑えることができている。更には《聖印セフィラ》に溜め込んだ魔力を解放することで強力な術式を発動できるメリットもあった。

 かつてサンドラで危機に陥った時、ノスフェラトゥは『それ』を発動したことがある。

 セフィロト術式における最大最強の魔術を使おうとしていた。



「死んでねェだとォ!?」

「彼方より流出する有界の無限」

「だったら次こそ死ねェッ!」

「光より始まり、光に終わる」



 本能で危機を理解したラヴァは骸殻を発動し、巨大な骨の腕でノスフェラトゥを握り潰そうとした。

 セフィロト術式を敵対行動と認識したアロマは樹海を殺到させた。

 何が起こるか知っているシュウは《魔神化》により身体を死魔力で再構築し、この世の影響を無効化した。



「力をお貸しください女神様、《無限光アイン・ソフ・オウル》」



 青白い光が炸裂した。

 発動者であるノスフェラトゥを中心として眩い光が広がり、万物を消滅させていく。ラヴァの強靭な骨も、アロマの樹海も、そして黄金要塞の一画すらも全て等しく消し去っていく。視覚に頼らない感知能力を有するノスフェラトゥは、砕けた骨も樹木もオリハルコンすらも綺麗に消失していくのを知覚していた。

 全てを消滅させた光の範囲に空気が入り込み、暴風が巻き起こる。

 その光景にシュウはある種の感動すら覚えていた。



(セフィラが作って、誰一人として扱えなかった究極の精霊秘術……セフィロト術式の奥義を発動したか。《聖印セフィラ》で蓄積した魔力を全解放する反魔力放出魔術。並の魔物なら一瞬で消滅させられるな。俺ですら《魔神化》で透かさなければかなり魔力を持っていかれる)



 精霊秘術奥義《無限光アイン・ソフ・オウル》。

 膨大な魔力を時間魔術により反対位相化させ、放射するというシンプルなものだ。だがその魔力密度と質量であれば、物質エネルギーですら完全消滅させる。

 基本的には発動した時点で勝ちだが、《聖印セフィラ》に蓄積した魔力を解放して発動するという性質上、連続発動はできない弱点がある。ただ一撃必殺をコンセプトにした術式なので問題にはならなかった。



(しかしこちらも驚きだな。まさか《無限光アイン・ソフ・オウル》を喰らって原形を保っているとは)



 シュウはノスフェラトゥのすぐ側で倒れる大男に視線を向けた。皮膚は剥がれ、肉も削げ落ち、骨も抉れて消失している。高出力の反魔力は物質にすら干渉して対消滅させるが、逆に言えばそれ以上の魔力さえあれば耐えることもできる。

 ラヴァは至近距離で浴びた反魔力に耐え切り、死を回避していた。







 ◆◆◆






 管制室を目指していたテドラ・クライン・ラ・ピテルは思わず崩れ落ちた。慌ててて護衛が彼の身体を支えるが、テドラは完全に力が抜けていて起き上がれない。

 しかも呼吸も先程より荒くなっていた。



「テドラ様! どうなさったのですか!」

「早く医療魔術を!」



 天空人は魔術を使えなくなってしまったが、ソーサラーデバイスだけは伝わっている。魔力を操る基本技能さえあれば誰でも魔術を扱えるため、護衛たちは回復の魔術でテドラを治療した。使用したのは光の第四階梯《治癒キュア》。現代天空人にとってはそれなりの魔力を消耗するため、あまり連発はできない。

 しかし怪我や体力の回復には充分である。

 どうにか息を整えたテドラは、それでも震えが止まることがなく、分かりやすい落胆を見せていた。



「いったい何が……何があったのですか? まさか」

「……そのまさかだ。《尸魂葬生アストラルリィン》が破られた。一瞬にして消失してしまった」

「では我々はもう」

「残念だ」



 希望を失い、気力も潰えてしまったのだろう。

 テドラは自力で起き上がれないまでになってしまった。元から黎腫れいしょうによって身体はボロボロだった。更には限界を超えて《尸魂葬生アストラルリィン》を維持し続け、生命力すらもほとんど失っている。回復の魔術など気休め程度にしかならなかった。

 クライン家は当主テドラがいてこそ。

 彼には跡継ぎとなる子供たちもいたが、黄金要塞が落とされた時の戦いや、その後のレジスタンスとしての活動中の戦死、あるいは黎腫れいしょうの悪化など様々な要因で死んでしまった。



「クライン家はここで途絶えるだろう。私の血を継ぐ者もいないのだから」

「テドラ様! どうか気をしっかり! 医療魔術を続けろ!」

「やってますよ! ですが脈と呼吸が……」



 尽力も虚しくテドラは弱る一方だ。

 これまでは希望を胸に気を張っていたからこそ耐えていた。しかし元から限界以上を引き出していたのだ。気力も尽きてしまえば、後は坂道を転がり落ちるようにして死に向かっていく。

 治療も虚しくここでクライン家の歴史は途絶えた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る