第517話 煌天城争奪戦①
管制室へと進み続けるセシリアス家一派は、激しい爆発音を聞いた。僅かに揺れており、その衝撃の大きさに全員が警戒を強める。
「どうやら始まっているようですね」
「アラフ陛下はこれが何かご存じなのですか?」
「クライン家の戦力が敵将と遭遇したのです。つまり気を引いてくれています。今のうちに管制室を目指します。その大敵は後で戦います。厳しい戦いになりますから」
「だから遠回りをしていたのですね……」
「そういうことです」
彼女たちは一直線に管制室に向かうのではなく、途中で少し回り道をしていた。それについてはアラフの指示だったので誰も疑うことはなかったが、ここでようやく納得が得られた形となる。
「とはいえ、すぐに会敵します。ノスフェラトゥ様」
「私が迎撃するのですね」
アラフはその通りだと頷いた。
銃で武装しているとは言え、天空人はほぼ戦力にならない。ラヴァ族の骨装甲を貫く威力ではないのだ。それでも装甲部分以外を狙えば勝機はあるが、こんな序盤で無駄に弾をばらまく余裕もない。ノスフェラトゥに排除を頼むのは自然な流れだった。
ノスフェラトゥはずっと抱きかかえていた眷属ウェルスを放す。幼体のような小さな赤い竜は羽ばたき、シュウの肩へと停まる。冥王を止まり木にするとは、案外図太いのかもしれない。
「来ます」
それを呟いたのはノスフェラトゥであった。
目が見えない彼女はそれ以外の感覚器官が発達している。魔力、音、匂いなど総合的な知覚によって敵の接近を察知した。
「あァ? こんなところに肉がいるじゃねぇかよ」
「山分けだからなァ!」
通路の影から二人の蛮族が現れる。
二人ともが骨の棍棒を手にしており、角が生えていたり表皮に骨の装甲があったりと人間らしさがない。寧ろ魔族だと言われても納得だ。言語が違うので何を言っているのかはノスフェラトゥに分からなかったが、こちらを殺そうとしているのは確かだった。
一歩前に出ていたノスフェラトゥは少女そのものであるため与しやすいと考えたのだろう。蛮族たちは我先にとノスフェラトゥへと襲いかかろうとした。
(あまり美味しそうではありませんが……)
そんなことを考えながらノスフェラトゥは霧化した。
赤い霧となった彼女は一瞬にして迫りくる蛮族たちの背後へと移動し、血を纏った貫き手の一突きで蛮族の心臓を潰す。どうやら背中側には骨の装甲がなかったらしい。貫かれた蛮族は血を吐き出し、見る見るうちに萎んでミイラのようになってしまう。
ノスフェラトゥに吸血されたのだ。
またもう一人の方に対しても血の結晶槍が放たれており、横腹を貫いて壁に縫い付けられていた。
一瞬のことであった。
「終わりました」
霧を使ってそのもう一人からも吸血しつつ、ノスフェラトゥは淡々と告げた。
驚異的な身体能力と魔装と思しき特異能力を有するラヴァ族だが、それ以上に特異的なノスフェラトゥの前では雑魚同然である。
「ですがまだ近くに多くの敵がいるようです」
そう言ってノスフェラトゥは再び霧化した。
赤い霧は重力にすら逆らって激しく動き、通路の奥へと消えていく。しばらくすると悲鳴や絶叫が木霊し始めた。
何かの言葉らしきものも聞こえたが、その声音から助けでも呼んでいるのだろうと分かる。シュウの感知では次々と魂が煉獄に送られているのが見えていた。
(凄いな。ヴァルナヘルで見た力をほぼ取り戻している。いや、超えているかもしれない)
サンドラで起こった魔族との戦い以降、ノスフェラトゥの能力は安定している。吸血衝動の暴走もなく、無事に《
赫魔細胞を魔装に取り込み、完全に自分のものとしている。
これは期待以上であった。
(それに吸血にしても不要な細胞はウェルスに押し付けられる。獣に偏って暴走する心配もない)
それはそれとして、
一方で赫魔の特性からは逃れられず、自己崩壊による魔力生成と捕食本能は抑えることができなかった。また細胞を取り込み、その姿に近づいていく特性も同じだった。
吸血種とは高い魔力と再生能力、身体能力を有する強靭な種族だが、同時に人間がいなければ自らを維持できない欠陥種族でもある。
それを防ぐのがウェルスと名付けられた小さな竜であった。
「戻りました」
「ありがとうございます。では行きましょう」
赤い霧が凝集してノスフェラトゥが顕現すると、再びアラフたちは進み始めた。問題ないという未来が見えているためか、アラフは自ら先導している。慌てて護衛たちが周りを固めても意に介さない。
「アラフ陛下、できる限り離れないでください」
「大丈夫です。管制室までの道はノスフェラトゥ様が全ての敵を排除してくださいました」
「そう、なのですか?」
護衛の一人はノスフェラトゥへと目を向ける。
それは彼女の実力を疑っているというより、寧ろ感心であった。今更アラフの予言を疑うなどあり得ないので、アラフが言うのであれば真実というのが彼らの共通認識なのである。
戻ってきたノスフェラトゥはウェルスを呼び戻し、再び抱きかかえる。見た目が十歳から変わっていないため、これだけを見ると化け物の如き力の持ち主とは思えない。
「ノスフェラトゥ様、大きな戦いは管制室を確保した後で起こります」
初めに言った通り、アラフは改めて忠告する。
彼女が敢えて二度も忠告するのは珍しいことだ。それは黄金要塞を脱出する前、蛮族により落とされると予言した時も同じであった。つまりそれだけ危険なことが起こるということだ。
護衛たちはそれを悟り、息を呑んでいた。
◆◆◆
アラフの言葉は正しく、管制室まで蛮族に遭遇することはなかった。そればかりか管制室にも誰一人としていなかった。
本来であれば管制室は蛮族たちの拠点になっていたのだが、テドラ・クラインラ・ピテルが発動した魂の第九階梯《
「予定通りですね。では要塞を発進させます」
「は、はぁ。しかしこれは……」
護衛たちは唖然とした様子で管制室を眺めている。
それもそのはずだ。まだ遠くない記憶にもかかわらず、管制室はかつての整然とした様子が影も形もなくなっていたからだ。食い散らかされた肉片、骨、血痕などが残り、排泄物などもそのままにされている。酷い光景であることもさることながら、悪臭で吐き気が止まらない。
天空人は文化の進んだ民族だ。
現代の地上人からすれば酷い潔癖症に思えるほど、清潔を大事にする。管制室の状況は酷いという言葉で形容しても足らず、とてもではないが機材に触れられる状況でもない。
そこでアラフはシュウに尋ねた。
「できませんか?」
「……まぁできるが」
何が、とはシュウも問い返さない。
無言で死魔法を発動する。一定以下のエネルギーのみを対象など、上限値を設定するなどの調整も今では容易い。管制室は基本的に金属で構成されているため、有機物よりはエネルギーが高い。蛮族の食べ残し――すなわち人間の死体――や排泄物などを指定して除去することもできなくはないのだ。
「流石ですね」
さも当然のようにお礼をするアラフではあるが、周りはドン引きである。
容易く人類を絶滅させられる
シュウとてこれほど汚れた状態の部屋に入りたくなかったので、利害の一致もあったが。
「では起動をお願いします」
何事もなく次へ進めようとしていたので、護衛たちは大丈夫なのかとシュウを窺っていたものの、時間もないのですぐに動き始める。
修復のため着陸した後、ずっと離陸していなかったので起動シーケンスから始めなければならない。何人かが画面を立ち上げ、システムチェックを開始する。蛮族に支配されている間も自動修復機能はしっかりはたらいていたようで、問題らしきものはなかった。
「システムオンライン化を開始します」
「ここからなら監視システムで戦況の把握もしやすいですね」
少しずつ起動し始める様子を眺めるシュウは、今の間にアラフへと話しかける。そうなることが分かっていたのか、アラフも驚きはしなかった。
「必要な犠牲とやらは支払ったのか? これを天空に封じるのだろう?」
「布石は打ちました。ですが全てが終わったわけではありません。私自身の手で決着すべきこともありますから」
「俺がくれてやった加護でか?」
「はい」
二人が邂逅したとき、シュウは保険の意味も込めて死魔法をアラフに仕込んだ。それはアラフを即座に殺すこともできるが、本質は別だ。
ノスフェラトゥに与えたものと同じ、《冥界の加護》である。
「私の父、つまりラ・ピテルの先王は双子の子を授かりました。その時、身の毛のよだつ未来を見たと聞いています」
「その未来というのは?」
「やがてその双子が王位を賭けて殺し合うというものでした。本来、ラ・ピテルの王は王呈血統書により予言されています。最後の王が現れる時まで、全ての王の名が記されているのです。五十八代目の王はアラフ・セシリアス・ラ・ピテルと決まっていました」
「それをお前の双子の兄弟は認めなかったと」
「父の見た未来の通りでした。弟のケシスはクーデターまで起こそうとしましたから。ですが父とて何もしなかったわけではありません。ケシスを王の分家……イミテリア家に養子へ出すことで予言を覆そうとしたのです。王位を継ぐ権利はセシリアス家にありますから、その名を失えば……と思ったのでしょう。
アラフはどこか後悔しているような言い方だった。
「ケシスをイミテリア家へ養子へ出すという選択は間違いではなかったはずです。私たちがこっそり王呈血統書を盗み見などしなければ。ケシスは自分が王となり、予言の目を引き継ぎ、
「結局は予言の通りになったということか。それは見えなかったのか?」
「見えていたのかもしれません。父はそこまで私に話しませんでした。しかし私は分かっていました。初代王の眼を継承したその日から互いに殺し合う運命であることを知っていました。更なる良い未来のためには、今を耐え忍ばなければならないことを知りました」
未来が見えてしまうというのは、決して良いことばかりではない。
避けられない最悪の運命があると分かって挑まなければならないかもしれない。最善の未来のために犠牲を許容しなければならないかもしれない。悪夢を回避するため、罪のない者を殺さなければならないかもしれない。
それは常人には耐えがたい苦痛だ。
「だから私はノスフェラトゥ様に同情します。私の運命のために翻弄されてしまうのですから」
名前を呼ばれたことに気付いたのか、ノスフェラトゥがアラフの方に向く。何かを言おうとしていたようだが、それは別の声にかき消される。
それは黄金要塞の起動準備をしていた一人だった。
「ご歓談中、申し訳ありません。起動を開始しました。システムロックをかけたので、解除されない限りは放っておいても起動が止められることはありません」
「ご苦労様です」
「いえ」
その時、返事を掻き消すほどのサイレンが鳴る。
不快さを感じさせる警告音が何度か鳴った後、機械音声が鳴り響いた。
『警告。離陸シーケンスを中断します。中枢区域において魔力の不正流出を確認しました。安全のため離陸を中断します。警告――』
どうやら簡単に離陸させてもらえないらしい。
すぐに誰かが原因を究明し、それを中央大画面へと映し出す。仮想ディスプレイには巨大な樹木で覆われた動力部が映し出されていた。またそれと同時に幾つもの小さな画面が立ち上がる。中枢部の通路、部屋などのほとんどに植物が這っていた。
「アラフ陛下、これはいったい……」
「詳細は分かりかねますが、どうやら冥王様がご存じのようですよ」
「俺がか?」
いきなり振られたシュウとしては思わずそう返答してしまったが、心当たりがないわけでもない。機械で占められている黄金要塞内にあれほどの植物が急に生じるはずがないのだ。そういうことができた魔装士には覚えがある。
「俺の知っているものだとすれば、魔力を養分として成長する植物を操る魔装だ。終焉戦争以前の聖騎士がそれを使っていた」
「おそらくはそれで合っています。蛮族の長とその魔装士が戦っているためにこのような状況なのです。戦場となっている部屋は監視システムが破壊されているようですね。先程から起こっている揺れの原因です」
つまりその戦いを止めなければ計画は実行できないということだ。少なくとも天空人は設備の一部を植物で覆い尽くすような相手を止める手段など持ち合わせていない。
アラフはノスフェラトゥに目を向けた。
それがどういう意味が分かっているのか、ノスフェラトゥは何を言われるまでもなく頷く。
「分かりました。私が行くべき戦いなのですね」
ノスフェラトゥの戦意に呼応するかの如く、赤竜ウェルスも獰猛に吼える。《冥界の加護》により魂を見通すノスフェラトゥは、大きな魔力が蠢くのを確認できる。それこそが行くべき戦場だろうとすぐに分かった。
一方でシュウもまた、ノスフェラトゥの行く末を見守るためについていく。
あらゆる戦いで敵を圧倒していたノスフェラトゥにとって、今回は魔族の王バラギウム以来の強敵となるだろう。どのような反応を引き起こすのか、それが気になった。
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