第501話 古代の剣士
ハーケスは決死の覚悟でバラギウムを抑え込み、バラギスは水銀の刃を振り下ろした。仲間のハーケスをも巻き込む攻撃だが、躊躇いはしなかった。バラギウムの左肩を真っすぐ縦に斬り裂き、心臓部の魔石を破壊しようとする。
だが、バラギスの刃は魔石を破壊しきれず止まってしまう。
「愚か者め。我が魔石をその程度で砕けると思ったか。驕ったな」
バラギウムは邪悪に嗤い、ハーケスの拘束も振りほどいて水銀の礫を放つ。至近距離で受けたバラギスは全身の各所を抉られた。その衝撃によりよろめき、痛みのために魔装も解いてしまう。
一緒に斬られたハーケスは
「駄目だったか。すぐに助け――ッ」
「テメェは厄介そうだからな。我が王の邪魔はさせねぇ」
援護しようとした『黒猫』もバラギウムに付き従う魔族から妨害を受ける。顎から胸にかけて無数の触手を生やしたその魔族は、目にも留まらぬ速さで無数の攻撃を繰り出す。『黒猫』は転移で攻撃範囲から逃れるも、触手は半自動で『黒猫』を追尾していた。
更には他の魔族たちも集中して『黒猫』を狙い始め、とてもではないが援護できなくなる。
そこでノスフェラトゥが霧化を解除して実体化し、血の槍でバラギウムの喉を狙う。完全な死角からの不意打ちだったので、血の槍は簡単にバラギウムを貫いた。しかしバラギウムは全く動じず、寧ろ水銀の槍でノスフェラトゥに反撃する。
ノスフェラトゥはダメージを受けつつもすぐに霧化して無効化した。
バラギウムはその霧を吸い込んでしまい、再び吐血する。
「毒か。小癪な奴よ」
その隙に怪我を負ったバラギスは距離を取り、ハーケスもノスフェラトゥが助け出す。お互いに傷は深いが、それでもハーケスたちは攻めきれなかった。つまり再び仕切り直しとなり、バラギウムは
ノスフェラトゥが血の蝙蝠を突貫させたが、少し遅かった。掲げられた
「傷は大丈夫か?」
「痛むがまだ動ける。ハーケスは?」
「
「だがこれでまた近づけなくなった」
「分かっている」
こうして我慢比べを続ければ、やがて力尽きるのはハーケスたちの方である。真の魔族であるバラギウムは既に傷も回復しており、魔力もまだまだ残っている。それに対してバラギスは半魔族なので傷の治りも遅く、魔力も能力もバラギウムの下位互換でしかない。
頼みの綱となるノスフェラトゥも
「バラギス、状況を覆す方法は一つだけだ。同化を使う」
ハーケスは
『捧げよ。この
「ああ、負担は承知だ。俺の魔力、俺の身体を捧げる。同化しろ!
途端に
だが決して乱用できる力ではない。
「ぐ、ぅ」
「大丈夫かハーケス」
「なん、とか。それより……集中だ」
同化した
バラギウムは
「温いわ!」
しかしながらバラギウムには届かない。
水銀を操り、ミキサーのように自らの周りで激しく回転させる。それによって二人の攻撃を弾き返し、そればかりか水銀の礫を飛ばして反撃してきた。ただその礫はハーケスの発生させた水流により防がれ、ノスフェラトゥとバラギスは無傷で済む。
大雨は視界も悪くしているため、的確に狙うのも難しい。バラギウムはどうしても広範囲に攻撃をばらまく必要があり、必然的に攻撃力は低下してしまう。また瘴血の霧は今も漂っており、下手に吸い込めば内臓にダメージを受ける。
「ばらぎ、す……のす、ふぇらと……今の、内に……」
同化したハーケスは息を荒くしながら大雨を維持する。覚醒していない身でありながら、その力を疑似的に操っているわけだ。身体にかかる負担は尋常ではない。何よりこの
ハーケスは水流を操ってバラギウムを足止めし、ノスフェラトゥとバラギスは絶え間なく攻撃を続ける。
「……いいだろう。我の覇道を阻む愚か者に、真なる王の威を知らしめてくれる」
大雨、血の槍、水銀の槍と攻撃を受け続けるバラギウムは水銀を操って身体に張り付ける。
そして意識を
「我を捧げる。我に力を与えよ」
『魔力を捧げよ。肉を捧げよ。骨を捧げよ。血を捧げよ』
「我が身と一つになるのだ、
激しい攻撃に晒されつつも、バラギウムは同化を発動する。黒い石が嵌められた杖は強烈な重力を発動し、周囲の時間すらも歪める。バラギウムの周囲で時が緩やかとなり、雨粒の一つですらはっきり認識できるようになった。
その瞬間、バラギウムを中心として地面に亀裂が走り、めくれ上がった。激しい魔力の放出によってあらゆるものが押しのけられ、無尽蔵に破壊し尽くす。
「よい……よいぞ。魔力が満ちてくる」
額に
消耗していた魔力は即座に回復し、再生力によって全ての傷を癒してしまった。そして何より、重圧のような魔力が空間に満ち、水中にいるかのように錯覚してしまう。
それを見て、言葉を聞いたバラギスは背筋が凍るような感覚がした。ほとんど反射的だったが、ハーケスの前に立ち水銀の防壁を幾重にも並べた。
だが、そんなもの紙ほどの防御にもならない。
「がっ!?」
「ごほっ!」
水銀の盾は貫かれ、その直線上にいたバラギスとハーケスは腹に大きな穴を空けていた。
「我の情けで生を許されていたに過ぎぬ愚かな半端者よ。もう死んでよいぞ」
バラギウムは邪悪に嗤いつつ、そう告げた。
◆◆◆
魔族に囲まれた『黒猫』は魔装を使って奮戦していた。空間を操る魔装に加えて、人形を操る傀儡の魔装が彼女の強みである。基本的には本来の魔装である空間操作で戦うが、傀儡の魔装も決して弱いわけではない。
かつて人類がディブロ大陸に住んでいた超古代において、最も強い魔装の一つに数えられたほどだ。故に古代兵器、トレスクレアのモデルにもなった。
『黒猫』はこの魔装を使って人形を生み出し、全国各地の黒猫拠点を管理させている。他にも情報収集で役に立つ。また本物の人間に魔装をかけて、人形として操ることも可能だ。
だが、この魔装の真価は別の所にある。
「手間をかけさせてくれるね。大人しく首を差し出したらどうだい小娘?」
「それはお断りだよ。あと、僕の方が年上だから」
『黒猫』と対峙するのは下半身が大蛇となっている女だ。頭部には牡鹿のように立派な角もあり、腕にはヒレに見える皮膜がある。どうやら様々な魔物と融合した魔族らしい。しかし多数の魔物と融合しているだけあって、魔族としては強力だ。
他にも全身が岩のような魔族、狼の身体に鳥の下半身を持つ魔族、火の粉を散らす翅を生やした魔族、全身が粘体で構成された魔族、身体に不釣り合いな大きさの腕を持つ魔族、背中に無数の花を咲かせた蔦の腕を持つ魔族など様々だ。
たった一人で戦うには相手が多すぎる。
それで『黒猫』は空間の波紋を生み出し、そこから痩せ細った男を引きずり出した。
「なんだいそれは? 肉盾のつもりかい?」
「そういう使い方も悪くないね。この男は八人を殺して金品を奪った犯罪者。荒野に追放されたところを拾っておいたんだ」
実はこのような死んだところで心が痛まない人間を幾つも確保して生かしている。その理由は人形遣いの魔装を最大限に活用するためであった。
「こんな無価値な奴でも魂は平等でね。だから価値のある人間に書き換えるのさ」
「う、あ、がああああああああああ!?」
『黒猫』が魔装を発動した瞬間、虚ろな男は激しく痙攣し始める。口からは意味をなさない言葉が吐き出され、ボコボコと肉体が変貌していく。痩せ細った身体は筋肉で引き締まり、干からびた皮膚には潤いが戻る。すっかり剥げていた頭部から髪が生えて、伸びっぱなしだった髭は綺麗に整えられた。
そうして完成したのは全く異なる人間。
「《
次の瞬間、魔族たちは魔石を両断されていた。
訳も分からず、自分たちが死んだことも理解できず、魔族たちは滅びる。文字通り一瞬の出来事であった。
「まぁ本来の力を完全に憑依させているとは言えないんだけどね」
覚醒した傀儡の魔装は超古代において最強候補の一つとされた。その理由がこれである。生きた人間の魂を書き換え、記録しておいた人物を再現できる。《
彼女が優秀な人間を集め、黒猫という組織の幹部に仕立てているのは、《
「あとはバラギウムだけ、ど……ッ!?」
突如として感じた凄まじい魔力の奔流に、思わず『黒猫』は身構える。空間を操る魔装の副作用もあり、時空の強い歪みを感知できた。
咄嗟に思いついたのはバラギウムの保有する
「まさか同化!? これは不味いね」
『黒猫』はハイレインの人形を伴って重力の発生源へ急いだ。
◆◆◆
一体何が起こったのか。
初めハーケスは理解できなかった。何かが身体を通り抜けたような感覚の後、すぐに痛みで上書きされたからだ。
吸血種の能力は吸血によって成り立っている。
再生能力とて使いすぎると血液不足に陥り、能力の低下と共に激しい渇きに襲われるのだ。
(血、ガ……欲しイ)
バラギウムの一撃により、同化も解けてしまった。
いや、それ以前に身に纏っていた
一方で同化状態のまま致命傷を受けると、それは
ハーケスが受けた即死級のダメージは
しかしハーケス以上に危険なのはバラギスである。
吸血種化していないため、致命傷は致命傷のまま。人間と比べれば回復力も優れているが、流石にこれをすぐに治せるほど規格外ではない。
「ハーケスさん、私が時間を稼ぎます」
「やはり貴様だけは格が違うようだな。消し飛べ」
とどめを刺そうと近づいてきたバラギウムを阻んだのは血の蝙蝠による目くらましだ。目を引いた隙にノスフェラトゥは背後から槍で貫こうとしたが、バラギウムは振り返ることもなく黒い塊を放つ。それはノスフェラトゥの身体を上下に分断するほどの威力だった。
だが始祖吸血種であるノスフェラトゥはこの程度のダメージすらものともしない。霧化して傷を無かったことにすると、濃密な瘴血の毒素でバラギウムを侵す。
「それはもはや効かぬ」
しかしながら瘴血の霧はバラギウムが浮かべる複数の黒い球体が吸い込み、本体まで届かなかった。
小さくまとまった
「我は偉大なる
バラギウムを中心として通常の五倍にもなる重力が発生し、ノスフェラトゥも地面に叩きつけられる。しかも重力はまだまだ強くなり、十倍、二十倍と増大していく。ただの人間ならばすでに死んでいるであろう重力の中でも、ノスフェラトゥは原形を保ったまま血液を操ろうとする。
通常より遥かに重力の強いこの空間では、今までと同じ感覚で血を動かすこともできない。
「貴様は塵一つ残さぬ。我が前より消失せよ」
手元に巨大な
だが
「どうにか間に合ったよ」
初老の剣士を伴う『黒猫』に救われた。
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