第248話 冥王と怠惰王
死魔法を受けた怠惰王はびくともしなかった。
シュウをも超えるのではないかと思われる魔力が死魔法をも阻む。
「なるほど」
シュウの眼には魂の次元が映る。
死魔法を得た代償、あるいは恩恵として魂を目視することができるようになった。しかしながら怠惰王の魂は非常に巨大であり、とても抜き取ることができそうではない。また魂の次元に渦巻く魔力も濃く、触れることすら難しいだろう。
「まるで一つの星だ」
「星、ですか?」
「あれ一つで星を上回るエネルギーを秘めている。確かに『王』と呼ぶに相応しい。大地そのものになったドラゴンだ」
存在そのものが大地、というのは比喩ではない。
怠惰王が唸ると同時に砂漠がうねり、自らの力の一部を剥ぎ取った者を地の底へと飲み込もうとする。シュウとアイリスは浮遊してそれを回避するが、砂は意志を持っているかのように蠢いて二人を捕らえようとしていた。
また砂は人の形となり、魔力を吹き込まれ、鬼系の魔物となる。
「ガアアアアアアアアアアアア!」
大柄な肉体に刻まれた黒い稲妻の模様。シュウは
(アイリスも避難したか)
確認すると同時に死魔力を放つ。
弾丸のように放たれた漆黒の魔力は雷撃を貫き、殺し尽くし、そして
更には大量の死魔力を解き放ち、怠惰王に襲いかかる。概念的死がごっそりと怠惰王の肉体を削っていく。しかしながらあまりにも巨大であるため、全体からすれば本当に一部でしかない。また怠惰王も、削られ殺された肉体を即座に補填してしまう。
砂が吸い上げられ、傷口を埋めるように補っていく。
やがてその砂は怠惰王の肉体として一体化する。
「あれが魔法か」
怠惰王は巨体ゆえに重く、動きが遅い。いや、ほぼ動かない。今も多少身じろぎする程度で、足すら動かしていないのだ。だがそれだけで大地も空気も揺れる。また魔法と思われる力によって大地そのものが怠惰王の味方だ。
シュウも空を飛べなければ危なかっただろう。
ひとまず移動を優先して怠惰王の巨体の下から脱出を試みる。上も下も塞がれている状況は流石に戦いにくい。寧ろ上を取ることができれば有利となる。
だが怠惰王も逃さないとばかりに砂から強力な鬼系魔物を生み出し、あるいは砂そのものを操ってシュウを仕留めようとする。
(それなら)
霊体化によって物理的影響を無視し、掌に魔力を集める。また魔力を魔術によって熱へと変換した。断熱結界によって熱せられた空間には炎が生じ、それが赤、橙、白、青へと変化していく。やがてその炎が透明になった時、魔術は完成した。
シュウはそれを怠惰王の腹に向かって放つ。
《神炎》と名づけられたこの魔術は、高エネルギー過ぎるが故に可視光を通り越し、透明になった炎によって物質を崩壊させる魔術である。強烈な電磁波を放射する透明な炎は原子を破壊し、そこから生じたエネルギーすら喰らって肥大化する。そこに物質がある限り、無制限に広がり続けるのだ。
超高温によって光が歪められ、まるで空間が歪んでいるかのようになる。
怠惰王の腹は《神炎》の直撃で徐々に崩れ始めた。
本来ならこれで終わりである。しかし《神炎》の本来の効果とは裏腹に、透明な炎は徐々に収縮し始めた。これにはシュウも驚かされる。
(あれは……炎の熱を奪い取って自身の肉に変換している?)
砂を埋め込んで肉体を補完したように、今度は炎を埋め込むことで肉体を補完したのだ。てっきり大地を操る系統の魔法と思い込んでいただけに、驚いてしまった。
(となると、俺の死魔法に似た性質か? あるいはエネルギーの形態を変化させる魔法? これを殺し切るのは無理があるぞ……)
怠惰王の魂さえ確認できれば、死魔法で抜き取ることができる。あるいは死魔力で完全消滅させることができるだろう。
しかし相手も『王』であり、簡単にはいかない。
魂の次元は嵐のように魔力が吹き荒れ、死魔力で浸透させようとしても怠惰王の魔法魔力が阻む。
(空間魔術で別次元を作って封印するか……あるいは採算度外視で死魔力を使い続けるか)
生み出される鬼系魔物の大軍に《
今も怠惰王は砂から形作って鬼系魔物を生み出し続けている。これほどの魔力を持っているのならば、強力な鬼を幾ら生み出したところで損失は微々たるものだろう。
だが、ここでシュウはある事実に気付いた。
(そういえば……なぜこいつは地竜系魔物じゃなく鬼系を生み出している? そもそもなぜ違う系統の魔物をこうも簡単に生み出せる?)
知能ある魔物が自らの魔力を使って配下を生み出すことは不思議なことではない。シュウも眷属として霊系魔物を生み出し、使役することもある。最近はめっきり使わなくなったが、昔は影の精霊もよく召喚していた。
だが、普通は同系統の魔物しか生み出せないはずなのだ。
こればかりはどれだけ魔術を研究しても変わらなかった。人間が魔物を生み出すと不死属系にしかならないように、シュウが生み出す魔物は霊系にしかなり得ない。
(そこにコイツの魔法を解き明かすヒントがある……とすれば、鬼系魔物の生まれ方にも理由があると考えるべきか)
死魔法で雑魚の鬼系魔物を一掃し、再び誕生した
(魂の再利用、というわけでもないか。そうだったら俺の死魔力で復活できなくなるし)
怠惰王は同系統の地竜系は生み出さず、常に鬼系を生み出してシュウを襲わせる。その程度はシュウにとっても大した障害とならず、寧ろ触手のように迫ってくる砂の塊の方が邪魔だ。
この砂を操る能力も魔術陣が使われていないので魔法だと思われる。
(砂を操る、砂から鬼系魔物を生み出す、そして傷ついた肉体は砂や炎で埋めて再生できる……)
分かっている性質を並べてみるも、そこから法則性を導き出すのは難しい。
取りあえず出現する鬼系魔物を殺しつつ、怠惰王の下からは脱出した。空が見えたと同時にシュウは上向きの移動魔術を発動し、一気に上昇していく。
そして三つの立体魔術陣を眼前に並べた。
その内部には大量の魔力が集まり、凝縮され、小さな黒い石のようになる。
加速魔術で発射された三つの《
(ちっ、硬い)
だが、流石は地竜の最高峰というべきだろう。
腹の部分と異なり、側面部は堅い竜鱗によって守られている。《
ともかく自然エネルギーを利用した攻撃すらまともなダメージになっていなかった。
(それなら)
シュウは右手を掲げ、そこに立体魔術陣を展開する。
すると空が赤く染まった。
魔力障壁に加重魔術と加速魔術をかけて落とす禁呪級魔術、《光の雨》。魔術陣の規模と比べて大きな効果が得られるとして、都市破壊の際には何度か使ったことがある。
魔術で加速された球状の障壁は空気抵抗すら引き裂き、終端速度を突破して怠惰王へと降り注ぐ。山脈を更地にできるオレンジ色の雨に晒され、怠惰王は体を揺らした。その衝撃で地面が大きく揺れる。
だがそれでも四本の足をしっかりと地面につけており、倒れ伏す様子はない。
肝心のダメージだが、やはり竜鱗を破壊した様子はなかった。ただ衝撃は内部まで浸透しているらしく、呻きのような咆哮を上げている。
(霊体化していなかったらヤバかったな)
ただ咆哮するだけで四方八方に衝撃波が発生する。
恐ろしい相手だ。
更に怠惰王は強大な魔力をその内側から発する。それは徐々に一か所へと……口腔内へと収束し始めた。竜系統の魔物が好んで使うブレス攻撃である。魔力をシンプルに熱や圧力などへと変換して放射するというもので、収束している分だけ威力が増す。
そんなものを怠惰王クラスの竜が実行すれば、その威力は予想もできない。ただ、怠惰王は首を動かすことなく、明後日の方向を向いてチャージし続けていた。
(何をする気だ?)
吐き出されるブレスは見当違いの方向へと放射されることだろう。発射直前に首をシュウの方へと向けるのかとも考えたが、そんな様子もない。寧ろ微動だにせず魔力の集中に努めている。
(まさか惑星を一周させて当てる気じゃないよな?)
ゾッとするような想像が脳裏を過ったが、怠惰王はその予想を裏切る。
解き放たれた青白い光は、鋭利な角を描きつつ屈折しシュウへと迫ったのだ。まさかブレスがあれほど鋭く曲がるとは思わず、回避不可能と悟る。そこで賢者の石を使って転移魔術を発動し、思い描く場所へと移動した。
だがシュウが回避した後もブレスは自由自在に屈折し、しつこくシュウを狙う。とはいえ空間転移があれば回避はそこまで難しくもなく、賢者の石を使えばほぼノータイムで移動が完了するので一向に当たる気配はない。
ならばと怠惰王もやり方を変えてきた。
屈折し続けるブレスが突如として直角上向きに曲がる。
(何を……?)
一瞬、上空にいるアイリスへと標的を変えたのかとも考えた。しかし感知できるアイリスの位置とは全く異なる場所へと屈折しているため、それはすぐに否定された。
空高く昇っていくブレスは、まるで光の柱。
そしてそれは天を衝き、広く空へと広がる。
ブレスはそこで変化し、魔力弾として雨のように地上へと降り注ぎ始めた。線の攻撃が当たらないなら面で攻撃しようと考えるのは当然の帰結だった。
シュウは転移でアイリスのもとへと移動し、そこで空に向かって死魔法を発動する。死とはエネルギーの消失。降り注ぐ魔力弾はシュウに刈り取られ、代わりに死を与えられた。二人のいる場所を除き、魔力弾が地上へと落ちていく。
雨のように降る魔力弾は一発一発が強力で、砂の大地とはいえ大きな穴を空けるほどであった。大量の砂煙が舞い上がり、怠惰王の体の下半分が隠れる。
「シュウさん! どうするのです!?」
「ちょっと黙ってろ!」
シュウは実体化して空間魔術を発動し、アイテムを保管している亜空間から五つの禁呪弾を取り出す。真っ黒な黒魔晶製の弾頭には闇の第十三階梯《
銃を持っていないシュウは、弾丸を加速魔術で飛ばす。
五つの禁呪弾は等間隔に怠惰王の背中……山脈の峰にも見える部分に直撃した。そこで発動する《
まるでブラックホールのような魔術だ。
実質的に防御無視の攻撃であるため、怠惰王の背中は綺麗に削り取られる。
「効いた、か?」
「みたいですね……」
「あれでダメなら反魔力を使うしかなかったがな」
怠惰王は大きく体を削られている。
流石にこの巨体でも禁呪五発は堪えたらしく、膝をついて倒れ伏した。その際に大地が激しく揺れ、砂が大きく舞い上がる。
その巨体が全て隠れてしまうほどの砂はシュウやアイリスのもとまでも届いた。
「これは骨が折れる仕事だな」
「倒しますか?」
「いや、適当なところで切り上げる。『剣聖』と『聖女』を無事に帰すのが目的だからな。あと七日も戦えば撤退も完了するだろ。たぶん」
「えー……」
「文句は『鷹目』と『黒猫』に言ってくれ。それと助けると決めた自分自身を恨め」
「はいはいなのですよー」
人知れず、冥王と魔女は怠惰王と戦う。
七日七夜の間その戦いは続き、大地は揺れ続け、砂は舞い上がり続け、その異変はスラダ大陸にまで届くことになる。終焉と終焉が
魔王討伐に失敗し、その魔王を怒らせた。
これが一つの転機となり、スラダ大陸の事情は混迷を極めていくことになる。
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