第221話 暴食の兵団②


 暴食王と喰魔豚鬼エリュト・オークは強敵だ。

 いや、強敵などという言葉で片付けることができないほどに強い。そしてこの二種にだけ目が行ってしまいそうになるが、それ以外の種も強すぎる。

 シンクたちは必然的に苦戦を強いられた。



「ぉおおおお!」



 聖なる刃を喰魔豚鬼エリュト・オークへと叩きつける。だが『剣聖』とまで呼ばれる彼の剣を喰魔豚鬼エリュト・オークは回避してみせた。

 そもそもの身体能力が違いすぎるのだ。

 聖なる刃は一撃で魂を滅する強大な力だが、当たらなければ意味がない。



「シンク殿、動きが雑になっていますよ」



 そしてラザードがシンクをフォローする。

 迫る豚鬼たちを魔力の腕が阻み、そして時にオリハルコン製の剣で攻撃する。かつて彼は複数の魔剣を操る聖騎士であったが、今はスタイルを変更している。それは魔術で次々と剣を作り出し、使い捨てにする勢いで猛攻を仕掛けるという方法である。

 ソーサラーリングの開発によって魔術の発動が簡単となり、錬金術もデータとして実装されたことがきっかけだ。今はハデスとオルハの共同開発で完成した特別製のソーサラーリングを使い、オリハルコン製の剣を土から錬成して戦うことにしている。

 ラザードの魔装はそれほど魔力消費が大きくないため、余っている魔力を有効活用するためにこのような方法を採用した。

 千にも及ぶ魔力腕のそれぞれにオリハルコン剣が装備され、一斉に刺突する。

 それだけで迫る豚鬼の軍勢は死体ミンチとなった。勿論、それらは魔力として霧散する。



「それにしてもこの魔物、厄介ね」



 アロマは種子から樹木龍を呼び出し、暴食王にぶつける。

 一方で暴食王は分解魔法で余裕の対応を見せる。近づく樹木龍は瞬時に分解され、その歩みを止めることはない。視界を遮る樹海の生成によって分解魔法の直撃は避けているが、このままでは時間の問題に思えた。

 まだアロマが辛うじて拮抗できているのは暴食王が本気で戦おうと考えていないからだ。

 いや、本気を出させないようにアロマが調整しているからともいえる。

 やり過ぎて暴食王に全力の魔法を使わせてはならない。だが手を抜きすぎればそのまま殺される。これは絶妙な戦術眼の上に成り立つ戦いだった。

 彼女は更に大樹を操り、二体の喰魔豚鬼エリュト・オークを絡めとる。魔力を喰らう大樹と魔力を喰らう魔物の戦いは、後者の勝ちであった。足止めにはなるが、徐々に大樹が喰われていく。

 だが、これで良い。



「フハハハハハァ!」



 僅かであっても動きを止めた喰魔豚鬼エリュト・オークにナラクが最強の一撃をぶつける。一切の魔力攻撃が通用しない喰魔豚鬼エリュト・オークに最も有効なのは、間違いなく物理攻撃だ。

 ただ物理攻撃と言っても身体強化の魔装によるものであるため、最大威力をぶつけることは難しい。インパクトの瞬間、多少は魔力を喰われてしまうからである。

 一発ではまるで効かない。

 ならば二発、三発……いや何度でも。

 ナラクは攻撃を止めない。



「ハッハッハッハァッ! こいつは硬ェ!」



 分厚いゴムでも殴っているような感覚。

 しかしナラクは自分ならば破壊できると信じて力を込める。



「ラアアアアッ!」



 手応えあり。

 その感覚は正しく、喰魔豚鬼エリュト・オークの腹が大きく陥没していた。偶然だが、骨や筋肉の隙間となる急所を突いたのだ。

 そして彼は学ぶ。『暴竜』として活動していたナラクにとっては不要だった急所を的確に狙うという戦闘術を。



「分かってきたぜェ。り方がよォ!」



 力を込め、敵の急所へと拳を抉り込ませる。

 力を溜め、敵の急所へと脚を抉り込ませる。

 魔物が魔力で肉体を構築しているとしても、肉体という構造は変わりない。構造上、不可能な動きや避けられない急所は存在してしまう。

 強烈なナラクの連撃は喰魔豚鬼エリュト・オークの関節を破砕した。これで再生までの時間稼ぎになる。ナラクは次の獲物へと向かう。

 こうして覚醒魔装士が四人も揃って連携しなければ足止めにもならない。

 それが『王』とその配下。

 シンクは改めて自分たちの認識の甘さを噛みしめていた。



「ラザードさん、もう一度やります!」

「わかりました。時間稼ぎをしましょう」



 再びシンクが刀を腰だめに構えて聖なる光を蓄積する。

 一方でラザードは無数の魔力腕にオリハルコンの剣を握らせ、乱舞ともいえる連撃を披露した。絶望ディスピア級の魔物には傷をつけることすら難しいが、打撃としての価値はある。それによって喰魔豚鬼エリュト・オークを前に進ませない。

 攻撃をするのは聖なる刃を宿すシンクだ。

 ラザードは既に自分ではダメージを与えることすら難しいと理解していた。



「はっ!」



 シンクは小さく息を吐きながら突きを放つ。

 刀身を伸ばしつつの攻撃で、それはラザードの連撃の隙間を通って喰魔豚鬼エリュト・オークを貫いた。魔力崩壊が魂へと届き、魔力体を維持できなくなった喰魔豚鬼エリュト・オークは滅びていく。

 魂にまで届くよう最大限に力を注ぎ込んだ聖なる刃だ。如何に絶望ディスピア級であろうとも抗うことはできない。



「よし、あと六体。二体をアロマさんが抑えているからこっちは残り四、と」

「シンク殿、そろそろ抑えるのが難しくなってきました」

「わかりました。また下がります!」

「それと倒し過ぎないように。次の作戦に響きます」

「はい。ですが……そんな余裕もありませんね」



 喰魔豚鬼エリュト・オークは普通ならば倒せない魔物だ。

 魔力を喰らうという魔導を有する以上、魔術も魔装も効かない。つまり物理攻撃で倒すしかない。しかし絶望ディスピア級ともなれば刃など簡単に跳ね返し、銃弾すら弾く。あまりにも魔力結合が強すぎるからだ。

 都市を拳で崩壊させるナラクの攻撃でようやくダメージを与えられるという域に到達するのだから、まさに絶望だ。

 唯一の例外がシンクやセルアの聖なる光である。

 アロマの魔装も魔力を喰らうという優秀な性質だが、喰い合いとなると喰魔豚鬼エリュト・オークの方が強い。彼女の抑えにも限界が訪れた。



「下がりなさい!」



 彼女の叫びがナラクへと届いた瞬間、喰魔豚鬼エリュト・オークの一体が大樹の縛りを完全に食い破る。そして超人的反応で飛び下がろうとしていたナラクへと拳の一撃を見舞った。

 ナラクも咄嗟に腕を交差して身を守るも、それすら粉砕して彼の胸へと直撃する。文字通り砕けた両腕が飛び散り、同じく砕けた肋骨が内臓に致命傷を与える。



「ごぼっ、が、ぁ」



 吹き飛ばされたナラクがアロマの側を通り抜け、逃げるように後退中だった部隊へと突っ込んだ。そこから悲鳴や狂騒が聞こえてくるが、今のアロマはそれどころではない。今にも踏み込もうとしている二体の喰魔豚鬼エリュト・オークに向かって左手を翳す。

 嵌められたソーサラーリングを通して、炎の第十階梯《火竜息吹ドラゴン・ブレス》が放たれた。それも五発同時に。

 《火竜息吹ドラゴン・ブレス》は超高温の水素プラズマを高速放射する魔術で、人の目には透明に見えてしまう。しかし高熱により光が歪められ、その軌跡はまだら模様となる。軍隊すら消滅させる戦略級魔術は喰魔豚鬼エリュト・オークに直撃し、周辺に生えた大樹を燃やし始めた。



(普通なら終わり、だけど)



 アロマは一瞬だけありもしないことを願う。

 だが、それは当然のように裏切られた。



(まぁ、そうよね)



 こうなることは分かっていた。

 よって《火竜息吹ドラゴン・ブレス》は時間稼ぎとして使用し、本命の準備を整えていたのだ。

 アロマが指を鳴らすと、二体の喰魔豚鬼エリュト・オークの足元が隆起する。そして巨大な樹木が喰魔豚鬼エリュト・オークたちを包み込むように急成長し、やがて天を衝くほどの大木となった。かつて緋王を封印したものの簡易版である。



「魔力を喰らうとしてもこれなら」



 足止めとしては充分。

 そして彼女はチラリと背後を見遣る。遥か向こうでは、吹き飛ばされたナラクが血で染まった大地に転がっていた。どうやら兵士たちには見捨てられたらしい。

 そこで彼女は再びソーサラーリングを使って魔術を発動する。

 使用する魔術は光の第十三階梯を拡張した《聖域快癒ホーリー・キュア》。ありとあらゆる傷や異常を修復してしまう汎用完全回復魔術だ。この魔術はどんな傷や異常をも治すという汎用性を重視したが故に術式が重くなっており、またその重大性から禁呪指定となっている。またこの改造禁呪は、魔力現象を閉じ込める禁呪《聖域(サンクチュアリ)》を元にしているので、余計に重くなっていた。

 しかし暴食王とその親衛隊を相手にする以上、ナラクを脱落させるわけにはいかない。それで躊躇いなく回復用禁呪を使用した。

 腕が両方とも千切れ飛んで内臓にも致死ダメージを負ってはいたが、それらが全て修復される。ナラクは起き上がり、自分の身体に起こったことを驚いていた。だが戦いに生きる彼はそのようなことを気にする性格ではなかったので、再び参戦するべく駆け寄ってくる。



「死んでいなかったようね」

「あんな簡単に死んでたまるかよォ! ここからだぜェ!」



 ナラクがそう宣言すると同時に、封印用大樹も破られた。

 回復のための時間稼ぎとしては充分だったが、改めて力の差を知らされる。



(このクラスが相手となると、命を捨てる覚悟が必要なのね)



 アロマはかつて緋王と戦った時のことを思い出し、そんなことを考えた。






 ◆◆◆






「あれ? シュウの奴はどこだ?」

「ギル様、一応ですがあの人は中隊長ですよ。奴とは何ですか」

「堅いこと言うなよキーン。それで知ってるか?」


 

 戦いが目前となり、準備で騒がしくなる砦。

 そんな中、中隊長でもあるシュウが見当たらないのは非常に困ることだった。ギルバートは一通りの戦闘準備を整えたのでこの後の動きを聞くつもりだったのだが、当てが外れたというわけである。



「私も見ていません。大隊長に呼ばれているのではありませんか?」

「あぁ、そうか。作戦とか説明されてるってことか?」

「かもしれませんね」

「酷い戦いになりそうだからな。まともな作戦であることを祈るぜ」



 窓の外から見える砦の南側では、多くの兵士が我先にと駆けこんできている。中には魔術を使うことを忘れて川を泳いで渡ろうとする者すらいるのだ。慌て過ぎて溺れる者を飛行魔術で助けている者すらいる。

 また更に遠くを見れば、激しい光が飛び交い、また樹木が生えては消えてを繰り返している。

 戦いの厳しさは既に伝わっていた。



「生きて帰りましょう」

「当たり前だ。俺だってこんなところで死ぬつもりはねぇよ。頼むぜキーン。俺の相棒」

「といっても、私は狙撃手ですがね」



 キーンは笑いながら魔装の狙撃銃を具現化する。



「俺が足止めして、お前がる。いつもの狩りと同じだ」

「ええ」



 二人は拳をぶつけあい、戦いへ向けて闘志を高め始めた。







 ◆◆◆







 シュウにとって人間の作戦は茶番も同然だ。

 どれだけ精強な軍を用意しても、どれだけ強力な魔装士を揃えても、どれだけ強力な魔術を開発しても、死魔法一つで片付けることができてしまう。

 暴食王もその気になれば倒せるだろう。如何に最も古き『王』の一体とはいえ、今のシュウからすればそれほど脅威ではない。



「全く、手を焼かせてくれる……」



 シュウはそう呟きながら溜息を吐いた。

 その原因は目の前で・・・・固まっている暴食王ベルゼビュートである。まるで石にでもされたかのようにその場で佇んでいた。

 また四方八方から襲ってくるアロマの樹木龍は死魔法で消滅させている。

 今は隠れていて人間から見えていなかったが、暴食王は彼らが抑え込んでいたわけではない。冥王によって抑え込んでいると錯覚させられていたのだ。



(地図上ではそろそろ後退も完了か。何か作戦があるみたいだし、撤退完了したらまた様子見だな。今回の戦いは人間側に勝利させておきたいし)



 仮想ディスプレイを思念操作しつつ、樹木龍を死魔法で滅しつつ、そして暴食王を停止させつつ、そんなことを考える。

 暴食王を止めているのは死魔法の応用だ。

 不死王や緋王との戦いでシュウは自分の魔法の本質に気付いた。魂に触れるというその本質を応用すれば色々と使い道がある。例えば時間停止魔術を魂に対して仕掛けると、その魂は活動を停止する。特に魔物であれば魂によって魔力体を構築しているので、その魔力体そのものも停止する。よって石のように固まってしまうのだ。

 暴食王も分解魔力で侵食しているので長くは持たないが、時間稼ぎにはなる。

 本当ならばこの間に死魔法で魂を抜き取りたかったのだが、黒猫の仕事を優先するためそれは控えている。



(これからの計画のためにも、最低一体は『王』を華々しく討伐してもらう。そのためならば茶番の仕掛け人だろうと、『王』の足止めだろうと何でもやってやる。だから失敗はしてくれるなよ)



 宙に浮かべたディスプレイによると、兵士はほぼ全員が砦に撤退した。

 そして暴食王の親衛隊たる六体の喰魔豚鬼エリュト・オークを抑えていたSランク聖騎士たちとナラクも川を渡り始めている。



(頃合いか)



 シュウは転移魔術を発動し、その場から消える。

 同時に暴食王は魂の縛りから解放された。



 分解魔法が解き放たれる。

 辺り一面、一瞬にして更地となった。









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