第117話 妖精郷の危機


 樹妖精ドライアドは樹木に寄生する魔物だ。そして樹妖精ドライアドが住む森は自然に恵まれ、豊かな生態系に変貌すると言われている。このように妖精系の魔物は総じて利を与える。そのため、幸運の魔物と考えられているのだ。



「珍しいな。名前を持つ魔物は」

「そうでしょうか? あなたも名のある魔物でしょう? それほどの圧を発していながら無名とは考えにくいですね」

「シュウ・アークライトだ」

「覚えておきましょう」



 通常、魔物は名を持たない。

 だがそれは名称にこだわらないだけだ。逆に自らの名を持つ存在は、それだけアイデンティティが確立しているということである。知能の高さにも直結しているため、そのような魔物は強くなりやすい。力と策を張り巡らせることで、強大な魔物へと進化することが多いからだ。

 ネームドの強さは傾向でしかないが、逆に強力な魔物はほぼ確実にネームドだと言える。



「だが解せないなアレリアンヌ。それだけの知能がありながら樹妖精ドライアド止まりか」

「私は魔力の全てをこの大樹へと与えました」

「……なるほど」



 人間の区分において、樹妖精ドライアド中位ミドル級だ。そして森妖精エルフ高位グレーター級となる。つまり単純な力の差を考えれば、この島で稀に見かけた森妖精エルフ精霊エレメンタルこそ、統治者となるのが普通だった。

 だがそうではない。

 妖精郷は大樹を中心としてアレリアンヌが統治している。

 アレリアンヌは自らの強化を放棄して、全ての魔力を寄生先である大樹に注ぎ込んだ。だからこそ、自然ではあり得ないほど大樹は成長し、島全体に結界を張るほどの特異性質を得ている。



「それで、俺の力を把握していながら姿を現すとは随分と大胆だな?」

「あなたほどの者だからです。隠れていても無駄でしょう」

「その通りだ」

「ですから、私たちは庇護を求めます。あなたに従いましょう。これは島全体の総意です」



 アレリアンヌの言葉に、シュウは首を傾げた。同じくアイリスも疑問を感じている。



「どういうことなのです? 私たちは今来たばかりなのですよ?」

「その通りだ。どうして島の総意だと言い切れる?」



 シュウとアイリスは偶然にも小妖精フェアリーを助け、その案内で妖精郷に訪れた。アレリアンヌはこの二人が来ると知らなかったはずであり、島の妖精系や霊系も知らなかったはずである。統治者が言ったからといって、島の総意になるとは考えにくい。

 そんな二人の疑問に、アレリアンヌは笑みを浮かべつつ答えた。



「今、妖精郷は危機にあります。その危機を脱するために強大な力を持つ者を探していたのです。お二人を案内した小妖精フェアリーもその一人でした」



 シュウは目を細めた。







 ◆◆◆






 大陸南西の海岸に、大量の船団が集められていた。船団といっても三隻で、それほど大きくもない。しかし搭乗者は物々しい武装をした者ばかりだった。



「積み荷は充分か?」

「ああ」

「おーい。籠を忘れんなよ」

「悪ぃ」

「おいおい。食料もそうだが、そっちも重要だぞ?」



 ここにいるのは男ばかりだ。

 そして数は八人。

 彼らは全員、魔神教の追跡から逃れた違法魔装士である。



「よし、完璧だな」

「おうよ。出航だぜ」



 それぞれ、大量の食糧を積み込んだ船を海岸から離す。三つの中型船が出航した。



「天気は最悪だが、風は最高だな」



 船は帆船。

 風の傾向によって船の速さが変わる。風向きは陸から海に向かっているため、出航には丁度良い。波に逆らって船を進ませるのは面倒だ。彼らはあくまでも魔装士であり、船を操るのが仕事ではない。故に有利な風はありがたかった。

 唯一の心配は暗い雲だ。

 流石に嵐は勘弁、ということである。



「帰ってきたら、俺たちは金持ちだ! やるぜ!」

「貴族様の依頼だからよ!」

小妖精フェアリーの捕獲に、出発だぜ!」

「おうよ!」



 彼らは命を対価に金を稼ぐ。

 密猟者による妖精郷の捜索が始まっていた。






 ◆◆◆





 妖精郷の危機だと告げるアレリアンヌ。

 一方でシュウは魔力の探知により妖精郷全体を探っていた。



(魔物の住処にしては魔力が少ない)



 魔物は魔力によって生まれた存在だ。数が増えると自然に周囲の魔力が増大する。つまり魔物たちの住処は魔力量が多いというのが通説だ。

 それは妖精系や霊系が多い妖精郷も例外ではない。

 しかしシュウが探知した限り、この妖精郷は明らかに魔力不足だった。



(島全体を隠す結界を張っているから当然か)



 霧の結界は広範囲かつ厚く張られている。それだけの結界を維持するとなると、常に相当の魔力を消耗していることになる。

 魔力が少ないのも当然だった。



(自然の恵みを得た魔物たちが、エネルギーを魔力に変えている。つまり太陽光や水から魔物を通して魔力を生産しているということだ。だが……足りていない。それにここは霧のせいで太陽の光もそれほど強くないから余計だな)



 大樹は魔物から魔力を徴収している。そして大結界を維持している。

 樹妖精ドライアドこそ、大樹の主であり、妖精郷の守護者。

 危機とは魔力不足に他ならない。

 魔物は魔力がなくては生命を維持できないのだ。妖精郷を守護しつつ、魔物たちを守るという矛盾を解消するためには、外部から新しい何かを取り入れるしかない。



「……俺に魔力を都合して欲しいということか?」

「これまでの会話でそこまで予測したのですね。その通りです。あなた様ほどの魔力ならば、容易いことだと愚考します」

「……」



 確かに容易い。

 仮にシュウが魔力の百分の一を解放したとしても、妖精郷を充分に存続させることが可能だ。それどころかこの島に住む魔物たちが莫大な魔力を吸収し、一斉に進化することだろう。また、与えたところで死魔法による回収もできる。一応、デメリットはない。



「だが、メリットはないな」

「不可能とは仰られないのですね」

「そうだ。それで、俺が魔力を提供する理由は?」

「初めに申しました。私たちが従います。あなたを王として……いえ、神として崇めましょう」

「それが対価だったというわけか。どう思うアイリス?」

「シュウさんが神ですかー」



 元は魔神教の信者だったアイリスからすれば、微妙な気持ちである。

 だが魔物からすれば強者に従うということはごく普通のことだ。安住のため強者の庇護を受けるというのはよくある話。アレリアンヌと妖精郷の住人もそれを選択したのだ。

 それで従うべき神を探すため、妖精たちは妖精郷を出て大陸へと赴いていた。

 シュウとアイリスを案内した小妖精フェアリーは残念ながら捕まってしまったが。



「シュウさん、受けるのです? シュウさんが従う意味はないのですよ」

「ま、そうだな」



 あまり乗り気ではないシュウを見て、アレリアンヌは視線を落とす。

 強大な力を持つ魔物にはよくあることだ。確かに強い魔物は、それ以外の魔物を従えて力を増し加えようとする。だが、限界を超えた魔物は孤高であり続ける。配下など邪魔でしかない。

 終焉アポカリプス級にして『王』の魔物であるシュウは、その孤高にして最強の魔物だ。

 妖精郷のために魔力を使う利益などない。

 しかし、シュウには特別な理由があった。



「だがアイリス。ここは住処に丁度いい。自然豊かで、アイリスが暮らすにも困らないだろう」

「街に行きたいときはどうするのです?」

「空を飛べばいい。『死神』の仕事をするときもな」

「それなら『鷹目』さんに転移してもらった方がいいのですよ!」

「ダメだ。奴に全てを知られている状況は避けるべきだ。あいつは協力者だが、無条件で味方になっているわけじゃない。念のため、奴の知らない手札を持っておきたい」

「あー……それなら」



 アイリスも納得である。

 霧の結界は強大な存在であっても突破は難しい。何故なら、妖精郷を覆う霧は侵入を防ぐためではなく迷わせるためにあるのだ。弱者から強者まで等しく侵入を防ぐという点で優秀である。



(魔力を家賃にするという風に考えれば、あながち理不尽な契約でもない)



 シュウとしても方針は決まった。

 そして魔力を解放する。

 冥王シュウ・アークライトが保有する全魔力の百分の一だ。僅か一パーセントの魔力ではあるが、禁呪を数百発放つに値する膨大な魔力量である。妖精郷に魔力を満ち溢れさせ、木々や草花は急速に成長した。

 魔物たちは急速に進化を果たし、それぞれが高位グレーター級にまで達する。また、余剰魔力から新しい魔物も誕生していた。

 勿論、アレリアンヌも進化する。

 その種族は神樹妖精セラフ・ドライアド。スラリと背の高い、それでいて美しい体のラインを残した女性へと変貌していた。一見すると人間と変わらないが、耳は少しだけ長く、頭部には飾りのように赤い花が咲いている。



「感謝いたします。我が神」



 そしてアレリアンヌは跪いた。

 進化を果たした他の妖精系や霊系魔物たちもシュウに対して頭を垂れている。

 シュウは告げた。



「俺は冥王シュウ・アークライト。そしてこいつはアイリス。今より俺たちが妖精郷の支配者だ」



 妖精郷の者たちにとって、与えられた魔力はまさに福音。

 絶大なる支配の力だった。

 たとえ側にいるのが人間だったとしても、彼らにとっては些細なことである。絶対最強にして神にも等しき存在が守護者となったのだから。







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