第13話 予言
八日後にシュウはイルダナへと向かい、いつものカフェテラスでアイリスと会った。すると彼女は、やはりユミル・バラードの話を出してきた。
「シュウさんはユミルが死んだのを知っていますか?」
「そうなのか?」
「そうなのです」
勿論知っていたが、シュウは惚けておいた。
既に八日前の話だとはいえ、期待の聖騎士がイルダナの近くで死体となっていたのだ。とんでもない騒ぎになるのも仕方ない。
それに、アイリスはユミルから強引に迫られていた。
死んだというのは印象深い事件だったのだろう。
「魔物にでもやられたのか?」
「いえ、恐らくは殺人事件です。とても鋭利な刃物で切り裂かれたような跡があったので、魔装士だと思われています」
「へー、犯罪者にも魔装士はいるんだな」
「そちらは軍の仕事なので、私たちはノータッチなのです。でも、魔装士の自由を訴えるテロ組織はあるみたいですよ」
聖騎士は教会の教義に則り、魔物の討伐をメインにしている。アイリスもそちらが仕事なので、同じ聖騎士が殺されていたとしても動くのは軍なのだ。
そして軍の仕事だが、国防に加えて犯罪者の検挙も含まれる。また、魔装士を国に縛り付けることを良しとしない犯罪組織も存在しているので、それらを相手にすることも多い。国の力は魔装士に依存しているところがあるので、国家として魔装士を野放しにするわけにはいかないのだ。
「そう言えば、魔装士って国に仕えるのが義務なのか?」
「はいです。ただし、ラムザ王国は神聖グリニアの属国なので、教会の聖騎士になるという選択もあるのです。でも、基本的には軍に入ることになるですね。魔装はエル・マギア神から頂いたもの。だから魔装士は神に仕え、人を導く立場にある……というのが魔神教のメインなのです。これに則ると、国が魔装士を管理するというのは合理的なのですよ!」
「導く立場の人間が勝手に動くと困るってことか」
「はい。なので神聖グリニアの属国では魔装士による独自組織を許していないのです」
神聖グリニアは魔神教の総本山もある大国であり、魔装士は全て教会に仕えている。一流の魔装士が聖騎士を名乗れるのは変わらないが、そうでない魔装士は従騎士として聖騎士の配下に入る。宗教国家なので、教会が全ての戦力を保有しているのだ。
そして神聖グリニアの属国では独自に軍隊を持つことは出来るものの、各地の教会は一部の魔装士を取り込んで聖騎士として保有している。神聖グリニア以外の教会では従騎士の仕組みがないので、実力がなければ軍に入るしかない。
ラムザ王国も同様だった。
属国でも魔神教は国教となっているので、魔装士となった者は人類を導く義務を課せられる。独自に発展する独自組織を作られると都合が悪いのだ。
「一昔前までは帝国に流れていく魔装士もいたのです。でも、最近は帝国も不安定気味ですからね。圧政が続くせいで内乱にまで発展しそうだと聞いたのです」
「帝国と言えば……神聖グリニアを上回る大陸最大の国土を持つ国だったか」
「あの国は属国から搾取することで急激に力を伸ばしたのです。実力主義な国風のせいか、属国出身でSランクやAランクの才能がある魔装士も、帝都を目指してしまいます。成り上がって市民権を獲得すれば楽な生活が出来るようになりますから」
「となると、帝国が強い魔装士を集める効率は神聖グリニアより何倍も上になるわけか」
「神聖グリニアは属国に何かを強制しているわけではありません。強いて言うなら魔神教を国教にさせていることぐらいなのです。それに魔神教は慈愛、尊重、叡智を大切にするので、民度が上がったというデータもあるのです」
ラムザ王国は帝国の属国にも接していない小国なので、戦争とは無縁だ。しかし、アイリスは教会の聖騎士であり、神聖グリニアまたはその属国が帝国から侵略を受けた場合、教会の援軍として出撃しなければならない可能性もある。
だからこそ、世の情勢についても少しは詳しかった。
ポンコツだが、よくよく考えればエリート聖騎士になったのだ。馬鹿ではないはずである。
「それに神聖グリニアは……というより、魔神教は未来視や過去視の魔装士を集めているのです。その力で潜在的脅威を取り除いているので、概ね平和なのです」
「そんな魔装もあるんだな」
「あまりにも強い力なので、エル・マギア神から愛されたという意味を込め、神子と呼ばれているのです。魔神教の中では聖騎士よりも特別な存在なのですよ!」
「ある意味、不老不死もかなりのものだけどな」
「私も実績を積めばそう言われるかもしれないのです。不老不死の能力は私の自己申告なので、教会もあまり信じてはいないのですよ!」
宗教というのは総じて面倒だという知識がシュウにはあった。しかし、魔神教は思ったよりまともらしい。少なくとも人間にとっては。
魔物であるシュウは討伐対象なので、注意が必要らしかった。
そういう意味では、シュウにとって帝国の方が安全なのかもしれない。
改めて自分は世界を知らないと実感した。
「まぁ、話は脱線したが、ユミルって奴がいなくなって良かったな」
「不謹慎ですが、それは本当に良かったのです。ユミルは透明化の魔装を持っていたので、いつ襲われるかビクビクしていたのですよー」
「ふーん。そりゃ恐いな」
「まさに女の敵なのです」
勿論、シュウは知っている。実際に戦い、脅威を身に染みて感じたのだから。
それに、ユミルを殺害して得られた魔力はかなりのものだった。実際に強かったのは確かだろう。あれで新人聖騎士なのだから、数年後に戦っていたら拙かったかもしれない。まだ実戦経験が浅いのが幸いしただけだった。
「ま、心機一転して頑張れよ」
「はいです。教会としては期待の聖騎士が殺されて大慌てですけど、私個人としては気持ちよく仕事できそうなのです」
アイリスが得をしたのなら、襲われた甲斐も多少はあった。
ふいにシュウはそんなことを考えるのだった。
次第に人間らしい精神を会得し始めているとは気づかずに……。
◆◆◆
シュウがユミルの死体を街の近くに飛ばしておいたお陰か、エルデラ森林は基本的に人の手が加わることなく時が過ぎた。浅い層は大量の薬草が群生しているので採取に訪れる人も多いが、中層以降になると全くいなくなる。
それはつまり、魔物にとっての平安を意味していた。
シュウが鬼系や豚鬼系の魔物を守護するようになってから五年。
つまりアイリスと出会ってからも五年以上経つ。
その間に集落は非常に大きくなっていた。
とは言え、単純な位階ではシュウに並ぶ魔物も多くなってきたのである。
それでも魔術の使えるシュウは最も強かったので、集落のボスとして君臨していた。
しかし、それほどの規模となれば人間にとっては危機となる。
そして神聖グリニアの首都マギアでは、神子がその危機を予言してしまった。
「南に凶星が光る……」
神子姫は未来視の魔装を持つ教会直属の少女だ。
拡張型未来視の魔装。
人間が持つ未来予測の能力を拡張し、予知の次元にまで高めている。人と言う生き物は、五感によって取得した情報を元にして常時未来予測を行っている。これはあまりにも自然なことであり、ほとんどの人はそれを未来予測だと実感していないだろう。
例えば、人混みの中で他者にぶつかることなく歩けるのも、五感情報から周囲の人の動きを予測し、一歩速く回避しているからに過ぎない。
神子姫の未来予知もこれと同じなのである。ただし、魔装の力によって普通では得られない知覚外の情報を無意識化で取得し、予測を行っている。
「そこは癒しの草が広がる所……」
神子姫の未来視はあくまでも予測の範囲だ。
故に得られる情報によって予測精度は大きく変化する。
時間的にも距離的にも、遠く離れるほど抽象的に、近いほど具体的になるのだ。
「門が二つ見える……一つは木で出来ている」
未来視が何を示しているのか、それは神子姫にすら分からない。彼女はただ、魔装の力によって頭に浮かんだことを告げるだけだ。
「もう一つは骨、血、腐肉、そして怨嗟と絶望で出来ていた」
吐き気を催す光景が浮かんだとしても、彼女は動揺したりしない。
予言中は一種のトランス状態であり、ある意味で意識と感情が遊離している。それ故、気持ち悪い光景を見ても感情に結びつかないのだ。
「人はどちらの門を潜ることも出来る。選択の日は近い」
そこで神子姫は倒れた。
付き添っていた女性神官が走り寄り、抱き起す。
「神子姫様は?」
「いつも通り、魔装の反動で気を失っただけのようです」
「では寝室へとお運びしましょう」
「分かりました」
二人の女性神官が神子姫を運んでいくのを目にしつつ、同じ部屋にいた司教たちが相談を始める。内容は勿論、先程の予言についてだった。
「記録は取ってあるな?」
「うむ。今回は随分と抽象的な予言だった。『選択の日は近い』と言っておったから、大きな未来を予言したのではあるまい。距離があるのだろう」
「『南に凶星』でしたな。やはり魔物が?」
「予言にて『凶星』と告げるほどなのだ。
予言の内容が示すのは、恐らく強力な魔物の発生。
それは全員が意見を一致させていた。
Bランク魔装士でどうにか対処できる
「問題はどこのことなのか……だが」
「神聖グリニアの国内ということはないだろうさ。それぐらいならば、もっと具体的な予言になる」
「となれば、属国の内のどれかだな」
「『癒しの草が広がる所』なのだろう? 単純に考えれば薬草のことではないか?」
「ふむ。南方の国で薬草の産地がある場所ならば候補は絞られるな」
場所は殆ど特定できたと言っても良い。
ならば、今回の予言で最も重要な部分に触れるべきだろう。
そう考えた一人の司教がおもむろに口を開いた。
「……選択か」
それはどの司教も気にしていたことだった。
読み取れる意味から察するに、何かの選択が必要なのだと分かる。
「木の門とはどういう意味だろう?」
「思い浮かぶイメージは平凡と言うところか。つまり、上手く選択できれば何事もなく終わるということではないのかね?」
「逆に選択を間違うと骨と血肉が飛び散り、怨嗟と絶望が生まれるということか。よもや
「馬鹿な……それは『王』クラスの魔物でも上位だぞ! 国が滅びる!」
「これは選択を間違える訳にはいかぬな」
司教たちが口々に言い合う中、未だ一言も発していない老人がいた。
その人物は司教よりも豪華な身なりをしているが、煌びやかと言うほどではない。しかし、彼らの中では最も位の高い人物だと予想することが出来た。
司教よりも上。
つまり老人は魔神教の教皇なのである。
「皆、一度静まれ」
教皇の言葉で司教たちが一斉に口を閉ざす。
そして教皇はそのまま言葉を続けた。
「此度の予言は恐らく『王』の魔物を示している。現在、このスラダ大陸に存在する『王』の魔物は不死王ゼノン・ライフのみだ。しかし、不死王が住むのは遥か西、帝国領だと分かっている。これはつまり、新しい『王』の魔物が誕生しようとしているに違いない。
故に放置するわけにはいかぬ。すぐに調査し、『王』となる魔物を早期に摘み取るのだ! 全ての教会へと連絡し、各地の司教に厳重注意を勧告せよ」
司教たちは同時に頷く。
魔神教が敵と断ずる魔物たちの中でも、『王』は格別の強さを持つ。決して放置するわけにはいかず、誕生させる訳にもいかない存在だ。
その日の内に各地へと連絡され、予言から予想できる魔王誕生の土地に調査の聖騎士が派遣されることになる。
それは当然、薬草の産地として有名なエルデラ森林も同様だった。
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