ハクジョー先生!!

はねかわ

プロローグ:ハクジョーな先生

 欠損の無いこの両足だけでは、己の道を歩くには足りえない。

 幼い時、その脚とはきっと親を含む大人達だった。



 子を愛する親は、まだ見ぬ未来までをも想って、道を指し示してくれる。

 嫌ってたまらない親は、見たくない現実を避けて、悪路に放り投げる。

 無関心な親は、何も示さないし、そもそも触れない。両足だけで立ち上がったら、お互いに勝手に進んで行く。



 私の親はそのどれでもなかった。ただ慈悲深く、私を憂いた。

 育てる義務感が感情の代わりだった。




 それから年を重ね、足で歩くことに慣れ、当然になっていくと、今度は道の決め方に色んな選択肢が生まれてくる。



 それは知識だったり、他人の助言だったり。誰かの背中だったりする。

 時には勢いに任せてみたり、真っ黒な汚濁に飲まれ、引きずられてしまうこともある。



 そうやって、一歩でも二歩でも歩みながら。

 泳ぎながら、流されながら、この命を進めていく。




 人間は考えるである。字は異なれど、生きるという意味で、人生という中では、そのどちらの意味でも通ずる。

 弱々しくも頭を使って生きている。そうやって、人はみな、その人の脚で進んで行く。



 だが、この世に生を受けた時から。弱い人間の中でさらに弱い人種であった私は──

 ただ、歩く。そのためだけに、三本目の足が必要だった。



 立派な両足があるのに、どうして。私自身が一番思い悩んだ。

 仕方のないこと。そう割り切るしかないのは分かっている。

 けれど、やっぱり受け入れがたかった。



 健康な肉体の中で、唯一の欠陥であるこの両目を、何度憎んだだろうか。

 無いに等しいのならと、何度ほじくり出して、踏みつけてやろうと思ったことか。



 ただ景色を見たい。ただ映画を見たい。ただ思い出を見つめたい。

 ただあの子のくれた恋文を、こっそり読みたい。



 それだけのこと。当たり障りのない人の欲求も、音を立てず霞み、散っていく。



 遥か遠くで、刑期を終えて自壊していく星を、ただ眺めるだけ。

 光はぼやぼやで、めり込むようにして見ないと、文字の輪郭さえ掴めない。

 こんな状態では、手ぶらで散歩に行くことも出来ない。



 鞄、財布、携帯、靴。そんなものを忘れたところで死なない。

 だけれど、この杖を忘れてしまったら。私は歩くことさえままならなくなる。



 この霧がかかり続ける世界で、私が歩くために欠かせないモノ。

 欠けた視力を賄うのは、眼鏡でもコンタクトでも、他の人の眼でもなく、この白い杖。



 魔法は出ない。発砲も出来ない。折り畳むために刀も仕込めない。



 取り柄にならないこの杖がなければ、私は人足りえない。

 止まることのない時間と社会にいながら。

 一人動かず、ただじっと、灰になるのを待つだけになってしまう。




 だからこの杖は、命の成りかけ。

 命が命である為の、道具と肉体の境界。



 それが教え育てる苗は、どんな実を付けるのだろうか。




 これは、生まれながらに弱視という障害を抱えながら、白杖と共に生きる一人の教師の話。



 とても薄情で、隠し事のできない、とっても白状な先生のお話。

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