選択

僕の意気込みはさておきだ。

こんな格好しておいてなんだけど、バビロン支部に着くまではどうしても変に目立つ。そんな中で、全く気にしない様子の赤髪片眼鏡高身長の男バティンが一名いるが、それはそれだ。

かといって認識阻害ローブを使用すると、同行する人間に僕の姿が見えなくなってしまう。 一つしかないローブに一緒に入る手もあるが、高校生が1人以上で使うには、中がギチギチで窮屈そうだ。動かないならそれでもいいけど、動く事は難しいだろう。

 という事で、支部施設に着くまでは足元まで隠れる大きなコートを衣装の上から羽織る事にした。


今回バビロン支部に乗り込んでルシファーの魔導書を取り返す事が出来なかったら、すぐに本部にルシファーの魔導書を移した上で、警備も強化され中級悪魔と僕の2人程度では取り返すのが困難になるのは目に見えている。

だから今回がルシファーの魔導書を取り返す最初で最後のチャンスになると思う。

 本来のルートでは、主人公がとっくに開けて召喚していたであろうルシファーの魔導書だ。そんな魔導書を盗まれた挙句、取り返すこともできなかったらもう僕は今後ご主人と顔を合わせれなくなるだろう。

 ただでさえ改悪してるんだから。

 

 

『ピロリン♪』


スマホの通知音が響く。その音に顔を向けると、どうやら僕の家の前に着いたというメッセージが来ていた。

急いで必要なものを手に取り、家を飛び出す。



 



 

「ごめん、お待たせ!」


時間帯は夜。扉を開けて外に出ると、二人の姿が月明かりに浮かび上がる。

星里さんとバティンだ。


「んじゃあ、行くか!」


バティンはそう言ってニヤリと笑う。まるで、これから起こる出来事が楽しみで仕方ないと言わんばかりだ。それに対し、星里さんは神妙な面持ちで、何かを言いたげにこちらを見つめている。

――まぁ、彼女が何を言いたいかは予想がつく。


星里さんを見ていると不思議と僕の飄々とした雰囲気はなりを潜め、自然と真剣な顔つきになったのが自分でも分かった。

そんな中、星里さんは重い口を開く。


「本橋さん……。本当にそれでいいの?悪魔である、あなたの契約者なんでしょ?それに、ここまで一緒に計画を練って、準備をしてきた仲間でもあるじゃない。それなのに宝生くんに嘘をついて、今日のバビロン支部への同行を拒むなんて……」


その言葉を聞いて僕は重々しくコクリとうなづく。

そうだ。今夜の作戦に、ご主人の姿はない……。

――それは僕が彼を呼ばなかったから。


厳密に言えば今日実行予定なのをご主人には明日に予定変更したと嘘をついた。

粗雑な嘘だから、明日にはすぐバレるだろう。けれど今日、ご主人が僕たちの元に来ないのならそれでいい。

ご主人は行く気満々だったから、ただの説得では通じないと思いこの手法を使った。


この件については、一昨日、星里さんに話しておいたが、彼女はまだ思うところがあるようだった。


確かに、ご主人とは一緒に計画を練ったり、成功を祈りながら準備を進めてきた。僕だって、ご主人を仲間外れにしたい訳じゃない。


「僕も数日前までは、ご主人と一緒に行こうと思っていたよ。でも――」


迷子の少年から始まったサブクエスト。


一般の職員ですら、人間を簡単に傷つけれる武器を持っている。そんな職員たちが集まる施設――それがバビロン支部施設だ。それに加えて契約者もいる。





バビロン支部に乗り込む事に対してどこか甘く考えていた部分があった僕には考えさせられる所があった。

 そんな所に人間であるご主人を連れて行って、人間である僕が守りきれるのだろうかと。

今までは上手くご主人を守れていたけどこれからもしっかり守れる保証ははっきり言ってない……。


 星里さんのようにバビロン支部に乗り込む目的が悪魔のバティンではなく、人間側の星里さんにあるのなら、バビロン支部施設に星里さんが同行しない訳にはいかないが、よくよく考えればご主人はルシファーの魔導書を自分のせいで取られたと責任感を感じて一緒に協力してくれているだけだ。

 これはもともと僕が原因の問題。

 ご主人ではなく僕が片付けるべきものだ。それにご主人を付き合わせていただけ。


 人間同士だから悪魔的な契約もちゃんと交わしてないため、ご主人が僕に必要以上に縛られる道理はない。

 わざわざ危険に晒させる事はないのだ。


 ここで危険に晒してしまって万が一、主人公であるご主人が命を落とすことになってしまう方が、それこそこの世界が僕のせいで起こったどの改悪よりももっと取り返しのつかないことになってしまう。

なにせそうならったら今後、どう足掻いても正規ルートに戻れなくなる。 

 だから本当のパートナーであるルシファーを召喚できるまでは、むしろ安全な所で大人しくさせといたほうがいいと考えた。

今までのご主人と一緒にいた時に現れた脅威は、どれもあちらからきたもので避けられようがなかったが、今回の場合僕らが仕掛ける方だ。

 ご主人の命を脅かさずにすむ選択が出来るのだ。


 ただ、なんだかんだ言ってみたけど、やっぱり一番は――。



この一ヶ月、ご主人と共に過ごす日々の中で、僕の中で何かが変わってきたように思う。原作ゲームをプレイしていた頃には雲の上の存在としか思えなかったご主人が、前よりも近い存在に感じられる。その距離感が嬉しい。


 最近になって前世の男友達とバカやって笑い合っていた頃を思い出した。今世ではろくに友達も今まで出来なかったから、久しく忘れていたのに。

 きっとご主人と居る事が楽しいからだろう。


――そう思わせてくれるご主人を大切にしたいと思った。

 そう思える友人を作る事は簡単な事じゃないから。


ご主人は、僕の事を友人とは思っていないだろう。自業自得だが、自分がそういう風に仕向けて今の人間と悪魔という主従関係があるからだ。

 それでも僕は構わない。

 

散々嘘をついてこれからもつく事になるだろう最低な僕だけど、この気持ちだけは、最低限自分自身に対してだけでも正直でいたかった。

 自分自身にも嘘をつき始めたら、本当の意味で自分を見失う気がしてならないから――。

 

 

 

 

 そういった思いが数日前の件で強くなり、僕にこの選択をさせた。


でもこれを星里さん達に喋るのはなんだか気恥ずかしくて言えないから――。


「僕は上級悪魔だよ?ご主人の手を煩わせる必要がないと思ったからね。それに僕は悪魔と人間のコンビで戦うよりソロの方が向いているから」



――胸を叩いてそう強がって見せた。


星里さんは何を思ったのか片目をつむり言う。


「……分かったわ」


その後、肩からずり落ちかけたバッグを無造作に持ち上げ、もう一度背中に掛け直した。その動作に気づいた星里さんがふと問いかける。


「どうしたの、そのバッグは?今から動き回るなら邪魔にならない?結構荷物入ってそうだけど」


「あぁ、これかい?これはね。少し前にご主人のとこから見繕ってもらったやつが入っているんだ。このバックもご主人のだしね。中身は――」


「そろそろ行くとしようぜ。時間は待ってくれねぇ」


 前を行くバティンの言葉で遮られ話が途切れる。

 僕と星里さんも互いに顔を見合わせながらうなづいて、先を進むバティンの後を追った。


 

こうして僕たちは支部施設に向かうため、夜の闇の中へと足を踏み出すのだった。

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