迷子の少年 後編
原作ゲームにはメインストーリーに直接絡まない、サブクエストなるものがある。
メインストーリーに絡まないが、報酬がもらえたり、ランク上げのためにやったりするものだ。
そんなサブクエストの一つに男の子を連れ去ろうとするバビロン本部の職員から男の子を守るサブクエストが存在した。普通に拉致ろうとしてくるので犯罪だが、この世界での法律なんてあってないようなもの。
少年が狙われる理由は、彼が魔導書を開き、悪魔や天使を召喚するために必要な適性を持っていたためだった。一部例外を除いて、一般的に悪魔や天使と契約するには魔導書を開ける適性が必要不可欠であり、この適性がなければそもそもの召喚まで辿り着けず、契約までいかない。そういう事だから、適性を持つ者は世界的に見ても多くはないため、非常に貴重な存在とされていた。
それから召喚して交渉し、悪魔や天使と契約まで結ぶ事になるのだから、契約者になるまでの道のりは実はかなりハードだったりする。そんな契約者と同様に適性のある人間は、いわば花を咲かせる前の種のようなものなので、天使や悪魔と契約している契約者を出来るだけ増やしたいバビロンという組織にとってどうしても欲しい存在だった。
それに加えて今バビロンが抱えてる、契約者には扱いにくい一面がある。良くも悪くも型破りな人物が多く、統率が難しいのだ。だから、幼い頃から自分たちに都合の良い教育を施し、従順で使いやすい契約者を育てようと計画されたのが、そもそもの始まりで、この少年はその標的となり、親とはぐれた所を拉致されようとしていた。
そんな状況に主人公が居合わせ、バビロンの職員を撃退して少年を救うまでが原作ゲームでの流れだ。けれど、主人公ではなく、僕がその立場になるとは思いもしなかった。
でも収穫はあった。驚いたことに、原作ゲームの根本的な部分を僕がメチャクチャにしてしまったにも拘らず、このサブクエストは原作ゲーム通りに進行していという事だ。僕が介入しても影響を受けない箇所があるといのは、知れてよかった情報だ。
とにかく、この少年はターゲットにされた被害者だ。僕が守らなければならない。
原作ゲーム通りなら、この2人は天使や悪魔と契約をしていない一般職員のはずだ。今回の相手が契約者ではないのは幸いだろう。
バビロンは多くの契約者を抱えているが、その数には限りがある。そのため、契約者が出る幕ではない場面では、一般職員が任務を遂行することもある。一般職員は組織の戦力増強のため研究に回されることもあるが、今回相手をしているのはその一般職員のようだった。
突然、女が叫ぶ。
「――ッ!なぜそれをっ!?答えろ!」
意識を彼女の方に戻すと、さっきまでの穏やかな優しい雰囲気はどこへやら、女は目を大きく見開き、狼狽している様子だった。男の方も焦りが顔に現れている。そんな男はポケットから何かを取り出した。
それは黒い特徴的な形状――まさか銃?だが、普通の銃ではない。近未来的なデザインからして、あれは間違いなく『対魔銃』だ。
バビロンという組織は天使や悪魔を扱うため、これらと敵対する場合もある。そのため備える必要がある。それで開発されたものの一つが「対魔銃」である。
この銃は天使や悪魔などの人間より上の上位存在にダメージを与える事のできる特別な設計がなされている。
とはいえ、一丁や二丁で天使や悪魔を消滅させることは難しく、せいぜい傷を付ける程度の威力だ。しかし、それでも上位存在にダメージを与えれるほどの威力なため、人間相手では普通の銃よりはるかに危険な存在と言えた。
この男。僕は今ツノもつけてないし、悪魔コスさえしていなければ、悪魔だと名乗ってないから僕の事を普通の人間だと認識してるはずなのに、こんな強力な銃を僕に向けてきた。
……信じられない。
人間にそれを向けるって今自分達が何をしてるか分かってるの!?
冷静に見えたけど、こっちの方が動揺してちゃんとした思考が出来ていないのだろうか。
「なぜバレているか知らないが、それを知っている以上、お前にも来てもらう必要がある。山下、武器を取り出して構えろ!何を突っ立っているんだ!」
焦った様子で男が叫ぶと、女も動揺しながら対魔銃を取り出した。
周囲に人が多い中で銃を構えるなんて……呆れるを通り越して言葉を失う。
その一方で、周囲の人々がただただ僕たちを奇異の目で見ている。
「ねぇ、なにこれ今なにが起こってんの?」
「いや……分からない。銃みたいなの持ってるしこれやばくないか。警察に……」
「いや、多分これ、何かのドラマの撮影とかじゃないの?」
「え、そうなの」
「だってあの銃よく見たら、SFに出てくるような見た目の銃じゃん?ちゃんとした銃っぽくないし、おもちゃだよあれ」
一般の人々には、この銃がどれほど危険なものか知る由もない。彼らにとっては、何かの撮影の一環に見えたのだろう。確かに、天使や悪魔を相手取るための特殊な構造ゆえに、見た目も普通の銃とは違っているからなぁ。
しかし、この状況はまずいな。こんなに多くの人々がいる場所で、僕が能力を使うわけにはいかない。目の前の2人が大胆に銃を構えられるのは、何らかの隠蔽策があるからだと信じたいが、だからといってこちらが迂闊に腕輪の力を使うことはできない。
そう考え込んでいると、腕が軽く引っ張られる感触があった。そちらを振り返ると、手を繋いでいる男の子が不安げな顔で僕を見上げていた。その表情にハッとさせられる。
そうだ。この男の子の安全を最優先に考えなければならないのに、僕は他の状況にばかり気を取られていた。この子の手を強く握り、心を奮い立たせる。
「行くよ!安心して、僕がなんとかしてみせるから!」
そう声をかけると、僕は少年の手を引き、一気に駆け出した。驚いた職員たちが慌てて追いかけてくる。
「待て!逃がすな!」
彼らがそう叫ぶ中、対魔銃を撃ってこないのは幸いだった。さすがに周囲の人の目がある中で発砲すれば、いくらバビロンでも隠蔽しきれないだろう。とはいえ、油断はできない。
「くそっ!面倒かけさせやがってっ」
そう男が悪態をつく。
走っている僕達に人々の目線が僕達に集中しているのを感じたが、今はそれどころではない。
というか最近、僕追いかけられてばっかりだな。
僕は鬼ごっこは鬼役の方が好きなんだけど。
ショッピングモールでこんな鬼ごっこをしているのは逃走中と僕くらいなんじゃないか。
ショッピングモール内を駆け抜けると、僕は周囲の景色を一つずつ確認していく。
僕が走り出したのには訳がある。
いずれこの追いかけっこを続けても僕の立場が好転するわけではない。周囲の人間達が傍観するだけで助けにならない以上、結局はあの2人を戦闘不能まで僕が持っていくしか現状を収めることはできない。
だからと言って腕輪の氷の力は人目があるここで使いたくはない。厳密に言えば僕個人の正体を隠せるような悪魔コス状態ならまだ良いが、今の格好は学校の制服。
この状態で使ってしまえば、学校名まで丸わかりだし今後の僕の学校生活が息苦しいものになるだろう。
それで人目がない所を探す事にした。
ショッピングモールでそんな所あるのかと思うけど、探すしかない。
様々な店を避けながら走り続ける。そこである程度走り続けて目に入ったのは「関係者以外立ち入り禁止」の文字が書かれた看板が置いてある通路。
僕は迷わずその通路を進む。
立ち入り禁止の場所に入るのに抵抗がない訳じゃないが、この状況では致し方なし。この子を無事に家に帰すためだ。
この場所なら関係者以外は立ち入り禁止なので、人目が少なくなると思ったからだ。
しばらく通路を進むと、いくつかあったドアがあった。鍵が閉まっているドアが多かったが、その中のひとつに開いているドアを見つけ開く。
そこは小さな倉庫だった。
商品を補充するためのバックヤードにしては狭く、なんらかの別の用途で使われている感じがする。
周りを見た感じ人の姿は見えない。
人が居ないのは運がいい。
ここなら僕は人目を気にせず氷の能力を使える。
僕と男の子は足を踏み入れる。段ボールがいくつも積まれていて、薄暗い。
その一つに大きな空の段ボールがあった。
「これなら……」
僕は男の子の方を見て言う。
「あのね、頼み事なんだけど、少しの間だけこの中に隠れていてくれないかい?」
「……怖いよ。嫌だよお姉ちゃんと一緒にいる」
「僕はあいつらをどうにかしないと。だから少しの間隠れていて欲しいんだ。頼むよ……」
男の子は、今まで泣かなかった顔を初めてくしゃくしゃにして涙をこぼす。
そうだよね、だってこの男の子はまだ5歳。
よく今まで我慢して僕についてきてくれた。
限界が来たのだろう。
だけどやはりあの2人と決着をつける前に隠れていてもらいたい。
人質に取られたり、危険に晒したりしたくないからだ。だから事が済むまでは……。
通路の方からカツカツと2人の足音が聞こえる。
もうすぐそこまで来ている。
どうにかこの子の説得を試みなくては。
僕は腰を下ろし少年と同じ目線になった上で諭すように言う。
「確かに怖いだろうね。何が起こっているか理解できないだろう。でも君はそれでもこうやって僕についてきてくれた。本当に君は強い子だ」
「違うよ。僕は……弱いよ。精一杯つよがってだけど、僕は迷子になった時からずっと怖くして仕方なかったよ」
「いーや、強いよ」
「……」
「強がれる時点で君は強い。表面上でも強くあろうとする様は本当に弱かったら出来ないからね。……あ、そうそう、君お菓子は好きかい?」
「……?」
急に話題が変わって、男の子は目元が赤くなった顔をあげる。
そんな男の子にポケットから板チョコを差し出す。
「これ、僕が大好きで持ち歩いている板チョコ。これを僕だと思っててお守りがわりに貰ってよ。こんな物しか持ってないけど、少しは不安な気持ちも紛らわせると思うよ」
男の子は板チョコを受け取ると、しばらく思案し決意した目でこちらを見る。
「……ありがとう。……僕隠れて待ってるよ」
「本当かい?良い子だね」
「でも……」
「でも?」
「必ずお姉ちゃん戻ってきてね?」
「もちろんだとも!」
胸を張り安心させるように僕は言う。
◇
男の子が大きめの箱に身を隠すのを見届けてから、僕はあの2人と決着をつける事を決意する。
僕は倉庫の中央に立ち、バビロン職員がここに追いつくのを待つ。
強化ポーションも飲んで準備は出来ているし、ここでは人目がないので、気にせず氷の能力が使える。
しばらくして、近くなっていた二つの足跡がこの倉庫のドアの前でピタリと止まる。そして――
バン!
――勢いよくドアが開かれた。
男と女は対魔銃を構えて入ってくるが、その顔は訝しんでいる。
「何故、内から鍵を閉めない?」
ここのドアは内側から鍵が閉めれるようになっている。
それをすれば少なくとも時間稼ぎにくらいにはなったからだ。だから何故それをしない?今のはそういった意味の言葉だろう。
「だってそうする必要がないからね。僕もこんな事は早く終わらせて家に帰りたいし」
「何を訳のわからない事を……」
女が呟く。
「まぁ、いいあんたが人の目のつかない所まできてくれたお陰で、俺たちは、この銃を扱える。流石にあそこで扱えば後が大変だからな。ということだから、次は本当に容赦しない」
そう言って男は見せつけるように、対魔銃を構えて適当な壁に向けて銃爪を引く。
一般的な銃声と似ても似つかないような音とともに白い光が部屋を一瞬照らす。刹那、地面に黒い焼け跡が残り、ジリジリと煙を立てている。焦げ臭い匂いが立ち込める。
その様子に男と女は満足そうに口元を歪めた。
「力の調節をミスったな。このまま人間に当たれば腕どころじゃない」
「そうね」
バビロンの2人の職員は今のとてつもない威力の武器を目の前にして、少女は心が折れたと確信した。
そう思い、少女の方に目を向けて見るが、予想は外れる。逆にニタニタと笑みを深かめていたからだ。
「そんな心配は無用だよ」
「何を言う!?今のを見ただろ。こんなの当たれば人間はひとたまりもないぞ!!」
「確かに……人間ならね」
「……は?」
2人は心底お前の言っている事は意味がわからないと言うような顔をする。
その顔を見た少女の笑みはまた一段と増す。
その反応を見て職員達は薄気味悪いと言わんばかりに顔がひきつっていた。
「い、いいか?……子供はどこにやった?教えなかったら初めにお前の腕を撃つ。本当に今回のは嘘でもハッタリでもないッ!!」
そう男の職員が対魔銃を握りしめながら叫ぶ。
「言うわけがないさ」
次の瞬間、男が僕の腕目掛けて銃を撃とうとするのを見て、僕は拳程の氷の塊を飛ばし、銃の照準をずらしてその銃撃を回避した。
対魔銃の銃撃は狙いとずれて鉄で出来た棚にあたり、棚を爆散させる。
男と女はまじまじとその爆散した棚の跡を見ている。
本来その未来を辿るはずの少女に当たろうとしたところで何処からともなく氷が現れてその未来を変えたからだ。
2人の目には今明らかにこの少女が氷を操っているように見えた。
「だから言ったろ?人間じゃないって」
男の職員は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに態勢を立て直し、再び銃を構え直した。
「お前……」
「悪魔だよ」
僕がそう答えたのが合図となった。
ズンッとまたしても一般的な銃とは違った銃声がした。
男が再び引き金を引いたのだ。
それを僕はのけぞる事でかわす。
体勢を戻した刹那、僕は全身の力を込めて男目掛けて突進した。鈍い音と共に僕と男は地面に倒れ込み、その衝撃で男は対魔銃を地面に転がして手放す。
僕は瞬時に起き上がり男に馬乗りになって、拘束する。
僕を撥ね除けようとするが強化ポーションを飲んでいる今の僕にただの人間との力比べでは負けない。
その一部始終を見た女の職員が僕に向けて、対魔銃の銃爪が引こうとすが、撃つ前にその手ごと銃と一緒に凍り漬けにする。
その結果、手が思うように動かず対魔銃を撃つ事ができない。
「……ッ」
「……チクショウッ!」
合図から決着までのこの間、1分も満たなかった。
◇
僕は2人の手首を氷で固めて改めて動けないようにする。
「覚えてろ!クソ悪魔」
「拘束を解きなさい!」
問題はこれからだ。
この2人はバビロン側の人間だ。
数日後に控えているこの地域のバビロン支部に乗り込む件もあるから、僕の情報を少しでも与えたくない。
いわゆる口封じをしたいのだけど、どうしたものか。
一番手っ取り早い方法は絶対にしたくない。
人を殺めるなんてやりたくないからね。
次の候補もあまり気乗りはしないけど、仕方がない……。
まず、バビロン職員が勢いよく開けて開きっぱなしのドアをしめる。
次に軽く咳払いをして低い声が出るように準備をし、薄暗いこの倉庫でギラつくような氷の剣を生成する。
最後に目一杯の笑顔も忘れてはならない。
通常、笑顔は親しみや安心感を与えるものだが、それが状況に似合っていない場面などで使われると、逆に相手に「何を考えているのかわからない」という不安感や恐怖感を与えることができるからだ。
さぁ、何をするかって?
まぁ、あれだ。
脅しってやつ。
そうそう、今後この男の子がまた狙われるのもごめんだし、この計画も白紙にしてもらはないと。
「よーし、始めようか」
手足を拘束されミノムシ状態となっている2人は僕の様子を見て、顔を青ざめさせるのだった。
◇
涙目になって気絶した2人を見ながら、僕はため息をつく。
疲れた。
これでバビロン側に情報が出回らないといいんだけど。
僕は2人を拘束する氷を触って溶かす。
やることはやったので、段ボールをあけて少年を抱えてだしてあげる。
地面に足をつかせると、涙目の少年は僕の足に勢いよくしがみついてきた。
「お姉ちゃん!!」
その様子に苦笑しつつ、僕は男の子の頭を撫でる。
気のせいか、男の子の顔には朱色が差しているように見える。
「ごめんね、怖かったよね。でもよく隠れきった。本当に君は強いよ」
男の子の口元にはベッタリとチョコレートがついていた。
不安を紛らわせるために食べてくれてたみたいだった。
板チョコが役にたってよかった。
僕はその汚れた口元をハンカチで拭いてあげる。
そうしていると、不意に男の子が聞いてきた。
「……お姉ちゃんって悪魔なの?」
「…………」
咄嗟には答えられなかった。
バビロン職員との会話が男の子にも聞かれていたのだ。
だけど、考えてみれば当たり前のことか。
男の子が隠れていた薄い段ボールから一枚しか隔てていないのだから。
僕は答えない事にした。
曖昧な笑みで誤魔化す。
どう答えていいか自分にも分からなかったからだ。
僕が今まで周りに悪魔だと偽ってきたのは、成り行きなのと、本筋に関わる人達だったため、そっち方が都合のいい面々だったから。
でも、この子は、原作ゲームと一緒なら本筋に関わってこないはずだし、僕が人間だと本当のことを言っても都合の悪い事はない。なんなら悪魔だと嘘をつく事の方が、自分で物事を判断するのに長けていない時期の幼いこの子にとって教育上ダメな気がする。
だからと言って本当の事を言う気にもなれない。
ここ一ヶ月、いろんな思いで悪魔だと偽ってきた自分を否定するような気がしてならない。
そう言った理由でその場はどっちの選択もしないという逃げをとってしまった。
気まずい沈黙の時間がしばし流れたが、男の子はそれ以上は聞いてこず、話もひと段落した。
そのときだった。
また廊下から2つの足音がする。
「こっちです、警備員さん!お客さんが関係者以外立ち入り禁止の所に入っちゃって」
どうやら警備員が来ているらしい。
何かの撮影だと思っていたお客さんとは違い、店員はこれが撮影ではない事に気づいていたみたいだ。
不審に感じ、警備員を案内しているのだろう。
まずいな、お説教はごめんだ。
他にも色々面倒くさくなる。
だが、この倉庫から逃げ出そうとするとドアを開けて廊下を抜ける必要がある。その廊下は一本道で今警備員がその道を通ってきているので、バッタリ出会してしまうし、かと言ってこのままここに居たらいずれはこのドアを開けられて見つかってしまう。
何かいい方法はないかと焦る。
その間にもどんどん足音は近くなり、ドアノブを回す音がした。
万事休すかと思ったそのとき、地面に置いていたバックの中の内ポケットに目がいく。
そうじゃないか、あれがあるじゃないか!
今まで完全に忘れていた!!
◇
バタン!
「お客さん、ダメでしょ、勝手にここに入っちゃ!」
そう言う警備員の声と共にドアが開けられる。
警備員と店員は部屋を見渡す。
2人は目を見開く。
倉庫の中は壁が焦げていたり、鉄の棚が弾けて破片が散らばっていたりと悲惨な状態だった。その中央には2人の男女が気絶している。
「これはいったい……というか女子学生と小さい子供も関係者以外立ち入り禁止の場所に入ったって言ってませんでした?」
「そのはずです……」
「でもその2人は居ませんね……」
「そうですね……」
「本当に居たんですか?」
「やめてくださいよ。怖い話じゃないんですから」
◇
警備員と店員がドアを開けた瞬間を狙い、すれ違うようにして抜け出した。
何故気付かれなかったかは僕が認識阻害ローブを羽織りその中にくっくようにして男の子もローブの中に入っていたからだ。
スクールバックは強化ポーションを取る際にあけたが、スクールバックの内ポケットに入れていたせいでそれに気付かず、存在をすっかり忘れていた。
これがあると最初から気づいていれば、一度逃げずとももっと上手く立ち回れた気がしてならない。
バビロン職員は組織内で開発された認識阻害解除ゴーグルを持っていた可能性もあったから一概には言えないけど。
それに終わった事に何言っても進展するわけじゃないし、このローブのお陰で、最後の危機的な状況から抜け出せたのだから今はそれで良しとした。
僕らは、その後買い物をしている客に紛れるようにして、何事もなかったかのように、関係者以外立ち入り禁止エリアから抜け出した。
あとは僕がしないといけない事はひとつだけ。
この子を無事親の元に届ける事だ。
◇
しばらくサービスセンターを目指して歩いていると、男の子が嬉しそうに言った。
「お母さんだ!」
男の子が指差す方を見るとそこにはキョロキョロと視線を動かす、困り顔の女性がいた。
「次は、本当の本当にお母さんかい?」
「うん!」
「そうかい」
男の子は自分のお母さんの方にかけていく。
「お母さん!」
それに気づいたお母さんは、ホッとした顔をする。
「タケル、心配したんだよ!」
「このお姉ちゃんが僕をここまで連れてきてくれたんだ」
そう言って男の子は隣に顔を向ける。
「……あれ、お姉ちゃん?」
そこにはさっきまで居たはずのお姉ちゃんの姿はなかった。
◇
しばらく歩いて、認識阻害ローブを脱ぎ、スクールバックの中に押し込む。
そうしていると、声がかかった。
「あ、やっと見つけた、どこ行ってたんだよ!ずっと探してたんだぞ」
「ご主人!」
ご主人は安堵したようにため息をついた。
「なんか今日のショッピングモールの中、妙に騒々しかったし心配したんだぞ。人様に迷惑かけてないか……心配で心配で」
「え、そっち!?」
「そっちとはなんだ、そっちとは」
あっちが僕を責めるような空気になっているが、なんとも解せない。
僕は頬を膨らませて言う。
「ご主人!人を責めるような口調だけど、ご主人も悪い所はあるんだからね。君さ、僕が連絡を何回よこしても気付かなかったじゃないか」
「え、まじで」
「まじで」
慌ててご主人がスマホを確認する。
確認した途端顔が青くなる。
何通もきている通知に気づいたのだろう。
その急なご主人の変わりように吹き出しそうになったのは内緒だ。
◇
あれから数日が経つ。
ショッピングモールの件はかなりの人に見られたのに、世間どころかこの地域ですら、全くと言ってもいいほど話題に上がらなかった。テレビや新聞を済みなくチェックしたし、SNSにも張り付いたのにだ。
あの時学生服だったので思いっきり、学校がどこだか分かるようになっていたから、すごく心配してた。いつか学校から呼び出されるのではないかと。なのにたくさんの人が見ていた鬼ごっこすら誰も話さない。
恐るべきバビロンという組織の隠蔽力。
今回ばかりはバビロンの隠蔽力には頭も上がらない。
……じゃあそんなバビロンさんには、お礼をしに行かなきゃならないね。
ルシファーの魔導書の件もあるからたっぷりと。
立ち鏡に映るのは、顔の整った細身の少女。自身に満ち溢れた顔で、日常生活では普通着ないような、それこそアニメや漫画でありそうな服を身につけ、頭にはツノを生やし、目元にはドミノマスクを装着している。
前回、バビロンのあの2人にルシファーの魔導書を取られた時は、時間がなくてドミノマスクとツノだけの装備で悪魔コスとして不完全状態だったが、今回は悪魔コスをしっかりとして、使い魔面をするのに絶好の、完全体の格好をしている。
――ついに来たのだ。
この時が。
「さぁ、乗りこむ時が来たよ。バビロン支部施設にっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます