プロローグ(2)
……下級悪魔のーーー
「ーーーあれは、インプっていう悪魔だよ少年」
中級から上級は人のような見た目をしているキャラが多いが、特に下級の悪魔は人外な見た目の事も多々ある。
メタ的に言えばレア度の低いキャラに作画コストをかけていられないのだろう。
それは置いといて間違いなくあれは、原作ゲームにもいたキャラなのだけど、あれ、ちょっと話違うくない?
悪魔や天使はこの世界に生まれて一回も見かけなかったから、居ないと思っていたけど、本当は居たの!?
いくら、表側の世界には顔を出さないと知っていても、悪魔や天使探しにあれだけ本気で挑んだのだ。
それでも見つからなかった存在が今になって出てくるなんてあんまりだ。
じゃあこの世界って結局は、僕がやってたゲームに酷似した世界じゃなくて、僕がやってたゲームその物だったって事!?
勘違いしていた僕が悪いんだけど、使い魔ごっこを始めてしまった今、状況は確実にややこしい方向に向かってしまっている。
なんて事だ。
「悪魔!真正面の女と男目掛けて攻撃を行え!」
とりあえずもう、契約がどうのこうの言っている場合じゃない。悪魔は契約している以上、契約者の人間の意向には確実に従う。
この少年と僕は何もしなかったら本当にあの男の意向で悪魔に殺されてしまう。
少年は僕が巻き込んだような物だから自分の命よりも最優先で守らなきゃ!
僕は覚悟を決める。
僕が始めた物語だ僕が終わらせる……。
下級悪魔だからと言っても、今までこんな体験をした事のない……一般人にすぎない僕にとっては充分恐怖を覚える対象だ。
でも僕が巻き込んでしまった人間がいる以上、僕が逃げるのだけは許されない。
他の人が許しても僕は絶対に自分自身を許さない。
やってやろうじゃないか!
そう意気込み一歩踏み出したところで、少年が言う。
「わ、分かった。
俺を守ってくれ!身勝手な人間で本当にごめん。
自分は守ってもらうだけ守ってもらって、あんたに戦わせるなんて……自分の命がどうしても惜しい、卑しい人間だと言う事がつくづく分かってしまった。
そんな自分の事が心底嫌になる。だからこそ契約の代償は俺の命以外の全て、それをあんたに差し出す!」
僕は呆気に取られる。
こんな状況になった以上、本当の悪魔じゃない僕は、ありもしないルールで縛っていた事など全て放棄して少年を守るつもりだったが、少年は律儀にも、そんなルールを守って、そう言うからだ。
そりゃあそうだ。
だって僕が人間だというネタバラシをしていないのだから。
でもネタバラシは今じゃない。
僕が人間だと言う事を今ネタバラシすると、絶対に少年を余計混乱させる。
混乱させればこの少年がどんな行動を取るか、読みづらくなってしまう。
少年は守る対象な以上、それは困る。
このような状況でひとまず頷いた方が明らかに、余計な混乱をさせずに済む。
にしても少年が選んだ代償が原作ゲームの相場と比べてもデカ過ぎる気もするけど、人間の僕は、本当に代償をいただく訳じゃないので、安心させるように僕は手短に喋って頷く。
「分かった。今のでキミとの契約が交わされた。これから契約中は、キミは僕のご主人だ。絶対に守ってみせる」
本当は悪魔との契約には、契約する人間の血が必要だったりと、手順がいるんだけど、そんな事をしてる暇がないし、そんな物騒な手順は人間同士の契約に不必要だろう。
僕は腕輪に念じると氷の剣を生成する。襲いかかってきたインプ相手に僕は顔面目掛けて突き刺す。
「グァ!!」
そんな悲鳴をあげ呆気なく消滅する。
やった!下級悪魔相手だっけど、普通は戦いを指揮する立場である人間の僕が、戦いで勝つ事が出来た事に安堵する。
「一発で……すごいぞ、悪魔の少女!」
少年にいつの間にか変なあだ名で呼ばれてる……。
「な!悪魔が死んだ……よく見ればお前、ツノが生えてやがる。お前、悪魔か!て事はその後ろにいるのが契約者の人間!!
同業者だったのかよ。面倒くせぇ!!!くそ!くそ!くそ!くそ!」
「こうなったら、契約中の悪魔を一気に呼び出す!こいつらを殺す為に出てこい悪魔共!!!」
そう男が言うと、インプが数十体出現する。
軽く数えて30体ほど……。
悪魔であるインプがそれだけ居るこの空間はあまりにも異様だった。
主人公役の少年も流石に冷や汗を流しながら僕に問いかけてくる。
「こ、これマズいんじゃないか」
「うん、マズいかも」
「え、やっぱりそうなのか!?」
僕は素早く認識阻害のローブを少年に被せ、僕も少年の背中に密着して、無理矢理ローブの中に入り込む。
認識阻害のローブは、1人用に設計されているため想像以上に窮屈だし、やはり2人ではローブで隠れきれていない所もあるけど、少年にはあのインプたちについて分かった最低限の情報は共有しときたいので、悪魔達に攻撃されない時間を少しでも作る為にはこのアイテムの効果がちゃんと発動してもらわないと困る。
このアイテムを付けていてもインプ達は、俺たちの事が認識しづらいだけで見えてはいる。だけど指揮する立場である人間の契約者が僕達を認識出来ていないので指揮が出来ない。
あのインプ達は正確な指揮が無ければ攻撃を行えないのだ。
これで少し話すくらいの時間は作れるだろう。
この方法は一部の、下級な悪魔や天使にしか使えない方法だ。中級の悪魔や天使からは契約者の指揮がなくてもある程度融通を聞せて行動が出来てしまうから。
「何処に消えやがった!アイツらぁ!」
……やはり攻撃が来ない。成功だ。
「何だよいきなり……!って、ち、ちょっと悪魔の少女、お前の胸当たってるってっ」
僕は少年だけに聞こえる声の大きさに切り替えて言う。
「とりあえず今の状況については、ひとまず置いといてくれると助かるよ。それよりあのインプ達について分かった事を共有しておこうと思う。
……下級悪魔だからと言っても、この量を同時に契約している事自体がおかしいんだ。
あの量は、契約している人間が廃人になってもおかしくはない。」
「……そ、そうなのか?」
少年も、察してくれたのか小声で喋ってくれる。
原作ゲームの主人公のような、この手の適性が他の人間よりずば抜けている人間じゃないと、この量の契約を行った場合悪くて器が耐えきれず死、良くても正気は保てない。
あの男は見た感じそんな適性も無さそうだ。
だから恐らく見た目でも分かってしまうが、正気は保ててない。
「うん、だから、さっき人間の様子がおかしいのは悪魔のせいじゃなくて、元の人間の問題と言ったけど、間違ってたみたいだ。
なにせこんな愚かな事をする悪魔は、滅多に見ないから本当の事に気付けなかった。ーーそれぐらい馬鹿げてるよ。
僕が考えるに、あの男は悪魔であるインプに唆されて複数の他のインプと契約を行った。そんな事をしてしまえば、正気を失って当然だ。
正気を失った男はいわば空っぽの器。
空っぽの器はインプ達にとって操りやすい操り人形でしかない。インプ達にとっては自分たちの好奇心を満たす為のおもちゃでしかなかったんだよ。あの男の人は」
だから僕はーー
「ーー僕は今とてつもなく怒りを感じてるよ。この愚か悪魔インプ共に」
確かに好奇心を満たす為に人間と契約すると言う点では、僕も何も知らない少年を使い魔ごっこに付き合わせた点では同類と考えてもいい。
だけど、僕はこの少年を知った時から、いつだってこの少年を下に見た事はないし、ましてや少年がどうにでもなってもいいという考えは一切持った事がない。
「ーー契約をしておいて、ご主人の事を考えないその行動はあまりにも愚かしい。」
「なぁ、悪魔の少女、俺もあの男の人を今の状況から救ってやりたい。何か俺に出来る事は無さそうか。」
「……そうだね。その為にはあの悪魔共を蹴散らす必要があるんだけど、あの量のインプの位置を僕一人で把握して戦うのは恐らく無理だ。
だから僕に指揮を飛ばしてくれないかなご主人。」
「指揮……?」
「僕が把握しきれない所を把握して、僕に教えて欲しいんだ」
「……やってみる」
「じゃあ行くよ」
僕はローブの中から出る。
少年にもローブは脱いでもらった。
認識阻害のローブは付けている者を、人間は認識出来なくなるという効果を持っているが、互いに人間な僕達にとっては戦闘中に片方が付けるのは不利にしかならない。
少年がつければ、僕が守る対象を見失う危険性があり、僕が付ければ僕の位置を少年が分からなくなり、指揮をもらえなくなる。
それは避けたかった。
「そこに居たのかあぁぁぁ!!!南の方角にいるアイツらを狙って襲いかかれ!悪魔共」
僕は強化ポーションで強化された脚力で飛び跳ね、手始めに近くまで来ていた2体のインプをまとめて氷の剣で横から切り裂く。
「背後に4体襲いかかってきているぞ!悪魔の少女!」
「了解だよ!」
僕は切り裂いたインプを足場にさらに高く飛び回転。
少年の言う3体のインプより高い位置に陣取れたので、氷のつららを落とし串刺す。
「あ、悪魔共、そんなちまちまと襲いかかるんじゃ、埒が開かねえぞ!!」
やっぱり低級悪魔は正確に方角まで言われないと動き出せないのか。
なら、男が方角修正を行うまでの間はこっちのものだ。
僕は素早く南から外れどんどんインプを氷のつららで串刺しにして行く。
「あ、やべ、」
少年の今の言葉で、少年の方向に目を向けると、少年に今にも襲いかかりそうな至近距離に一体のインプがいた。
しまった、あまりにも倒す事に夢中になりすぎて護衛対象の少年を蔑ろにしていた。
僕は腕輪に全神経を込めて氷岩を、そのインプ目掛けて落として潰す。
僕はすぐに引き返して少年の前に戻った。
「ごめん、ご主人を危険に晒してしまった」
「いや、戦闘に集中するのも仕方がないさ、それに結果的に助かったんだし。
それよりあの悪魔達って、あんたと違って方角を言われてしか動いてないが、もしかして方角を言わないと動けなかったりするのか?」
僕は軽く驚く。原作ゲームの知識を持たず、観察だけでそこにまで辿り着いたという事に。
「うん、その通りだよご主人」
「ならさ、2人でこういうのはどうかな?ーーーー」
少年は、僕に考えた作戦を耳打ちをしてきた。
確かにインプを一刻も早く潰して行くには、いい案ではあるけど……
「それだとご主人を護衛出来ない。
上手くいけばいいが、失敗すればご主人の命はないよ。」
「……今さっき俺は自分の命が大事で大事で仕方がない人間だって事が分かった。
だからこそ、俺の本能が確信してる、あんたとなら生き残れるって」
「……はっははは」
いきなり少年に真面目な顔でそんな事を言われてしまい、僕は思わず笑ってしまう。
「な、なんだよ真面目に言ってんのに」
「真面目に言ってるからこそ、おかしくて仕方がないんだよ。
あまりにも恥ずかしいセリフ言うから」
「て、てめぇ」
少年の顔は真っ赤になる。
恥ずかしいセリフだってのは自覚してたのか。
「まぁ、でも僕もそんな気がするよ。」
「え」
「じゃあ、行くよ!!」
「……お、おう!作戦実行だ!」
少年はそういうと、無作為に公園をあちこちいろんな方向に走り回る。
「小中、帰宅部の体力舐めんなよぉぉぉ!!」
そして僕も空中に氷岩を作りそれを足場に、空中をいろんな方向に飛び跳ねる。
「な、なんだいきなり……悪魔共、北の方角に、いや南?、いや、東……いろんな方向に動き回るせいで攻撃が定めれねぇ!」
これが少年の考えた低級悪魔インプの弱点を付いた作戦。
正確な方向を伝えさせられなければいいのなら、それを上回るスピードでいろんな方向に行けばいいという、あまりにも脳筋すぎる考えだけど、僕は嫌いじゃない。
僕はその間にも、混乱している男がちゃんとした指示を送れないので、動けずにいるインプを着実に1匹1匹、息の根を止めて行く。
やがて男がまともな指示を送れないままインプは最後の1匹になってしまう。
「残り1匹だ!悪魔の少女!場所はあんたの真上!」
「了解だよ!ご主人!」
僕は、僕より少しズレた上の位置に氷岩を出現させると、それを足場にさらに上に飛ぶ。
「これでおしまいだ!!」
腕を上に伸ばし氷の剣で最後の一体を貫く。
「グギィィィーーー」
◇
「男の人、白目剥いて倒れてる」
「大丈夫、死んではいないから。気絶してるだけ。
悪魔との契約が一気に沢山切れたから体が負担に耐えきれなくなったんだと思う。そのうち目を覚ますよ」
「一応、救急車は呼んどいた。」
「警察は呼ばなくていいのかい?」
「いいさ。結局俺らは傷もなく済んだわけだし、落とし物届けるだけならまだしも、事件性がある事となれば警察は面倒だ。俺もそんなに暇じゃない」
「そうだね面倒そうなのは同意だよ。
それより、体の方は落ち着いたかい?ご主人」
少年は先程まで走り過ぎで、息切れをして、とても疲れている様子だった。
「あぁ、落ち着いたよ。ここの公園の自販機でスポーツドリンクを買ったんだ。」
「なら良かった」
あまりにも酷いなら、所持数も少ないため出来るだけ使わずにとっておきたい回復ポーションを家から持ってくるか考えていた所だった。
これにて一件落着と行きたいが、肝心なのが残っている。
使い魔ごっこのネタバラシだ。
あの計画にはないイレギュラーな男の一件でなぁなぁになりそうだったが、これはこの使い魔ごっこを実行する前から決めていた事だった。
こんな事にいつまでも付き合ってもらうわけにはいかない。
エイプリルフールが終わるまでにこの件も終わらせる。
土下座でもなんでもする覚悟で口を開く。
「あのさーー」
「ん?どうした悪魔の少女」
「ーーー僕、本当はただの人間なんだ。今日少年を1日からかってた事になる。本当にごめんなさい。」
僕はコスプレ用の小道具のツノを取り外して頭を下げる。
しばらく頭を下げて何も返事が返ってこない事を不思議に思い、チラッと少年を見てみると、驚きや怒っている様子はなくどちらかと言うと呆れに近い表情をしていた。
「あのさ悪魔の少女、エイプリルフールは昼までとか聞いたぞ?
そう言った嘘は勘弁な。悪魔の少女が人間だっていうのはあまりにも嘘がわかりやすすぎる」
え、そっちが嘘だって思われてる!?
「いや、でもツノ取り外してるし!」
「それだけど、俺の洞察力をあまり、舐めない方が良いぞ。
あの悪魔のインプの中に一体だけだが、ツノがない奴が居た。悪魔の中にもツノを持たない個体みたいな奴がいるんじゃないか?
そしてあんたも同じような類なんだろ?
でもツノがないのは多分恥ずかしい事で、他の悪魔に笑われるから偽物のツノをつけてるとかそんな理由なんじゃないのか」
そう来ましたか。
確かに一体だけツノがないインプが居たが元からないわけでわなく、ツノが完全に折れていただけである。
なぜ折れているのかは知らないが、原作ゲームでツノが折れただけの地味な特殊個体なんて書き分けされているはずもないので、世界が現実になったからこその、あり得た個体なのだろう。
少年もちゃんと見ればその悪魔のツノが、折れているだけという事が分かったかもしれないが、そこまでは見る余裕もなかったし、あの状況下では、仕方がない気もする。
僕はあのインプのツノが折れただけという説明と交えながら僕が悪魔でない事を説明するが、全ての言葉が全部嘘で片付けられてしまった。
この腕輪の事も言うか考えたが、この腕輪はどうしてもこの世界がゲームであると示唆するメタ的な部分と絡んでくるので、そんな事をゲームの住人にである少年に言うべきじゃないとひとまず、それは言わない事にした。
結局僕は人間だって事信じてもらえなかった。
「あの、もう良いか?ひとまず今日は疲れたし寝たいから帰りたいんだけど」
あーもうだめだ。これだけ説明しても信じてもらえないなら、いっそのこと、完璧に悪魔を演じて見せようじゃいか!
少年が悪いんだからな!
もう、どうなっても知らない!
「ははは、参ったよ。流石に騙せなかったか。ご主人」
「やっぱり悪魔で間違いなかったんだな。じゃあ今日は帰らせてもらーー」
「ちょっと待って!最後に僕の名前は、悪魔の少女なんて名前じゃないよ。
ちゃんとしたヒョウっていう名前があるから、そっちで呼んでもらいたい」
使い魔である僕の名前なんて決めていなかったけど、悪魔の少女ってのはあまりいい感じはしない。
だから今適当に考えた。氷の能力を使うっていう着想から氷→ヒョウって訳だ。
安直すぎるけど、悪魔の少女って呼び名よりかは、マシだ。
「分かったが、俺もちゃんとした名前で呼ばれてない。俺にも宝生 稔(ほうじょう みのる)って名前がある。」
「少年は良いんだよ。ご主人で、だって僕のご主人だから。」
「意味わかんねぇ……とりあえず今日は帰ろう、眠い!」
「はい、はーい」
◇
この時のヒョウは知るよしもない。
ヒョウが主人公ぽいからという理由で主人公役に抜擢したこの少年、(宝生 稔)は本当の原作ゲームの主人公だという事に。
そしてそんな主人公の記念すべき初めての使い魔が、ルシファーではなく、悪魔ですらない、ましてや天使でもないモブの一般人。
そんな2人が今後挑むのは、数々のストーリーイベント達だという事に。
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