エルフ族は元来、こういう生き方しかできません。
「私は、貴様を殺すことができる。エリクシルの不死身の効力は、私の前では無意味だ。その意味が、わかっているか?」
男はスズの胸にレイピアを突きつける。
「ええ。
スズは白い息を吐いて、笑う。
「そういえば、貴様は死を求めているのだったな。生きることに疲れたか。それとも生きる意味を見失ったか。どちらにせよ、もう終わる。感謝しろ。たったひと突きで、貴様は石に変わる」
「そうですね。ただ、誠に申し訳ないんですが、あなたにエリクシルを持っていかれてしまっては困るんです。私は一刻も早く死にたいですし、ときどき発作のように死にたくなりますけど、本当に死ぬときは、条件が揃わないといけない。それに、見ず知らずの男にこんな真っ暗なところで殺されるのも、あんまりお洒落じゃないんじゃないかと思いますし」
「――くだらん」
男はレイピアを握りなおす。
力を込めて、スズの心臓を狙う――
そのとき、甲高い金属音とともに、レイピアの剣身が半分に折れた。
剣先はからからと乾いた音を立てて、路上を転がっていく。
そして、
まるで背中に糸をつけた操り人形のように、その身体は舞い上がり、何度か地面にぶつかるようにして転がる。
長い銀色の髪が見えた。
地面に倒れているスズに背中を向けるようにして、ひとりの女性が立っている。
「マルタ」スズが彼女の名前を呼ぶ。
「ラングハイム中尉! 不死身だからって調子に乗らないでくださいよ! けっこう危なかったでしょ今!」
マルタと呼ばれた銀髪の女性は
彼女が羽織っているダークグレーのコートが夜風にたなびく。ティールブルーの野戦服に、黒いロングブーツをはいている。
「いやあ、マルタが駆けつけてくれると信じていたものですから」
スズはローブの埃を手で
マルタは白い頬を赤く染める。
銀髪からのぞく、ぴんと尖った耳も、赤くなる。
「そ、そういう手には乗りませんから」
彼女は大きな
「それで、ラングハイム中尉に傷をつける、あの男は何者なんですか?」
マルタは、ゆっくりと起き上がるレイピアの男を睨みつける。
「わかりません。自己紹介してくれないんですもん」
男は折れたレイピアを捨て、首をこきりと鳴らした。
「召喚獣? いやそれとも人間。もしくは、
そして男は地面を蹴り、大きな
「切り替えが早いですね」マルタは言う。
スズは自分の首筋にできた傷口を触る。
ずきりと痛みが走る。指についた血は、あまりいい色をしていない。すでに乾き始めていて、ぱらぱらと指から剥がれてしまう。ほんのわずかではあるが、自分の命が削られたように感じる。
「マルタ。明日、ザイフリート少佐にこのことを報告してください」
スズはシガーケースに取り出していた指輪を戻し、代わりに大きなサファイアがついたものを取り出す。
「えっ? でも私、まだ会ったことないですし。うまく話せるかどうか」
「耳だけいじくれば大丈夫ですよ。得意ですよね? それに、そろそろ恥ずかしがってないで挨拶しておかないと、少佐に怒られますよ? 私もどやされますし」
マルタ・シャントルイユは、スズの所属していた第501魔導部隊のメンバーである。妹のジル・シャントルイユと共に、おもに諜報活動を行なっていた。
彼女たちは、人間ではなかった。魔族とも、違った。
過去に大召喚術師が行ってきた召喚の中でも、彼女たちは極めて特殊な例である。ほかの転生者と同様、その詳細は軍の最高機密として
「ジルも連れて、明日は必ず中央本部に顔を出してください。いいですね?」
「――うう、わかりました」
「なんども言いますが、この世界で生きている以上、誰の迫害を受けることもありません。それは保証しますから」
「はい。もちろんそれは、心から信じています。私たち姉妹は、だからこそ、この国とあなたに忠誠を誓っています」
スズは慣れた手つきでヴイーヴルを召喚した。
マルシュタットの小さな路地には不似合いな、青い
「そういうかしこまった言葉も、この世界ではいらないんですよ」
「でも、何度か申し上げておりますが――エルフ族は元来、こういう生き方しかできません」
「そうでしたね。諜報、暗殺、お手のもの」
「それはオプションです」
マルタは頬を膨らませる。
最後にもう一度だけ、二人に中央本部へ行くよう念を押してから、スズはヴイーヴルにまたがる。
そして青いドラゴンは、首都の寒空へと浮上した。
スズは明日の列車を待ってはいられなくなっていた。
今の男が何者で、どこに所属しているものなのかは、この際どうでもいい。とにかく、彼は転生のことを知っており、おそらく自らが転生者である。
そして、魔鉱石の力を扱うことができる。ザイフリート少佐と同じように。だから、私を傷つけることができたのだ。
そして、リンを知っていた。
事は重大だった。
注意すべきはレーマンだけではなくなった。
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