第22話 壊れゆく鏡

「...大変だったね」

「俺は大変じゃないが。...彼女が大変だ。...里島がな」

「...そうだね」


俺達はそう話しながら向かい合う。

それから俺は目の前のお茶の波面を見る。

そして考え込んだ。

すると数秒後に目の前の華凛がこう切り出した。


「...実はね。...父親が帰って来いって」

「...言ってきたのか?今更なんだ」

「知らないね。...便乗しているみたい。...全てに」

「汚い手段を使う...な。お前の親父さん」

「そうだね。昔から卑怯な手しか使わないから」

「...」


温かいお茶を飲む。

それから身も心もホットにする。

華凛は同じく置かれているお茶菓子を一口食べた。

そしてまた無言になる。


「...私ね」

「ああ」

「里島めぐるは嵌められたんじゃ無いかって思う」

「...それはつまりどういう意味だ」

「つまり里島めぐるは...したくてした訳じゃ無く。何か悪い事をする事を強制されて逆らえなかったんじゃ無いかな」

「...逆らえなかった、か」

「そうだね。...私はそう思う」

「...珍しいな。お前からそういう意見が出るなんて」

「そうだね。これは情けじゃ無いよ。私は心底恨んでいる。だけど...まあ憐れみかな」


華凛は二口目を食べる。

それから俺に向いた。

そして笑みを浮かべてからフォークにお茶菓子を乗せる。

そうしてから俺の口にほったりこんだ。


「お、おい」

「美味しい?」

「...そうだな。恋の味がするが...」

「そっか。良かった」

「...華凛は...今でも恨んでいるのか。アイツを」

「3分の1ぐらいは恨んでない。...だけどね。恨みは強いね」

「そうか」


そして俺達は笑み合う。

すると。

俺の部屋のドアがノックされた。

インターフォンが鳴る気配が無い。

新聞屋か?


「はい...は?」


そこに居たのは...ランドセルをかるっている小学生ぐらいの女児だった。

俺は目をパチクリしてから見る。

可愛らしい女の子。

顎に手を添える。

そして膝を曲げた。


「...君は誰?」

「わ、私。初めまして。お兄さん。...私、里島聖良(せいら)って言います!」

「...里島聖良?...君が?」

「そ、そうです。小学4年生です。...え?知っているんですか?」

「そうだな。...君...里島めぐるに顔がそっくりだ」

「...で、です...ね」


可愛らしい。

将来が有望な子だけど。

だけど里島の妹だ。

何をしに来たんだろうか。

復讐か?


「何をしに来たんだ」

「...お母さんに貴方を頼れって言われて」

「たよ...え?」

「...お母さん...実は...その。フーゾクで働いています」

「...」


俺はその言葉に無言になる。

聞いた事がある。

アイツは...里島めぐるは風俗で働いている母親を持つと。

そういう事を、だ。

何故かは分からないが。


「...それでその母親が頼れって?...申し訳ないけど...無理だよ」

「お願いです。恥は承知なんですが...ぎょうせー?がもう私達を支えるのが限界みたいで...その...」

「...」


静かに俺は家の中を見る。

華凛がやって来た。

それから俺と同じ様に膝を曲げる。

そして聖良ちゃんを見た。


「...聖良ちゃん。私のお部屋で暫く寝る?だったら」

「お、おい。華凛。仮にもこの子は...」

「だけど何処にも行く場所がないんだよね?」

「だ、だけど児相とか...預けたら」

「あそこは...よく分からないから。警察に行くまでだよ。...その間、預かろう」

「しかしお前。優しすぎるぞ」

「...そうかな。...里島はまあ悪いけど...この子はあくまで...」

「...」


俺は無言で聖良ちゃんを見る。

そして聞いてみた。


「...お前の親父さんは」

「お父さんは入院しました。...それで...私だけ日中一人...でその。寂しくて」

「...」

「じゃあ退院するまで預かるよ」

「...あ、有難う御座います」


正直俺の心は相当に揺れている。

この女の子を預かる意味で、であるが。

女の子は里島の妹。

つまり不埒な姉の妹。

だけど。

どうするべきなのか。



「お手伝いします」

「あ、良いよ。聖良ちゃん」

「いえ。お世話になりますから」

「で、でも」

「任せて下さい。こう見えても家事は得意です」


そして俺の部屋にあった荷物を片付けた。

それ以外にも俺の部屋を片付け。

生ゴミを捨てたりした。

部屋が片付いていく。


「...すっげ」

「そうだね...」

「私、こう見えても...本当に家事ばかりしている女の子なので」


部屋が存分に片付いた。

塵という塵が1つも無い。

そんな感じの部屋が完成した。

俺は唖然としながらテキパキと物事をする聖良ちゃんを見る。


「...聖良ちゃん」

「はい」

「...その。...俺の事、恨んでいる?」

「どうしてですか?恨む必要性は?」

「...俺の連れのせいで里島は刺されたんだ」

「違います。...私のお姉ちゃんが馬鹿だったからです」


そう言い切った聖良ちゃん。

それから俺を見る。

俺はその顔を見ながら複雑な顔をする。

すると聖良ちゃんは笑顔になった。


「...恨んでいるとかいないとか。今は関係ないです。お兄さんが救ってくれたんです。私を」

「...そうだな」

「だから私、今はお休みします。恨みとかそういうの」

「...よく出来た妹さんだな」

「私...は」


そこまで言った瞬間。

箒を落とした。

それから涙を浮かべて泣き始める。

俺は!!!!?となりながら彼女を見る。

すると直ぐに華凛が頭を撫でた。


「どうしたの...!?」

「...寂しかったんですよ。本当に。誰も居なかった...から」

「...」

「お姉ちゃんは間抜けだし。...殺人未遂とか...捕まった。警察に...私、本当に行き場所が無かったんです。感謝しても...こんな私を受け入れてくれて...」


嗚咽を漏らして号泣し始める聖良ちゃん。

これは完全な小学生の女児だ。

俺はその姿を見ながら...胸を締めつけられた。


正直、俺は...どうしたいだろう。

アイツを恨んだままで...このまま終わらせるのか。

それが正解なのか。

何も分からない暗闇の底に落ちた気分だった。

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