第2話 射抜かれた心

 ノックス様はとても端正な容貌の持ち主。

 耀かがやく長い白銀の髪と、吸い込まれそうアイスブルーの瞳。

 そして文武両道。博学多才。


 彼にあこがれた令嬢は数知れず。

 私もその中の一人。


 いつも定期考査では主席を維持。


 「私とは生まれつき、頭の作りが違うのよね。当たり前のように首席が取れていいな~」


 私はレノックス様の順位から遥か後ろにある自分の名前を見て溜息ためいきをつきながらつぶやいた。

 

 課外活動では洋弓ようきゅうたしなんでいたノックス様。

 長い髪を後ろにまとめる仕草がまた素敵っ♡


 そしていつも簡単に的の真ん中を射抜く姿がカッコよすぎる!!

 

 弓を構えるノックス様がとうとすぎて、その姿を見に数多あまたの令嬢が殺到するのは必至。 


 私もよく見に行ったけれど毎回抜かされて最前列を陣取れず、背が低いから後ろの方でいつもぴょんぴょん飛び跳ねながら見ていたっけ。

 

 ある日木に登って見ようとしていたら、先生に見つかって反省文を書かされた事もあったわ。

 今考えると…いえ、考えなくても令嬢レディが取るべき行動ではなかった…恥ずかしい。


 でも、ノックス様への想いが確かなモノになったのはある休日の朝の事。


 「明日、課題提出なのに~~っ」


 昨日は友人とお出かけして、すっかり忘れていた。

 夜にやろうと思ったら教室に課題を置き忘れていた事を思い出し、早起きして学院にきた。


 「あった、あった」


 誰もいない教室で課題を手に取る。

 

 …ンッ …タンッ …タンッ


 「…弓の…音?」


 遠くから空気を抜ける音がした。

 ノックス様の洋弓を見ていたので、弓の音だけは聞きなれていた。


 「学院がお休みの…こんなに早い時間に誰か練習しているのかな?」


 それは小さな好奇心だった。

 私は、いつもノックス様を見に行く洋弓場へと足を進めた。


 そこにはこめかみから幾筋もの汗を流しながら、矢を打っているノックス様の姿があった。

 矢がなくなると一本一本拾いに行き、また打ち込む。

 それを繰り返していた。


 『いつも簡単に的の真ん中を射抜く姿がカッコよすぎる!!』

 

 安易にそんな風に思った自分が恥ずかしかった。

 簡単なんかじゃない。

 積み重ねた練習があるからこそ、あんなに美しく射る事ができるんだ。


 …タンッ  …タンッ …


 的に矢が当たる音が響くたびに、胸の鼓動が身体中に響き渡る…

 

 ノックス様を本当に好きになった瞬間だった。


 その日からノックス様を見る目が少し変わった。

 すると今まで気づかなかった事が見えてくる。


 ある日、ノックス様とすれ違うという僥倖ぎょうこうに見舞われる。


 内心、バックンバックン! ドンドコドンドコ!

 心臓がお祭り状態。


 その時、彼が手にしていた教科書に目がいった。

 付箋紙だらけで、ふちの部分は寄れていた。

 いつも首席を取られる理由がそこにはきちんとあった。


 『私とは生まれつき、頭の作りが違うのよね。当たり前のように首席が取れていいな~』


 また自分の言葉に恥じ入る。

 本当に私はノックス様の表面しか見ていなかった。

 輝ける人は、人知れず努力をしているのに…


 この日から私は、放課後図書室で勉強するようになった。

 彼の隣に立てる人間に…とまではこの時は露ほども考えていなかったけれど、ただ…何もせず人をうらやむだけの人間にはなりたくなかった。

 

 そんな片想いの日々を何年も重ね、私が18歳の時、彼との婚約が決まった。

 夢かと思ったわ!

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