【文披31題】薄暮のための小品集
藍川澪
1 夕涼み
昼間の蒸し暑さは日没と共に急激に鳴りを潜め、白く浄められた玉砂利には青い影が落ちた。木々に止まった虫たちも何かを察したかのように押し黙る。神域であり人々の信仰を集める場所でもあるはずの境内は、時を止めたかのように静まり返り、そよとも揺れない沈黙した草木の中に、ただ重力に従って湧水だけがさらさらと流れていった。
「……身の憂きほどぞ、いとど知らるる」
沈黙に滑り込むように、か細い声が水の流れに乗せられた。女の青白い肌をした素足が、滾々と湧き出る清流にひたされる。足首は骨が浮き出て、白いワンピースから危うげに伸びていた。
「影をだに見む、とでも言うの?」
別の少女の声がした。玉砂利の上に、忽然と小さな姿が並ぶ。湧水の小川に立つ女に向かい合うように、より幼い少女がいた。
「美津子。あれらは、おまえのために駒を止めることすらしないよ。嘆くおまえのことなんて、ひとつも気づかない」
少女は淡々と告げたが、美津子と呼ばれた痩せた女は、弱々しく微笑んだ。
「それでもいいの。わたしは、彼らを愛しているから」
「……おまえのそれは、もはや呪いのようだね」
少女は呆れたように首を振った。女は湧水の中に立ち尽くしている。水は全てを押し流し、清めていく。
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