第4話 妖精の悪戯

 魔法の存在するこの世界には、魔獣の他に、精霊と妖精という神秘に分類される存在がいる。気位の高い精霊と違って、妖精達は悪戯好きで、好奇心旺盛だ。

 妖精が人に行う行動は、一様に《妖精のいたずら》と呼ばれている。

 その中でも一番多く伝承に残っているのが、花やキノコ、そして石などで真円を描き、中に踏み込んだ者を別の場所に一方的に飛ばすというものだ。

 エステラからそう説明されて、マグダリーナは心当たりしかなく、頭を抱えた。

 アンソニーは父と同じく読書家だったので、妖精のいたずらの知識はあり、マグダリーナを止めようとして巻き込まれてしまったのだ。

 落ち込むマグダリーナの膝の上に、エステラの肩の上からぽよよんと青っぽい色のスライム、ヒラが飛び乗った。そして大人の拳程の大きさから、小型犬程の大きさに変わる。重さは殆ど感じない。

「大丈夫ぅ? ヒラのこと揉むぅ?」

 可愛い上目遣いで言われては、逆らえない。

「揉む……」

 スライム優しい……そう思いながら、マグダリーナは遠慮なく、スライムボディを揉んだ。


 ――っ、なにこれ、想像以上に気持ちいい!


 ふわんと優しくマグダリーナの手を受け入れながらも、むちっと極上の弾力をもって返して来る。つるつるすべすべでありながら肌にぺとつくこともなく、さらりと気持ちいい。宝石のような表面の光沢は揉まれることにより、多彩な輝きと色彩の変化を見せてくる。そしてふわんふわんと光の粒が弾ける……触感と視覚を虜にする魅惑のスライムボディだ。癒しはここにあった。

 うっとりとヒラを揉むマグダリーナを、羨ましそうに見つめるアンソニーの視線に気づき、ヒラは触手のように腕(?)を出してアンソニーの所まで伸ばす。アンソニーは恐る恐る小さな手でヒラの手に触れると、直ぐに無心に揉み出した。

「こうやってヒラのぉ、可愛さを堪能出来るからぁ、妖精のいたずらも悪いことばかりじゃぁないよぉ」

 スライム優しい……

「タラもぉ、おかあさんが妖精のいたずらで、おばあちゃんと出会ったからぁ、産まれたんだよねぇ?」

 タラはエステラの愛称らしい。

「おかあさんとおばあちゃんが……?」

 この異世界、同性同士で子供が出来る……の???

 マグダリーナの顔を見て、エステラは首を横に振った。

「私がお腹の中にいるときに、母は妖精のいたずらで遠くの国からこの国に飛ばされて来たのです。運良く長命種の魔法使いの女性に助けられ、衣食住の面倒を見る交換条件として、私は母のお腹にいる時から魔法使いの弟子になりました」

「お腹の中にいた時から弟子入りなんて可能なの?!」

 エステラは少し遠くを見るような顔をして、それから頷いた。

「色々規格外な人でしたから」

 マグダリーナは重要なことに気づいて、顔を上げた。

「それじゃあ、教会に金貨を払わなくても魔法が使えるようになるの?!」

「はい、魔法は師が優秀だと、教会に一エルも支払う必要はありません」

「いちエル……」

 満足してヒラの手を離したアンソニーが、そっと教えてくれる。

「お姉さまは令嬢なので誰もお教えしてないと思いますが、お金の単位です」

 それが聞こえて、エステラも目を瞬かせる。

「えっと、私は平民だから、貴族の教育について知らないのですけど、女の子はお金の事を教えてもらえないの……ですか?」

 マグダリーナは頷いた。

「令嬢のうちは、お金のことを口にするのは、はしたない事だと言われています」

「そうだとしても、何も知らなかったら大人になってから苦労しちゃうわ……これは村長様や領主様に預けておく場合じゃないわね……マグダリーナさん、アンソニーさん、ご不便でしょうが村にいる間は、私の家で過ごしませんか? 昨年師匠と母が亡くなって、私の保護者になってくれた師匠の甥と二人で暮らしてます。彼も長命種で長く生きているので、世情には私より詳しいです。色々お教えできることがあるかも知れません。アッ、ご安心を! ご令嬢に手を出すようなこともしません。既に私が彼の身体を全身脱毛したので!」

「は?」

「どこもかしこもツルッツルです! ムダ毛は一つもありません! VIOまで完璧に仕上げたんです!! でもまだ世間では受け入れられないみたいで……」


(待って、それいらない情報ぅぅ!!!)


 これからしばらく顔を合わせるその人を見るたびに、あ、この人、生えてないんだ。って思ってしまう……思ってしまうよ、気まずい。

「あの……」

 アンソニーが、こてんと首を傾げて聞いた。

「脱毛って、身体の毛を無くす事ですか? お父さまの腕の毛みたいな? 何でそんなことをされたんですか? それにぶいあいおーとは何ですか?」

 エステラも真剣な顔をした。

「大人の女性の身だしなみの一つに、体毛の処理があります。一般的なのは刃物や薬での処理ですが、それでは肌を痛めてしまうので、より安全で確実、そしてより美しい仕上がりの魔法を私は開発しました。彼はその魔法の効果を確認するのに、貢献してくれたのです。あ、VIOは生殖器周辺の毛が生える範囲のことです。アンソニーさんは生殖器ってわかりますか? まだご存知なかったら、大人になるにつれ理解できると思いますので、自然に任せてください」

(ちょ……っ、天使の顔でなんてこと言うの?!)

 あれ? 異世界でもVIOなんて言うの?

 マグダリーナがそう考えていると、エステラの綺麗な顔が近付いて、そっとマグダリーナに囁いた。

「マグダリーナさん、この世界には、天使、という概念はありません」

 マグダリーナはハッとしてエステラを見た。

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