第8話 遺跡からの脱出 7

「追いつけてよかった。テントを引き払ったと聞いて急いで追いかけてきたんだ」

「なにか用事ですか」


 硬めの口調で聞くと、男は若干慌てた様子で両手を左右に振る。


「そう警戒しないでくれ。戦うとかそういった意思はない。聞きたいことがあったんだ」

「答える気のないこともありますが、とりあえず質問をどうぞ」


 男は言いよどんでハスをちらりと見る。

 敵視している様子はないし、なにを言いたいのだろう。

 男は一度深呼吸して俺を見る。


「そのモンスターをどうやって仲間にしたのか聞きたい」

「この子を? 魔物を仲間にしたいのか? 聞いても意味はないと思うけど」

「そうなのか?」

「俺とこの子は利害が一致して一緒に行動したんだ」


 遺跡であったことをルームのことは隠して話す。


「命を助けたから、しばらく共に行動することになったというわけか」

「そう。だから真似はできないと思う」


 遺跡にはハス以外の妖精は見かけなかった。ハスのように外に出たがっている妖精はいないか、もしくは生まれてすぐにほかの魔物の餌になっているか。

 ほかの場所で同じように助けようとしても、危機に陥るようなところには妖精もそうそう近づかないだろうから難しいと思う。

 男は肩を落とす。そんな男にハスが声をかける。


「魔物を仲間にしたいのか?」

「魔物ならなんでもいいというわけじゃない。君のような可愛い魔物がよいのだ。初めて遺跡で見かけたときから心奪われたのだ!」


 力強い返答に、ハスは目を丸くする。


「このような心のときめきは初めてだ! この世のこれほどまでに愛らしい存在がいたとは思いもしなかった! 夢の中にまで君が出てきたのだ。しかし君が彼と一緒にいるところを見たときは心に穴が開いたような気持ちになった。だが俺はそこで諦めなかった! 同じような存在を仲間にすればいい!」


 おおげさとも思える動作で心の内を吐き出す。

 予想外の言葉だったのか驚いて止まっているハスの代わりに俺が話しかける。


「遺跡でこの子を見たことがあるんですね」

「二回だけな。ほかの者たちも稀に見たことがあるようだ。あの遺跡には妖精はいないからな。わりと目立つ。昨日君が拠点に入ってきたとき、その子のことを知っている者は連れ出したのかと噂していたものだ」

「わりと有名だったんですね」

「ああ、場違いな魔物だから、なにかしら特別な妖精なのかと考える者もいた。俺も似たようなものだ。偶然あそこで生まれたとは思っていなかった」

「自分で捕まえようとか、誰かに相談して捕まえるのに協力してもらおうとか思わなかったんです?」

「さすがに頭がおかしくなったと思われるのがわかりきっている」

「俺にそう思われるとは思わなかったんですかね」

「俺と同類だと思ったのだよ」


 失礼だな! たしかにハスは可愛い見た目だけど、サイズの違いもあって心奪われるような対象にはならないはず。

 今のところは相棒とかそんな感じだ。

 硬直が解けたハスが口を開く。


「……力にはなれんな。獣型の魔物ならば餌付けでどうにかなるが、我らのような知性のあるタイプはかなり難しい」

「難しいということは可能性はあると?」

「気に入られれば同行もするだろうが、妖精は残虐な面もある、気に入られようと近づけば騙され弄ばれ悲惨な死を迎えることもあるだろう。気に入られても気紛れを起こしてどこかに行くこともある。素直に同族と付き合っておけ」

「人間はそこまで小さく可愛いくない」

「うーん……ああ、たしか心を奪うという魔法道具があったな。それを使えば一緒にいることは可能だろう。それでお主が満足できるかどうかはわからんが」

「そんなものがあるのか。あそこの遺跡で見かけたのか?」

「見かけたことはない。ただあるということを知っているだけだ」


 それを探すかと言って、男は情報に礼を言って去っていった。

 その魔法道具って危なくないか? 妖精だけじゃなくて誰でも操れそうだけど。

 あれだけ語ったあの人なら好みの妖精を手に入れるためだけに使うという信用がある。でもほかの人はそうじゃなくて悪用しそうだ。

 本当に見つかったら危険じゃないかとハスに聞く。


「実物は我も見たことはないし、危険性は誰もが理解しておるだろ。壊されているか、どこぞの宝物庫にでも放り込まれているはずだ。思いついたがフォルトも同じことができそうだな。洗脳効果を持つ部屋を生み出せないのか?」

「あー、なんとなく想像できちゃった。ということは可能だろうね。そういった部屋を作るのは気が進まないけど」


 極悪人とかがいれば放り込むことに罪悪感はないかなー。


「あれば便利だろうな。簡単に協力者を作ることができるのだから」


 どうしても情報収集したいときは、そういった手段があるということは覚えておこう。


「しかしあやつは敵意を持っていると思っていたのだが」

「熱すぎる視線を敵意と間違えたんだね」

「我こと魔王が勇者に倒されて少なくない時間が流れている。その間に魔族に対しては以前と変わらずとも、魔物への警戒心は薄れたのだろうか」

「あの人が特殊なだけじゃないかな。可愛ければなんでもいいって趣味の幅広さは、多くの人は賛同しにくいと思うよ」


 基本的に魔物は人間の敵。そのような存在を遠くから眺めて愛でるのはまだ理解できるだろう。しかし身近に置きたいという主張は理解しづらいと思う。

 俺がハスといるのはまともに意志疎通ができて、助けられたからだし。

 

(いや思い出してみれば、最初はモテる第一歩だって考えていたんだよな。となるとあの男とたいして変わらないのでは? 遺跡から脱出することに集中していて、モテるってことを忘れてたなー)


 初心は大事だと、モテるという目標を再度心に刻む。

 しかし前世もモテていたわけではないんで、どうやればいいんだろうかと悩むところだ。


「なあ」

「なんだ」

「モテるためにはどうすればいいと思う」

「いきなりなんだ」


 ハスにとっては突拍子もない話題に呆れたような視線を向けてくる。


「いやね? 必要な金額を稼いだことで、目標を達成できたんだ。それで次はなにをしようかと、なにをしたいのかと考えて普通に楽しいことをやりたいなと。それで俺のような年頃は彼女とか作って遊んだりが普通じゃないかと思ったわけだ」

「人間はそれが普通なのだな。金はあるのだから、ばらまけばいいだろう。それ目当てに集まった女を侍らせば満たされよう」

「それはちょっと違うような気がするんだ。たしかにお金を通した付き合いもありとは思うけどね。もっとピュアな付き合いをしたいというか」

「なんともロマンチストな。最初は金の繋がりでも、のちのち本気になることもあるだろうに」

「そんなものかな」

「本気にならずとも金を出すことが悪いことでもなかろ。相手も仕事と割り切って付き合ってくれるのだから、練習にはなる」

「練習と考えるならありなのか」

「そんなことを話したが人間の常識など知らぬ。だから想像で言うことしかできぬ。我に人間関係の助言を求めること自体ズレていると認識せよ」

「まあ、そうか」


 とりあえずナンパして当たって砕けろとか、高級店とかで相手してもらって助言を求めるとかそんな感じかなぁ。

 そんなことを考えつつ歩き出す。

 フォルトが世話になった親戚がいる村まで行く途中で、軽くナンパしてみたりしたけど仕事で忙しくて相手されないということもあった。

 ハスにまた助言を求めてみると警戒されていたということも聞けた。ハスというモンスターを連れていることもそうだけど、よそものに対しての警戒心が先に立っていたみたいだ。その村にいつくのならともかく、すぐに消える人物だと弄ばれて終わるということなんだと思う。

 現代日本の感覚でナンパしても意味はないかなというのが収穫だ。


 ☆


 魔王として死して、妖精として生まれておよそ二年。せめて以前の力の10分の1でもあればと何度思ったか。

 この二年は本当に苦しかった。ひたすら食われる側に立たされた二年。以前ならば雑魚として対処できた魔物にすら、逃げるしかなかった。

 どうにか生き残ることができたが、いつ死んでもおかしくはなかった二年。ひとえにミーランケスト様の加護のおかげか。今はその加護もないが、見守ってくださっているのかもしれない。

 

 隣を歩くフォルトを見る。

 ぱっと見は凡庸な男だろう。やっと少年期を終えて青年期に入った、まだまだ人生経験が少ない男だ。

 そんな男が世界情勢を変えてしまいかねない能力をもっていようとは、誰が想像できるのか。

 このまま死んでしまうのではと暗い未来しか抱けなかったが、このような出会いをするとは想像もしていなかった。

 本人にそこまで自覚があるのかわからないが、すごい男と同行することになったものだ。


 ……危ないところを二度も助けられた……運命の出会いだったり?

 いやいやそんな初心なおなごじゃあるまいし、心弾むような考えは駄目だ。


 フォルトの力を悪用方法はいくらでも思いつく。

 誘拐、暗殺、盗み、はては経済への打撃。

 こやつが悪人ならば、大陸の未来は酷いことになっていただろう。まあその過程で運悪く死んでしまうかもしれないが、油断しなければそうそう死ぬことはあるまい。

 フォルトは人間だから被害の多くは魔族と魔物だろうか? 勇者に魔王が負けて、勢いを失った魔族にさらなる苦難が襲いかかったことだろう。

 モテたいとか言っていることから、見た目のいい者は生かされ嬲られ、ほかは老いも若きも皆殺し。

 へたすれば魔族という種が絶滅にも繋がるかもしれぬ。


 そんなことを考えたが悪人だったらの話で、こやつはそこまでしないだろう。甘さが感じられる。

 それも敵対しなければの話だが。さすがに命を狙われてしまえば対応も過激になるし、それが普通だ。

 どうにか魔族への悪感情を少しでも減らして、敵対した場合に少しでも手加減してくれるようにしたいが、可能だろうか? 人間にとって魔族は敵対種、それは小さい頃から聞かされているだろうから難しいかもしれぬ。

 いきなり魔族は危険ではないと言っても無駄かもしれないから、様子を見て少しずつやっていくしかないか。

 無理に考えを変えるような真似も控えておきたい。

 なにせ命の恩人だ。向こうにとってもそうかもしれないが、気持ち的にはこちらの方が大きく感謝しているはず。

 実際に死にかけたところを助けられたのだからな。

 

 人に殺され、人に助けられる。我ながらなんとも数奇な生を過ごしているものだ。

 フォルトを利用すれば、苦境に立たされているであろう魔族を助けることはできるだろうか。

 全ての魔族を助けるのは無理だろう。魔王であったときでさえ、我に反感を持つものはいた。妖精に生まれ変わり弱くなった今ならその反感はさらに大きくなるのは容易に想像できる。

 せめて疲れはてていて、人間に関わらず穏やかな暮らしを望む魔族は助けてやりたい。

 フォルトと共に進む未来で、そのようなことが可能であればよいのだが。

 まずは力をつけることが先決だな。なにをするにしても最低限自衛できなければ。

 器用さだけではなく、ほかの稀薬も見つかれば強くなることへの近道となる。だがそう簡単には見つからないだろう。

 器用さの稀薬も偶然見つけたし、狙って探し出したわけではない。

 探そうとすればあそこかほかの遺跡を洗いざらい探していくしかないだろう。

 そうするにしても力が足りぬ。

 当面の目標は地力の上昇だな。


 ……力を上げればフォルトの助けにもなる、なんて考えはないのよ。本当に。いや少しはあるんだけど、それを重要視しているわけじゃない。本当よ?

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