第66話.アレスティア聖伝・グレイスランド創世記
『世界のはじまりに、光の女神イリヤがいた。
イリヤは自分の子供を生み落とし、力を与えた。
テネクスは、地に豊穣を約束し、足をつく動物を造った。
サエウムは、イリヤの光が煌めく海を作り、命の源の生物に恩恵を与えん。
アウダクスは、生物が生きるための大気を生み、青く澄んだ空と羽ばたく翼を守る。
アロガンスは、魂の息を吹きこみ、闇を滅する炎を操った。
シバラは、深い悲しみと安息に満ちた闇を生んだが、母神に疎まれた。
最後に唯一イリヤに愛されしは、輝く美貌を持つ娘――月神マヤ。マヤは人を産み、癒しの光を世界に投げかけ、母に寄り添った。
世界は神々の光で満たされた。
だがシバラ神は、光の下でたくさんの生命を溢れさせる兄神たちを妬み、孤独に落ちた。
ただ一人寄り添う誰かを求め、妹神マヤを彼の世界に連れさり妻とした。
娘を奪われたイリヤは怒り、闇の世界を訪れるが、強い光に闇は消え、彼女は入れない。そして闇の世界の住人となったマヤは、光の中へ戻ることはできなかった。
イリヤは嘆き隠れ、世界に悲しみの涙が満ち光は消え去り、命は消えていく。
困り果てた神々は、母を宥め世界に戻すようマヤの子である人に命じる。
困り果てたマヤの子――アレスティア人は考えた。
ならば、マヤの代わりをイリヤに与えればいいと。
イリヤに捧げられる世界救済の
聖女が捧げられたとき、イリヤは再び世界に光を与えた――』
ここまで読んで、ウィルは目を見張った。それからもう一度見直す。
聖伝の冒頭は、神の現れや世界の作られ方。ここから先は人々の働きや、神の奇跡が続いていく。
わずかに息をつく、予想が当たっていたことは嬉しくなかった。
(やっぱり、聖女は贄かよ)
召喚されて最初から聖女と呼ばれるなんておかしい、そう思っていた。聖女とは何かを成し遂げてこそ。
だが贄として最初からおだてておく。やりきれない、というほど純情でもないから同情もしないが、いい気分はしない。
(それにしても……)
贄であると聖伝では書かれているユーナが逃げるとは予測しなかったのか。彼女に対して、寂しさや後悔が見え隠れしている。聖女を“贄”、扱いしていない。
二人の関係、その辺が不透明だ。そこは重要なのだろうか。
ただの女の子同士の喧嘩、と流していいのか。ティアナがアレスティアにこだわっているのは、聖女が深く関係している気がする。
とりあえず先へと読み進めてみたが、その先は人間とのやりとりや神の奇跡など。すべてを覚えるのは無理だが、ウィルはある程度頭に叩き込んだ。
「めんどくせー」
思わず声に出してしまう。近くに誰の気配もないし無意識に声を潜めていたから気にしない。絶対、両方の世界を行き来していたカーシュは知っている。
自分たちの世界はこの世界での五百年後。それが本当ならば似ているところは多いとも思っていた。
それを証明するかのように自分たちの国教とアレスティアの女神正教は似ている。いや、異常なほど類似していた。
そして自分たちの創世記を思い出す。
『始まりは光なり。
光は凝り塊となりし、やがて思考を持つ存在とならん。
汝ら、それを光の主と呼ぶ。
強すぎる光の影で、生まれし闇。
また闇から生まれし光を、汝ら月の君と呼ぶ。
美しき月の君に焦がれし、光の主。
なれど二君は合間見えること叶わず、嘆く光の主は月の君を己の元へ呼び寄せるため、再び世界を光で満ちさせた。
それを留めし闇の王は、光と相いれぬ種族を哀れと思い、魔族と魔獣に魔界を与えん。
やがて月をめぐり光と闇は争う。
光の主はその身を模したリュミナール種族を作り、魔獣と闘う奇跡の術たる魔法を授ける。
そして僕たる魔法の番人、四匹の獣を地上に遣わす。
一匹の獣は、サエウム。長い尾を持つ海の王。
一匹の獣は、アロガンス。激しい炎を吐く、地中の王。
一匹の獣は、テネクス。鋭い爪を持つ大地の王。
一匹の獣は、アウダクス。大いなる翼を持つ空の王。
かくして、闇の王の軍勢は魔界に撤退す。
光の主は東の神、月の君は西の主となり、聖獣である四王は地上を治め、魔界の封印と成す』
自分達の魔法の核となる創世記を頭の中で諳んじた後、ウィルは顔をこわばらせる。名前が同じ神が、この世界と自分たちの世界に書かれてている。
それは――自分の
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