第64話.魔法で治す?


 リュクスがエレインの部屋に戻ろうとすると、ウィルに呼び止められる。


「そういや、どういう状況?」


 ウィルは医療の専門家じゃないけど、頭の回転が速くて、会話をするといつも違った視点をくれるし、自分の考えをまとめることができる。だから考えながら口を開いた。


「逆子なの。逆子は――難しいの。一番大きい頭が最後だと、つっかえちゃうから」

「……ああ」


 フーンと言いながらも流さないで考える様子に驚く。大抵の人はそこで終わり、なのに。


「逆子って治せないもの?」

「40週が満期といって予定日にあたるのね。だいたい32週ぐらいでポジションが固定されちゃう。だからそれ以降は無理かな。ただ、今回は早産だから小さめだし、エレインは日本人より骨盤が広いから余裕はあるかもしれないけど」


 リュクスも自分の言葉に考え込む。日本人に比べて外国人は骨盤が広い。もしかしたら回ってくれるかもしれないけれど、さすがにぐるっと頭を下へとひっくりかえる、反対に回るのは難しいと思う。


「昔は、外回転術といって外から手で赤ちゃんを押しまわして少しずつ頭位に戻す先生や助産師もいたけど、今はほとんどやってないし、私もできない。腹部のエコーで中を見ながら胎盤や臍の位置を見てやるものだし。無理にやって胎盤を剥がしちゃうと大変だから」


 胎盤が剥がれる。それは最も恐ろしいこと、胎児はすぐに死んでしまう。


(ニルヴァーナならできたのかしら……)


「魔法じゃなんとかなんないの?」

「え?」


 不意にウィルを見上げてしまう。その黄色の瞳は、自分が言っていることがおかしいとは思っていない。アレスティア人も同じトパーズ色の瞳だけど、ウィルはそれより色が濃い。

 どちらかと言えば、琥珀色かな、と思いながら返事をする。


「魔法じゃ治せない? 逆子」

「何言ってるの? 魔法で命に干渉することはできないわ」

「アンタの母親はやってたよ」


 ――さらっと言われた。母親の話題は互いに避けてきた、というよりウィルが気を遣って言わないでいてくれたけのはわかっている。それを気にせずに滑り込ませてきた感じ。


 いや、彼はわざとだ。言っても平気なタイミングと内容しか言ってこない。


 案の定、興味を引かれている自分をどこか遠くから見ている気がした。


「治癒魔法師、というか蘇生魔法」

「蘇生、魔法……」


 大いなる存在は、土、水、風、火。それらが力を貸してくれて魔法ができる。どう組み合わせたら蘇生ができるの?


この世界テールには、ないんだ?」


 リュクスは呆然と頷いていた。それってどういうこと? 

 その魔職はどうやってデザインするの? 

 神々を思い浮かべる。そんな魔法を使える神がいる? 命を生み出した光の女神、イリヤ。彼女ならばその魔法を授けてくれるかもしれないが、アレスティアとの契約にそれはない。


(いいえ。イリヤは神々を産み出した母神。人を産んだのは、イリヤの末娘マヤ。でも彼女は闇の神に嫁いで……)


「定められた命を呼び戻すって……」


 どんな最強の魔法なの? それができれば医療はいらない。それに命の冒涜というか……。自分の母親はそれを使えたの?


「俺も知らないけど。命を自分に取り込んで、相手に返すっていってた。ま、俺も助けられたことがあるから、温かいようなそんなものが入ってきた感覚だったかな」

「……命を、助けられたの?」

「……まあ。若い頃は色々あって」


 苦笑して言葉を濁す彼は、話さないだろう。いつも互いに入り込まない距離はある。まだ探り合っている。けれど、リュクスの興味はそこじゃない。


 リュクスは人差し指を唇に当てて考え込む。


(……蘇生魔法というものが、ある?)


 その解明は絶対にしてみたい。

 考え込んでいたリュクスが顔をあげると、ウィルが不意に目を見張った。


「何?」

「いや……ごめ、ちょっと、似てて……」


 きっと母親のこと。彼が言葉を切ったのも気を遣ってのこと。互いにそれを打ち消すように元の話題にもどる。


「ところで、話しかけてみたらどう? その赤ん坊に」


 そしてまた、突拍子もないことを言い出す。ただ、それに苛立たしさは感じない。

 なんだろう、場の空気が読めていないというより、助言を与えてくれている感じ。


「……無理よ。胎内に外部の声は聞こえてはいるけど、まだ言葉を理解していないし」

「じゃあ胎教ってなに? そもそも、なんで逆子になるんだ?」


 ウィルの質問は一般人にしては鋭い。様々なことに疑問を持ってその答えを得ようとする人なのだろう。自分の専門じゃないことまで疑問を持つ人は少ないのに。


「胎教の効果はわからない。産まれた時の赤ちゃんは『快・不快』の感情しかないから」


 子どもは、少しずつ他の感情を習得していく。


「逆子の理由は、はっきりしないの。“冷え”が原因の一つとは立証されているけど」

「……不快になると逆子になるってこと?」


 快、不快の感情しかないって話したからだろう。


「ペットもそうじゃん? 地面が温かいとこを見つけてそこで眠るとか。理由があんのかもな」


 リュクスはわからない、と答えた。立証できないものを推測するのは無駄。それに理由を今考えても仕方がない。


「エレインのところに戻るわ」


 そう言って、行きかけた足を止める。


「お願いだから、休憩してて」


 ウィルは苦笑していた。

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