第58話.魔法の作り方

「あのね」


 リュクスは両手の指を合わせてみせる。手のひらは合わせない、それをウィルに真似するように告げる。


「精霊は、神たちの力のおこぼれ。それを扱うのに、まず手を合わせると手のひらの中に空間ができる、これが別次元」


 三角形と言うか手のひらで作ったピラミッドを示す。


「親指は土、人差し指は水、中指は風、薬指は火、本来はそれぞれの指で女神の光脈を引き寄せてその指で編むものだけど。編めなくても指を合わせるだけで精霊たちへの効果があるから」


 例えば、水と風の複合魔法の場合は、人差し指と中指同士で空間を作る。


「合わせた順から発動ね。水嵐を起こしたければ、中指を回して風を起こした後、人差し指を回す、下に向ければ消せるし、上に上げれば空へ、突き出せばその方向へ。大きさや発動時間、他との組み合わせの微調整は右手と左手の組み合わせによる」

「なんか訓練が必要そうだな」


 リュクスは頷いた。


「そうね、ピアノと同じ。慣れれば考えなくても指が動く。それでも女神の光脈で織る本来の魔法より威力は微々たるもの」

「なあ。小指はいわなかったよな。五がないのは、精霊が四までだから?」


 リュクスは眉を曇らせる。カーシュは黙っているけどこの世界にいるのならば理解していてもおかしくない。ただ、どこまで知っているのか。


「女神の大樹の話をしたでしょ? それが母神イリヤ。その女神イリヤには五人の息子神がいるの。そのうち五番目の息子シバラ神は闇の神。イリヤに疎まれた神で、五は不吉な数字。土の神は長子でノーム土の精霊を支配、水の神は二男でウンディーネ水の精霊を支配、風の神は三男でシルフィ風の精霊を支配、そして火の神は四男でサラマンダー火の精霊を支配」

「なるほど、五番目の指は使ってはいけないと」


 本当は、シバラ神のことは禁句だ。ただリュクスは恐怖までは感じない。幼少時に来たし、そのあとは日本に行ったから、一つの数字を不吉と思うのはただの迷信のように感じてしまう。ただこの世界には、本当に神がいる。シバラ神は本当にイリヤ神に疎まれた、悲しいと感じてしまう。


「俺らの世界にあった木属性と金属性がないんだよな」

「フラワーフェアリーはいるわ、木属性はこれかも」

「いつか木属性が魔法として使えるようになるってことか。金は?」

「土の妖精からの派生かしらね……」


 リュクスも、ウィル達の世界の魔法がどうなっているのかは、わからない。行って見たい気もするけど。


 グルグル指を回すウィル、すでに理解はしたみたいだ。やっぱり器用でセンスがいい。そういう人は何でもそつなくこなすが、それは努力の上に成り立っているから。


「そういえば、ルーンは知ってる?」

「ん?」

「日本でもルーンってよく知られてるでしょ。ゲームとかで。こちらでも精霊に呼び掛ける言葉として使われているの。もしわかるならそれも効力がある」


 ウィルはなぜか懐かしそうに目を細めた。


「それ。日本では見たことないけど俺らの世界にはあったよ。力のある言葉なんだってな。アンタの母親が得意で、ルーンを時々道具に刻んでた」


 いきなりの“母親”の話題に、言葉を飲んでしまう。


「ちまちま細工すんの好きだったみたい」

「……そう」 


 それ以外にどうこたえればいいのか。懐かし気に語る口調、彼のものはその人が行方不明だという悲壮感がない。ただ単純に思い出を話しているという感じで、リュクスにプレッシャーを与えるわけでもないし、どう反応していいのかわからない。


 リュクスはそれには触れずに会話を続ける、多少の不自然さはあったかもしれない。


「……アレスティアは女神イリヤを最高神にしているけど、魔法のないトレスは戦いのオルディス神が最高神。ただ彼は酒好き、女好き、戦い好き。ルーン魔法は彼の支配下よ。アレスティア女神のおこぼれの精霊魔法と、ルーンの精霊魔法は違うので、理解したうえで併用してね」


「へえ。――この世界の神話って読むことはできる?」


 ウィルがそこに着目したのは驚きだった。

 神話はその世界の国の概念を含んだものだ。歴史的な出来事でもそれが原因だったりして、侮れない。


 特に神々がいるこの世界では、どのような神があって、それらが世界と魔法にどう影響しているかは最重要だろう。


「トレスの図書館にいけばあるわ。もしかしたら、評議長も持っているかもね」


 ある程度の地位がある人物の屋敷には図書室があるから。ただそこに入れてもらえるかは怪しい。


 ウィルは頷いただけ。彼は自分で何とかするだろう。


「で、ルーンだけど例えばラドは風ね。中指の風の属性でᚱを刻めば、風が巻き起こる」

「それならやりやすいかも」

「発声するともっとはっきり効果がでるわ」

「俺、ルーンは喋れないんだけど」


 確かにルーン語は難しい。神から受け継いだ言葉だ。今度教えると言いかけてやめた。

 この先、一緒にいる気はないから。


「とりあえずルーン文字と意味を覚え直して。あと指の練習」

「サンキューな。こっちでもそれなりに魔法使えるってわかってよかったよ」


 年上と思えないほど屈託なく応じるウィルに、戸惑いならがリュクスは頷く。


「あと、さっき伝えた魔法士は魔物を呼ぶという噂のこと。魔物は魔力を糧にしている、だから魔法士を狙うの。気をつけてね」


 人々の認識はあながち間違えていない。ウィルたちは闘いに慣れているみたいだし、リュクスよりよほどうまく切り抜けるだろうけれど。

 言えば「自分の方が強い」「守ってやるよ」と揶揄われるかと思ったけれど、彼は「了解」と言っただけだった。ただ目を細めて口元をあげている。


「教えてくれてありがとな」


 いつも通りの笑顔。人を喰ったような、でも安心させてくれるもの。裏切らない、そう信じてしまいそうになる。


(人はわからないもの)


 だから表面的なつきあいでいい。リュクスは頷くだけに留めて、軽く周りを見渡す。いつの間にか、カーシュはいなくなっていた。

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