第56話.スープと現状
眠気を振り払っていると食べ終えたカーシュがおもむろに匙を置く。
今まで我関せず、という感じだったのに。
「お前はない、ウィル・ダーリング」
「なんでだよ」
「団長に殺される」
「いや、追放されたアンタに言われたくねーって」
リュクスはあり得ない会話を横目に黙ってシチューを食べた。黒パンは硬いけど、シチューを浸して柔らかくする。そういえば、まともな食事は久しぶりだった。
こちらの世界は、シチュールーなんてないし、具材でだしを取り、ハーブと塩とワインで味付け。結構おいしい。そう思いながら、二人の会話に内心ため息をつく。
(団長、ねえ……)
今のところ最強で、人でなしという性格を想像してる。ただ、カーシュもウィルも忠誠を誓っている感じがする。ただ武力に優れているだけの人物がそこまでつくされるのだろうか。
そんな人が……子供がいなくなっても平気?
疑問を持って、否定する。平気な男性もいる、だろう。
お産の時に、陣痛に耐える妻の横でスマホのゲームやパソコンで仕事をしている男性をたくさん見てきた。
出産時に感動してすごく喜んで、いい夫婦だなと思っていたのに離婚、子供には全く興味を失くし連絡皆無な元夫の話をママさんから報告を聞くこともある。
職業柄色々な夫婦を見てきたから。
――期待してはいけない。
(それに、会ったことも親がない親がなんで口出しするのよ)
自分の相手は自分で決める。そしてアレスティアを再興させるまでは、そういうのはない。
……浮上させた後も、きっとない。
リュクスは立ち上がり、マーサに熱いお湯を頼む。
そこに蜂蜜をたっぷりかき混ぜて溶かす。お茶も準備する。
「スープとか、さっぱりしたのはない?」
「オーツ麦のトマトスープならすぐに作れるよ」
エレインに飲んでもらうためのものだ。
麦は喉に引っかかるかも。飲み込みにくいし、酸味のあるトマトも陣痛がある時は吐き気をもよおすかも。
「具があまりないコンソメスープとかがいいんだけど」
「わかったよ、できたら持っていくよ」
エレインは昼食もほとんど食べていないと聞いた。陣痛が弱いのはそのせいかもしれない。
いきむのを我慢してもらう反面、陣痛が弱いのも困る。
陣痛が始まると、胃の消化能力が極端に落ちる、食べなくても平気なように。でもエネルギー補給は大事だ。エネルギーが足りないと陣痛が弱くなる。そのために色々食べられそうなものを準備する。
「チョコレートある? 一口大の」
「お子様たちのがあるけど。アンタが食べるのかい?」
「まさか。お産のエネルギー補給よ、エレインに」
一口で食べられるチョコレートは、お産の時のエネルギー補給に最適。
板チョコをもらい、一口大に割って器にいれながら、ウィルを振り仰ぐ。
彼はカーシュと話して、分担について話し合ってるみたい。
「そうだ。ウィル。魔法のことだけど」
「ん?」
彼は、リュクスのもとにやってきて顔をのぞき込んでくる。背丈差があるからその縮めた距離は威圧感を与えず、でも女の子の懐に軽く入ってしまう絶妙なもの。
自分がモテると知ってるからできる態度にリュクスは一歩下がって、彼と向き直る。その開けた距離に気づいて彼は苦笑する。
「私のお願いを聞いてくれてありがとう」
「お願い? ああ」
彼はそのことか、と軽く流す。リュクスが魔法を使うな、というお願いを彼は理由も聞かず守ってくれた。
それのお礼を言うと、「なんか事情があるんだろ」と当たり前のようにいう。
我が強いのに、必要な時は押し通さない。察しがよくて戸惑う、彼の方が人生も戦闘の経験も豊富だから状況判断と動き方を知っている。
それがなんだか付き合いやすいけど、自分よりかなり上手の気がして微妙な気持ちになる。嫉妬だろうか、悔しさだろうか。
「あれだろ。ここだと魔法師は微妙な立ち位置みたいだし」
「それもあるけど」
リュクスは彼を手招いて、裏口から外へと誘う。カーシュも静かについてくる。
「そういえば、あなたたちは
「へー」
「あっちだとラテン語系か」と呟くウィルに頷く。アレスティア語は、わずかにラテン語を含むロマンス語と重なる時がある。どこか異世界同士は類似しているところがある。
それにしてもウィルの能力に舌を巻く。日本にいたのはわずかだったはず。なのにどこまで知識を得ていたのか。
「アレスティア墜落後より専門性を高めるため百年前名称が統一されたようだ。今は俺たちの周辺国家では、国家資格になっている」
カーシュが淡々と抑揚もなく補足する。
魔法士から魔法師。
日本での女性の看護婦が男性の看護士と統一されて、看護師になったのとは少し違う経緯。
ただ看護師はそれによって、更に専門性を高めていった感じもある。
「そうなのね、確かに私たちは自称、魔女と呼ばれる時あるし。この世界では職業とも違うしね」
首を傾げるウィルに説明する。
「この
「なりやすいようで、レベルが統一されてないし、腕も不明、職業人としての保証もないって?」
簡潔にまとめたウィルに頷く。医師も自称なので、腕が確かだかわからないし、彼ら自身、団体に所属していないから失敗しても守ってもらえない。
「そう。技術職はギルドみたいなものはあるけど、魔法士はそういうのはない。だから余計にたちが悪いかも。小さな町で大したことがない魔力でも、魔法士と名乗っている、アレスティアがあった時は、そんなことは許されなかったけれど」
昔は、アレスティアで弟子入りして学んだものが魔法士を名乗れた。でも、そこに行けなければニルヴァーナのような魔女、何もできなければ占い師や薬草使いにしかなれなかった。
「ウィルに魔法を使わないようにお願いしたのは、魔法士は歓迎されていないから。魔力があるものは魔物を呼ぶと思われてるの。以前はアレスティアの魔法士が各地に派遣されて魔物を防いでいたけれど、魔法が使えなくなって魔物を呼ぶだけの存在として厭われるようになったの」
そこまで伝えて、これ以上も言うべきか迷う。
いずれ魔法を使う者として、ここでは肌で感じていくだろう。
促す目を見つめ返す。彼らはどんな場所でも乗り切るだろうけど、注意しておくことは必要だ。
「アレスティアは落ちたということで、神格化が薄れたというのもあるかしら。トレスはアレスティアの友好国で魔法士の保護もしているから魔法士狩りはないけど、地方では迫害される可能性もあるから」
”我が君”からの情報を伝える。
魔法が使えるものと使えないもの。特殊な力があるものは崇めるか貶めるか。
神格化していたものへの崇拝が幻想だったと知ったときに、うまれる反感。これまでと相反する態度へと変わる。
リュクスは、アレスティアにいる時から危機感を持っていた。
アレスティア人が地上の不動大陸にいる人々を見下す言動は少なくなかった。
いつか、その反動が来るのじゃないかと危惧していた。
アレスティア人ではない自分が蔑まれていたから気づきやすかったのかもしれない。
だから、魔物退治へとアレスティアの魔法士を派遣していたし、魔法やアレスティアの智を開放する協力を惜しまないようにとディアノブルの塔の司として命じていた。
魔法士が疎まれることがないように。
でも城が落ちて、結局は魔法士狩りがあちこちで行われていると聞いている。見てはいないが、主を通じて知っている。
ただ、そこまでウィルやカーシュに言う事はない。そして情報源を話すわけにはいかない。
言わなきゃいけないのは――。
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