第33話.父親からのもの
ウィルは威圧感を与えないためか、離れてテーブルに腰を預けてリュクスを見た。
「まずは俺からな。俺たちの世界は、このアレスティアよりずっと先の未来。およそ五百年先のこと。で、君はうちのボスの娘で、ティアナ・マクウェル。君たちは二年前に行方不明になり、どうやらアレスティアにいるらしいっていう情報を得たけれど、迎えに行く前に君は日本の東京に移動。追いかけていったら、こんなことになった」
「ちょっと待って!」
いきなりの情報に戸惑い叫ぶ。彼は違う世界からきたとは思っていたけれど、五百年先っていうのも、二年前というのも……信じられない。
「私は子供の時、ここに来たの。この世界から日本に行ったのは事実だけど……そのあとここで何年経っているのかはわからないけど……二年前なんかじゃない」
ウィルは迷いながら口を開く。
「俺も驚いている。でも、座標は君を指していたし生体反応パターンもおおよそ一致。昔の君は魔力がなかったから、魔力波のパターンで測ることはできないし、正確にはDNA判定しないと断定はできないけど……」
彼はそう言ってリュクスの胸元を指す。薄いワンピースの下では、ネックレスが透けて見える。
「そのネックレスは君の父親が作ったもの。それが一番の証拠」
リュクスは顔をこわばらせてウィルを見つめ直した。生体反応や魔力波というのは聞きなれない。ただ日本にいた時に、未知の検査は創作小説でも映画でも出てきていたから想像できる。DNA判定は実際にあるものだからわかる。
でも一番気になった言葉は……。
「魔力……それって、魔法を使うためのもの?」
「そう。君も俺も持っている。君のやり方は知らないけど、それを使って魔法を使う、だろ?」
リュクスはただ無言で頷いた。彼は魔法を使える、そして自分と同じようにそれには魔力を消費する。予測とあたりだ。
わかっていたので驚きはない。ただ『魔力がなかった』という会話のさり気ない指摘には触れなかった。
彼は知っている、そこを追及されたくない。
思わずネックレスを強く握ると、自分の体温で熱を持ったエメラルドが心を落ち着かせてくれる。いつも、そうだった。
ただウィルに示されても、自分のものだと自信をもって言えない。
「これは、私のものじゃないかも、しれない。いつからつけているか覚えてない」
リュクスがネックレスをいじりながら迷いながら告げると、ウィルは驚いた顔をした後、うーんと唸った。
「でもそれ、アンタの親父が強力な魔法をかけてあるから、持ち主以外は持てないんだ」
それに、と彼は目を伏せたあと、リュクスを妙な目つきで見た。懐かしむような切ないような顔だ。
それを見てわかってしまった。彼がリュクスを構うわけを。大事にして、守ろうとするわけ。
彼は、その人のことを――。
「アンタ、母親の面影あるよ。似てるとこある」
「……前提としての情報があるとそう感じてしまうことがあるの。それを錯覚、という」
硬い顔で告げるとウィルはくしゃって顔を崩して苦笑した。
やっぱり、その人のことを彼は好きだったんだ、と頭の片隅で思う。
ただ、リュクスはそれを口にはしなかった。いくら辛口な自分でも立ち入ってはいけない領域がある。彼はその思いを大事にしているし、だから自分に重ねてると指摘するのは失礼なことだろう。
「……この世界、テールのこと。つまりアレスティアのことを話すわね」
リュクスは、淡々と話をすることにした。
「テール?」
「日本にいた時、世界を示す名称はなかったでしょ。世界は世界だもの。全体を指すなら地球? で、こちらでは地球という名称はない」
「へえ? 地球じゃないんだ」
「そう。でも、太陽や月という名称は同じ。この世界をあちらと比べると、アレスティアとこの大陸を含めてテールと呼ぶ。あちらのフランス語に値する
もしかしたら、アレスティア以外は不動大陸ひとつしかないから、
「文明の違いは?」
「王都に行けば魔石という魔力を含む石を原動にする電気のようなものは通っている、こういう田舎は火のランプが主流ね。街に行けば金持ちは魔石を使った道具を持っているけれど」
頷くウィルに続ける。
「ここはトレス国の西の街。この国を含めてひとつだけの不動大陸には四等分した四国があり、北東にトレス、時計回りで南東にモーガン、南西にベナン、北西にシルヴィア。地下世界にフェッダという国がある。……アレスティアは強大な帝国で、すべては属国だったから、この世界全体をテールというより、アレスティアと言ってしまうことの方が多いかもね。それから、髪と目の色の組み合わせが国によって決まっているから、私やあなたはすぐに異世界の人間とわかるわ」
異世界とさらって言ってしまって気づく。やっぱり彼の反応を見ると眉をひそめている。
「つまり、異世界からくるのは結構メジャー?」
「まったくないわけではない。でも数年に数人程度じゃないかしら。来るのは日本人が多いみたい。アレスティア人は、金髪、トパーズ色の瞳。トレス人は、茶髪に茶色の目、モーガンは赤毛、黒目、シルヴィアは銀髪、銀目、ベナンは藍色の髪に青い目、ね。濃淡はあるけど、基本は同じ」
それから、と付け加える。
「フェッダは、黒髪に深紅の目ね」
次期王と名乗っていたザイファンは、白髪に赤目だった。白髪の人に会ったのは初めてだったし、未だに印象が強く残っている。
続けて、というようにウィルは椅子の背をこちらに向けたまま引っ張り寄せて、それにまたがって座る。
「ちなみに別の国民同士で産まれた子供は? まさか作っちゃダメとか?」
リュクスは苦笑する。
「それはない。どちらかの色をもって産まれるの。不思議なことに」
そしてその色彩を持った子供は、その国の戸籍を与えられて、成人すると好きな国に居住する。
「へえ」
ウィルも興味深いというより、謎という感じで背もたれに両手を置きながら話を聞く。
「そしてアレスティアはその五国の上、浮上大陸にあったけど六年前に落ちたの。私はこの世界に来てリュクスと名付けられ十二歳まで暮らして、アレスティアが墜落した後に、日本に行った。アレスティアが墜ちた理由は知っている?」
五百年後の歴史に、アレスティアの墜落が残っているならば聖女の裏切った原因やその後の未来がわかるかもしれないと、情報を小出しにして尋ねてみる。
でもウィルは怪訝そうな顔はしているものの、リュクスとそれを連想はしていないみたいだ。自分の名は知られていない様子。
「知らない。そもそもアレスティアは有名だけど、本当にあったのかさえも疑われてた。俺たちの世界では魔法の黄金期にあったけれど、そのあとに大戦が起きて全部の記録が消え、幻の国扱い。アトランティスとか」
「……」
そんな変な扱いになっているの? でも魔法の黄金期ならば彼の時代よりも繁栄していたということ? というか――。
「話を戻すけど。……アレスティアって、あなた達の世界には今存在していないの?」
焦って身を乗り出して尋ねる。話の流れからわかっていたけれど、そうだとしたら。
「……悪いけどない。天に浮かんでいた国、なんて存在しない。落ちたという伝説だけ」
「……」
リュクスは顔を伏せて息を吐いた。歯を食いしばる。それが歴史ならば、アレスティアは再興しなかったことになる。
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