第18話

 追いかけつつ、僕は動物たちの視線について考えずにはいられなかった。彼らの視線は、一体どういう気持ちが込められていたんだろう。もしかして、家族を奪うなとか、そんなことを考えていたんじゃないのだろうか。

 それか、上に諸悪の根源がいるのに、お前らは捕まえないのかと、訴えていたのではないか。

 飛躍のし過ぎだということは分かっている、動物がそんな高度な考えができるとは思えない。精々前者的な考えだろう。分かっている。

 なのに、心の中で動物たちが言っている気がした。


「なんで追いかけてくれないの?」

「あいつは敵なのに、すぐそこにいるというのに」

「お前はやっぱり人でなしだ、自分の事が良ければ他はどうだっていいんだ」


 違う、違う、違う。僕は悪くない、あの時はただの事故だったじゃないか。だが皆は僕を責め立てた。僕が悪いって責め立てた。

 だから、もう責められたくないだけなんだ。僕は不幸でいいから、もうできるだけ関わらないから、迷惑かけないから、責めるのだけは止めてくれ。


 ……モヤっとした思いを振り払うように草をかき分けて追いかける。僕の予想が正しければ、あれはカレンが言っていたカエル忍者だ。あの獣の彼女を狙ってやってきたのだろうが、そこに僕らが居て出るに出られなかったということだろう。知られてはまずいから、忍者らしいので。


 カエル忍者の影は常に視界の上方で移動をしているようだった。実際枝と枝を人の体重が移動したら折れるだろうに、折れないってことは常に丈夫な枝を選んで飛び移っているということか。はたまたこの木々そのものが丈夫なのかもしれない。そういえば獣の彼女も斜め上から飛び込んで来ていたし、後者の可能性の方が強いな。

 ならば、あれが使えるかもしれない。


 僕の不幸から周囲の人を守るために開発したアイテム、が1つ。

 主成分は弾力性あるエラストマーで僕オリジナルに他素材を追加、それをバネ状に成型し、先っぽに鉄でできたかぎ針を取り付ける。僕はその構造を想像し、創造する。


 物質創造、『超伸縮キーチェーン』。


 ヒントは家の鍵を携帯するキーチェーンからだった。びょんびょんと伸び縮みするそのストラップ。これは常に携帯できる上、僕の不幸に巻き込んだ、例えば電車のホームに引かれそうな人や、高いところで落ちそうになっている人に瞬時に絡ませて助けることができるのではないかと。それがこの超伸縮キーチェーン。実験段階での話だが、軽く1トンは耐えられるようにできている。


 僕はそのキーチェーンのかぎ針を、奴が踏み込んだ太い枝に思いっきり投げて引っかけた。実はこのコントロールが一番扱うのに苦労したんだよな。何回も練習しているお陰で一発で引っかけられた。


 伸びたキーチェーンは僕の身体を引っ張る、その力に任せて体重を浮かし、バンジージャンプのように吹っ飛ぶ。投擲時に空間があることは視認済みなので、ぶつかることなく木の幹まで飛び足を付ける。ギシリと揺れるが、やはりこの木はしっかりとしている。これなら追いつくぞ。


 キーチェーンを生成しては投げ、生成しては投げ、その要領を何度か繰り返し、繰り返し、繰り返し、やっとのことでカエル忍者の後ろ姿を視認することに成功した。細身の体躯に熊のような耳が頭に付いている。確かにカエルっぽい。だがそんなふざけた格好をしたところで油断はしてなるものか。飛びつつ、超伸縮キーチェーンを奥の奥まで伸ばし引っかける。そのまま横バンジーでぶっ飛び。


 狙いを定めて腕を伸ばし、カエル忍者の首根っこを。

 掴み、

 掴み、


「……っ!?」


 掴めなかった。正確には掴んだ瞬間にはその身体は泥のように溶けてぐしゃりと潰れてしまったのだ。掴むまで気づけなかった、まさか泥の人形を遠隔操作できるのか? 想像すれば創造することができるクリエイトエナジーだろ? 遠隔操作って、それはもうマジの魔法の範疇じゃないのか?


 ……いや、違う。よく見ると白い線が上に伸びているのが見えた。ということは。


「ここか!」


 僕は身を空中で仰向けにし、泥人形の上にキーチェーンのかぎ針を投げた。キーチェーン越しに手ごたえを感じる。それをそのまま引っ張ると、人が落ちてきた。丁度真上に。奴めこのまま僕を下敷きにする気かと思ったが、しかしキーチェーンを離すことの方が良くないので、敢えてそののしかかりを受け入れた。


 ガサガサと枝にぶつかり衝撃が吸収されて地面に転がる。だが死んでもキーチェーンは離さなかった。その先を見やる。


 人の形をしていた。もう泥人形なんかじゃない。正真正銘の、人。


「やってくれたな、兄ちゃんよ」


 成人男性の若さがある声、忍者は黒い忍者スーツに身を包み、頭には黒い忍者頭巾を被り、顔は布で覆われ、しかし目の部分は見えるようになっていた。きっとその姿で影に紛れひとたび姿を消せば、再び現れることはないかのように見える。だがやっぱり頭のカエルの目っぽい部分が唯一緊張感を緩めていた。そんな忍者の腹部にはかぎ針が刺さっており、そこから僕の手までキーチェーンが伸びている。僅かに赤黒い液体が滴っていた。


「まさか物質創造でこんなひみつ道具を出すなんたぁ、ゲロも想像力が足んねぇぜ」


「んで? お前が転移者の記憶を奪ってる犯人なのか?」


 単刀直入に聞いた。カエル忍者は僕を見て失笑する。


「そうだな、当たらずとも遠からず。とだけ答えておこう。特別サービスだぜ、ここまで追い詰められることはないもんでな。まぁやっぱ、転移者ってすげぇよな」


 何故かこんなタイミングで褒めてくれるカエル忍者。怪しさ満点で逆に気持ちが悪い。「だが」とカエル忍者はそこで逆説の言葉で繋ぎ、妖しく言った。


「良いのかい? その力はいずれ自分の身を滅ぼすってのによぉ」

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